帰郷(120分『屋上への扉』『鍵』『朝焼け』)

 戦車だろうか、それとも弾道ミサイルだろうか。激しい音で目が覚めた。

 外をちらりと覗けばまだ朝になっていない、しかしひどく冷え込んでいた。


 数年ぶりの生まれ故郷に帰ってきたかと思えば敵兵の攻撃に怯える日々だった。部下がいたのは何日前だったか。戦闘車が攻撃で壊れてしまったのは何日前だったか。

 生まれ故郷に帰ってきたのは戦闘車の指揮をとるためだった。割り当てられた部下は四名。運転手、射撃手、通信手、斥候。専科はそんなところだった。かつて通っていた学校の近辺の攻撃と確保を任じられ、戦地に投入された。

 その日の内に戦闘車が壊されてしまう。戦闘車と一緒に射撃手がやられた。そのまま学校の建物の中に逃げ込んだ。かすかな記憶を頼りに校舎の中を進めば、記憶通りのところに半地下に入るための入り口があった。

 封印されていた扉を壊している中、斥候が問いかけてくるのだ。本人は緊迫した状況を和らげようとしたのだろう。

「隊長、どうしてこんなスムースにここにたどり着いたのですか。まるで知っていたかのような、魔法使いですか?」

「かもな、女も子供もいない」

「それじゃあまだ死ねないですね。戦争を終わらせて、女作って子供作らないとダメですね」

「あいつのためにも産んでやらないと」

 ここが生まれ故郷で、この学校に通っていたことを、この状況で伝える気になれなかった。この学校を出て数年後に今の国に移住したのだ。今の国が我が国であることは間違いないが、この事実がチームに動揺を与えてはならなかった。

 学校の半地下にこもりながら味方へ救援を求める日々が幾日か。通信手と斥候が屋上に上がってゆき、そこから通信を行うのだ。屋上へ出るための扉は鍵が閉まっていたと初日に報告を受けたから、職員室に行って鍵を持ってきてやった。この時も「魔法使い」扱いだった。全く、冗談の好きな部下だった。


 国に交信をしても応答がないことが数日過ぎて、いよいよ通信手と斥候が戻ってこなかった。もはや学校の中にいることもばれていると考えるしかなかった。この時残る部下は運転手のみ。敵陣の中、二人ともども心が弱っていた。

 気がついたら、二人揃って思い出話をしていた。外で敵兵に聞かれるかもしれないのに大声で語らいあった。魔法使いの過去が出るのは自然だった。

「そっかあ、隊長はもともとは敵側の生まれだったんですね」

「敵なんて言うな、今こそ心は我が国にある」

「ならとっととこんなくだらない戦争終わらせましょう。で、故郷に帰るんです。今の故郷と、生まれのこの故郷を。俺もよく分かりますよ、もともとは移民だったから、かつて住んでいたところがめちゃくちゃにされたらと想像したら震え上がっちゃいます」

「はじめから言えばよかったんだろうがな、敵の国の人間と思われたくなかったから話が出来なかった」

「魔法使いたるゆえん、連中にも知らせたかったです」

「捕まったか、それとも撃たれてしまったのか。確かめたいが、兵がいるかもしれない。慎重に行かなければ」

「じゃあ俺が行くっすよ。隊長は国に帰らなきゃならない。もちろん俺も国に帰りますけど、指揮する人が出て行く事じゃない」

 語らっていたら夜が明けて、ふらっと酒を飲むようなノリで運転手が出てゆく。

 日が暮れても、運転手は帰ってこなかった。


 目の前に屋上の扉が立ちはだかる。

 鍵を開ける。鍵を懐にしまって、拳銃に持ち替えた。敵兵がいる可能性を考えて、慎重に戸を開けた。

 夜更けの光景、戦争でボロボロになった町並みを見下ろすことになると想像していたが。

 神がかりのタイミング、真正面から真っ赤な太陽が上ってくるではないか。眩しいけれど、それ以上に感じる温かさ。体を包み込む感覚。

 気がつけばこみ上げるものの勢いを抑えることができなくなっていて、一気に目からあふれるのである。止まらないし、力も入らなくなった。その場で崩れ落ちてしまった。

 すると温かい光りに照らされて、地面に横たわる人々を見つけたのだった。三人の顔を覚えている。

 面長で焼けた肌の職人のような顔。

 堀の深い異国風な顔。

 童顔で戦闘に携わる人間とは思えない顔。

 温かい陽の光を受けながら事切れているのだ。


 涙が止まらない。こみ上げてくる感情。

 拳銃の撃鉄を起こした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る