光の玉
第1話
「そんなに凄いなら、今度、熱帯魚、見せてくださいよ」
蒼はそう言って、小さなグラスビールに口をつけた。
「やめておいた方が良いよ。家はボロいし、狭いし、家具もテレビもないから」
武史はわざとらしい笑顔を作ると、ふんっと鼻息を出し、代わりにジョッキを口に運び、喉を鳴らしながらビールを一気に呷る。
カウンターとテーブルが2つある、16席ほどの小さな居酒屋で、川瀬蒼と鳴海武史は、カウンターに横並びで座っていた。
二人は一応、会社の同期だが、年齢は一回り以上違う。勤めているのは小さなインターネット通販の会社で、蒼が新卒で入社し、武史は中途採用だった。
「あーあ、仕事辞めて、東京に行きたいな」
ため息混じりに蒼が言う。
「行ってどうすんの」
「東京に行って歌手になるのが、私の夢だったんです」
「そうなの?」
「結構、マジな夢だったんですよ。高校時代も友達とバンドやって、音楽バトル系のラジオ番組に、投稿したりして」
武史はビールを空にして、すぐにおかわりを頼んだ。
「東京ね、一度、行ったことがあるけど、俺には合わなかったな。この町に引っ越しって来て、良かったと思ってるよ」
「どこが良いんですか、こんな田舎町。気味が悪いし」
気味が悪いという言葉を聞いて、武史は意外とは思わなかった。何を言いたいのか、すぐに察したからだ。
「失踪事件?」
蒼は眉間にしわを寄せて頷く。
三年ほど前、わずか一ヶ月という期間に、男女合わせて5人が姿を消した。多くの警官が動員され徹底的に調べられたが、手がかりはなく、当時のマスコミを賑わせた事件は、いまだ未解決のままだった。
「嫌な事件だったよね。最近では、誰も話したがらないけど」
「みんな、事件のことを無理矢理忘れようとしている感じですよね」
そう言って、蒼は料理に箸をつけるわけでもなく、しばらく黙って俯いた。武史も何も言わず、頼んだビールの、消えていく泡を眺めていた。
「ごめんなさい。しんみりさせてしまって」
「いいや、いいんだ。それより今度、歌って聴かせてよ」
蒼は少し照れながらも「はい」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます