帰省(180分「月曜日の朝の光」「除夜の鐘」「エンドロール」)
仕事から帰ってきてから、一眠りしたような気がするが、ほとんどは映画を見ていた。酒は帰宅してから一缶開けたぐらい。ほとんど酔っている感覚もなかった。ただ眠かった。
テレビで流しているのは戦国時代の剣客の映画だった。はてさて何回観たのか。いや眺めていたのか。何十回と見ている映画、内容はおおかた分かっているし、どこでどの役者がアクションをするのかも見当がつく。アケミと一緒に何回も観たのだから。
はじめて観た時はどんなきっかけだったか。そう、原作だ。二人の趣味が揃って買い始めた漫画の一つだった。原作が映画になるということで試しに観てみようという運びになったのである。
正直なところ、あまりよい印象を持っていなかった。原作の雰囲気と役者の雰囲気が何となく合っているように思えなかった。とりあえずお金をかけただけ、と言った感じ。
けれどもアケミはすごく楽しんでいて、観る度に、楽しい、面白い、もっと観たい、と絶賛するのだ。その表情の嬉しそうなこと嬉しそうなこと。アケミの楽しげな表情を観ることができれば、結局楽しいと思えるのだった。
映画はラストシーン、戦いを終えた剣客とヒロインが一緒に除夜の鐘を聞く場面。
ふいに眩しい感じがしてテレビから視線をずらしてみれば、赤い朝日が差し込んできていた。
日の出。初日の出。
そういえば、年が変わったのだった。日付が変わる瞬間は仕事先で作業をしていたから年明けの感覚はなかった。気密性の高い場所にいたから除夜の鐘も聞こえなくて、ただただ時計の数字がゼロになったのを観ただけだった。普通に仕事をして帰ってきて、今日は休みのはずだから夜ふかしでもしてみようと企てたのだ。
その夜ふかしに一人で観る分には面白くない映画を観ようと思い立つわけだ。大概である。アケミの楽しそうな顔も見れないというのにどうして選んでしまうのか。ブルーレイプレーヤーの電源を入れたら息をするようにそのディスクを入れてしまうのは癖になっているらしかった。
除夜の鐘がテーマ曲と混ざり合って一つの音楽となる。場面が暗転してエンドロールがせり上がってきた。
いつもだったらアケミが腕を叩いてきながら幸せそうな顔をしているのを横で見るわけだが。隣には誰もいない。
携帯電話が鳴った。着信元を見るなり着信を拒否してソファに放った。どうせまた現場に来いと連絡してくる連絡だった。大晦日の昼にいざ帰省しようというときに出社の命令を出してきて、日付が変わるまでも仕事をさせたのだ。もううんざりだった。
立て続けに着信があるものだからまた同じことだろうう、と思えば別の電話だった。誰からの連絡かを知るなり顔が緩んだ。
「もしもし、うん、あけましておめでとう。仕事? まあ片づけたから大丈夫……カヨはどう? おむつとか持って行かなくても大丈夫、足りなくなっているなんてことは? ……そう、ならよかった。午後にはそっち行くから、一眠りしないと運転できないよ。……うん、それじゃあ」
通話をしている間にメールも届いていたが、見ることもなしにケータイを放った。
エンドロールはまだ続いている。
テレビの電源も落とせば、部屋を明るくするのは日の出の明かりだけだった。
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