神モード

フライデー

神モード

見晴らしの良い商業施設最上階の展望休憩スペース。


僕はいつもどおり、市街が一望できる窓辺の席に腰を掛ける。


窓の外を見ると少し離れたところに完成間近とおぼしき工事中の高いビルが目に留まる。


この休憩スペースはちょくちょく利用するが初めて気が付いた。


何のビルなのか興味を惹かれ先日購入した新しいタブレット端末を鞄から取り出し起動する。


端末を机の上に置き休憩スペースに飛んでいる無料WiFiに接続、地図サイトから対象のビルを検索する。


…どうやら新しいオフィスビルらしい。


もう少し詳しく調べようと画面に視線を走らせたとき、ウインドウ隅の四角いアイコンが目に留まった。


見覚えの無い、用途も不明なそのアイコンの機能を確かめるべく、僕は指で触れる。


すると四角いアイコンが画面から飛び出し立方体になった。


そしてモニター全体に「神モード」という表示が一瞬表れ、そして消えた。


次に画面に表示されていた地図内の建物がディスプレイから飛び出し次々と3次元化していく。


最新のタブレットは凄いなと驚き感心する。


立体映像の存在自体は知っていたけれど裸眼でこんなに精巧なものは初めて見た。


触れる事が出来ないのは分かっているけれどどうしても触ってみたくなるのが人間の性分だ。


立体映像の中心には先ほど検索したオフィスビルがそそり立っている。


僕はその上に設置されているアンテナの先端に指で触れてみる。


…あれ?


なんか本当に触ってるような感触があるな、と思ったその瞬間───


ギギガギギギ…


周囲に異音が響き渡った。


正確には外からだったように思う。


周囲で休んでいた他の客も、異音に気付きキョロキョロと周囲を見回す。


近くの少女が窓の外を指さしているのを見つけ、視線をその指さす方へと移す。


僕は自分の目を疑った。


完成間近のオフィスビル、その屋上のアンテナが途中からあらぬ方向へと曲がっている。


まるで何か大きな力で押されたような変形だ。


そればかりか根元の接合部の壁には亀裂が入り、タイルが何枚か落下していくのを目の当たりにした。


つまり謎の変形はたった今起こった事になる。


僕は机の上のタブレットの映し出す立体映像の地図を確認する。


中央に変わらずそそり立つオフィスビル、その上のアンテナは…


やはり同じように変形していた。


…まさか?


僕はある可能性を思い付いたが、直後にあり得ないと否定する。


しかし確認は必要と思い再び立体映像の変形したアンテナに指を伸ばす。


ギギギ…バキン!


現実のオフィスビルのアンテナが異音と共に折れ、屋上に転がる。


僕は何が起きているのかを理解し、そして確信した。


タブレットの立体映像が現実世界とシンクロしているという事を!


「なぜタブレットの立体映像が」とか「どういった原理なのか」とかはとりあえず置いておく。


現在の最優先課題はこれ以上破壊活動を起こさないよう、安全に端末もしくはこのソフトを停止するにはどうしたら良いかという事だ。


まず表示ウィンドウを閉じようとモニターの隅を確認する。


しかし全画面表示になっておりそれらしいコマンドが見つからない。


唯一、最初に飛び出した立方体だけが隅の中空でゆっくり回転しているがどうして良いものなのか判断が出来ない。


次にタブレット端末側面にある電源ボタンを長押しし、シャットダウンを試みる。


その為には端末を少し持ち上げる必要があり、端末の隅に手を掛ける。


…まてよ?


これを傾けても大丈夫なのだろうか?


傾きが何らかの形で現実に影響を及ぼさないだろうか?


ここから数百メートル先の海から、津波が市街地を襲うという可能性は無いだろうか?


逡巡していると、先ほどの少女が近くを通り僕の肘に触れた。


その反動で指が立方体に接触し、そのまま鉛直方向に押上げてしまう。


すると立体映像の縮尺レベルが代わり、表示物がどんどん小さくなっていく。


海岸線が現われ、列島の形がはっきりとし、最終的に隣国との国境が見えるレベルで停止した。


航空機の視点を通り越して人工衛星の視点である。


ご丁寧に雲まで表示され、よく見ると航空機らしき点々が動いているのが分かる。


今この立体映像に何かをしたら、天変地異が起きるのではないか?


そう考えるとプレッシャーで喉が渇きを覚え、不意に咳が出た。


咳が端末周囲の空気を揺らしたと思った瞬間──


ズズン!


外から地震とも爆発とも言い難い振動音が聞こえてきた。


窓ガラスがビリビリと唸り外気が振動していることを教える。


咳だ、と僕は直感し、同時に戦慄した。


とりあえず立方体の上下が縮尺の操作に当たるらしい事が分かった。


そこでとりあえず、縮尺を最大まで大きくして現実への影響力を最小限にしようと考えた。


ゆっくりと立方体に指を近づけ上から押し込むように力を掛ける。


立方体の下降と共に縮尺が大きくなり始めたとき、今度は少女の母親らしき人物が走り寄り、あろうことか机に接触した。


反動で机が傾き、机上のタブレットが放り出される。


タブレットの傾きに反応するように現実世界の、休憩スペース内のあらゆるものが窓に向けて動き始めた。


僕も例外ではなくすぐそばの窓にタブレットごと叩きつけられた。


後からは勢いをつけた机や人が次々と部屋の奥から「降って」来る。


大きな机が窓に直撃し、ついにガラスが割れた!


外に放り出された僕たちはそのまま真横に向けて落下していく。


落下していく先にはオフィスビルが待ち構えており、このまま衝突すると間違いなく死ぬ!


僕は一緒に落下しているタブレットに手を伸ばす。


真横に落下しながらようやくタブレットに手が届いた。


しかしオフィスビルがもうすぐそこに迫り、鏡面ガラスに映る自分の顔がみるみる大きくなって──


ガチャンッ!!


そこで僕は目が覚めた。


どうやら悪夢にうなされていたようだ。


布団の脇のミニテーブル上にあった茶碗が落ち、床に置いてあったタブレットの上で綺麗に半円形に割れている。


うなされて手がミニテーブルの脚にでもぶつかったのだろう。


タブレットはモニターがブラックアウトたままで電源が入らない。


茶碗の直撃の衝撃で壊れてしまったのだろうか?


新しいのを買い直す算段をしながら出かける準備をする。


アパートのドアをあけると何やら周囲が騒がしい。


近所の人々が一様にアパートのドアの反対側を見上げている。


僕もつられて同じ方向を見上げた。


そこには、雲を突き破るほど巨大な半円形の茶碗が、市街地に影を落としていた。

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神モード フライデー @fryday13

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