テセウスVSR23200-R4(120分「不思議な機械」「曇り空」「テセウスの船」)

 このマシンを直してくれ、と言われたのは何日前だったか。たまたま長期休暇で訪れていたこの星の、しかもたまたま使用予定があったステーションの、たまたま使う予定だったポッド。他のポッドを使えればよいのだが、あいにくこの星には星間移動ポッドは一基しかなかった。


 『不本意』にも休暇の期間を伸ばすほかなかった。この後私は超高層な森が魅力的な星に移動して、命知らずなハイキングを楽しむ予定なのだ。


 しかし、本部の上司は明らかに酒に酔った調子でこう言うのだ。


「じゃ、今日を以て休暇は切り上げね。現地の装置を直してきて。当初の予定の期日までに帰ってこれたらその日までは休みにしてやる。もし現地の顧客を作れるならついでに作ってきて。ステーションが増えれば今後移動しやすいだろう?」


 さすが多星間企業、テセウス社の上司は意味不明なことを口走る。生まれた星が違うのだから、おそらくそういう差があるのだろう。


 空を見上げれば曇り空。私の心は嵐だった。




 休暇の予定期間は昨日までだった。本来なら私は四日前ぐらいに帰って、現地で休暇を楽しむはずだった。思ったとおりの休暇ではないものの。ではなぜかと言えば、どうしても必要なネジが一本見当たらなかったからである。


 星間移動ポッドは繊細な機械であると共に、人体に直接作用する医療装置でもある。転移術を使って特定のポッドの間の転移を実現する。どう転移を実現しているかはソフトウェアの世界だからよく分からない。私が分かるのは使われている部品のリストと、実際に転送をする部品『コア』にどう人を引き渡すか、というアーキテクチャだ。直し方は知っているけれど、仕組みの半分はよく分からない、要は不思議な機械をなぜか直せる不思議な人、というわけである。


 コアに情報を伝達する中継システムの部品のヒューズが切れていた、というのが原因で、旧式機によくある故障の一つだった。だからヒューズボックスにアクセスするためにパネルといくつかの部品を外して、後は逆の手順をすればよかったのだが、しくじった。


 もう一度手をつけた部品を再び分解して中を確認するのに一日、人が入るエリアに落ちていないかどうか確かめるのに一日かかった。どうしても見つからないから現地で同じ型のネジを調達してもらうので二日。


 ネジはちゃんとしまったのはよかったが、やはりネジが見つけられていなかったことを考えるとそのまま乗って業務終了、とするのは気味が悪かった。最悪一緒にネジが転送されて、急所で復号されでもしたら即死である。


 だからネジ一本の調達に合わせて頃合いの人形をいくつか用意してもらった。こちらの星では、あるいは地域ではすごく人気なキャラクターのぬいぐるみらしい。上半身にシャツを着たクマのようなキャラクター。確かに安定性はよいのでポッドの中に置くにはあつらえ向きだった。


 中にぬいぐるみを入れてポッドを閉じる。どこに転送されたかを確認するためにデバッグコンソールを開く。現地の営業スタッフが操作をすれば、あっという間に転送作業が終わると共に数行のログが表示される。コンソールには目的地の七番ポッドに届いたことが記録されていた。


 正常終了。第一段階はクリア。


 さて、私がテストすべくポッドに収まった。収まった後は勝手に作業員が運用してくれる。転送自体が五分ぐらいかかる。この場から転送中になるまでは一瞬、四分と五十九秒は人なのかデータなのかよく分からない状態になる。ソフトウェア技術者のみ知る世界。この間は意識はなくて、気がついたら転送先のポッドに立っているのだ。


 転送中に意識がない、というのは精神衛生上とてもよいこと。今回これを痛感した。


 なぜなら、私が転送するその瞬間に、ネジが一本落ちてきたからである。

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