ゆく姿(120分:「雪の降った朝」「独白」「逆光の中で微笑む」)

 あなたと出会ったときも、確かこんなに雪が降った朝でしたよね。思えているんですよ私、だって、雪に足を取られて転んで、それを抱えて介抱してもらうだなんて一人暮らしを始めてから初めてのことだったもの。


 片膝立ちになって、雪についた膝のあたりが黒くぐっしょり濡れているのに私のことばかり心配してくれたのをよく覚えています。私は恥ずかしくて恥ずかしくて逃げるようにその場を後にしてしまったのですが、その日の帰り道でもばったり出くわしてしまって、そこで、なんと言うか、ぽろっと言ってしまったんですよね。


「よければこのあとお話しませんか」


 私としてはそうとは思っていないのですが、この話を周りにすると一目惚れと言われます。これって一目惚れなのでしょうか。


 私の中では、いつまでが友達でいつからがそういう関係、という感覚がありません。一緒に話をして、色んな所に行って、笑ったり泣いたり。気がつけば、この人のそばにずっといたいなって気持ちがいっぱいに溢れていたのです。いわゆる告白なんてものなかったし、私も求めてなかったですし、あなたも言おうとはしていなかったですし。


 私は同じ時間を過ごす中であなたのことを少しずつでも理解してきたつもりです。だからこそ、あなたが告白の言葉を口にしなかった意味や思いは知っていますし、あなたが背中で背負っているものも分かっていました。


 めったに私と会えないことをずっと気にしていましたね。私と会ってくれるときはいつも、あとチョメヶ月で十六歳だね、と話してくれて、私もその数字が小さくなってゆくのを楽しみにしていました。明に言うことはなかったけれど、なんとなく分かっていました。あなたは嘘をつくのが苦手でしたからね。


 知らない間に私の両親とも会っていて、話をしてくれたんですよね。あのことを聞いたのは両親からでしたし、そのことにびっくりしましたが、その際に聞いた言葉が耳から離れません。


 離れません。


 離れません。


 離れません。あんな言葉、どうして聞かされてしまうのでしょう。あなたは言っていましたよね。


「これから大事な仕事があるから、向かう前に会いたかった。しばらく帰ってこれないけれど、必ず帰ってくるから」


 逆光が眩しかったけれど、その時私に微笑みかけてくれたじゃないですか。あなたの顔をよく覚えています。すごく素敵で、たくさんの命が救われるんだろうなって、大事な仕事の中で輝くあなたを想像したのですよ。


 なのに。


 どうして、あなたは帰ってこなくて、あなたのドッグタグを渡されなければならないんですか。どうして帰ってきてくれないんですか。


 私、十六歳になったんですよ。あなたの口から聞きたい言葉があるんですよ。なのにこんな冷たい、小さな金属の板だけが帰ってくるなんて。


冷たいです。手の中にいるあなたが、冷たいんです。

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