だから今日は記念日(180分:「彼岸花」「長い夜」「カフカ的不条理」)

 丁寧にもGPSで指定された待ち合わせ場所には友人が横たわっていた。道路脇の木々の海に立ち入ればたちまち幹に囲まれてどこから来たのか見失いかねない。空気は冷たくジメジメしている。冷たさは匂いにさえ現れている。

 地面にある窪地に、友人はミイラになるかのごとく横たわっているのだ。横にはふかふかの土の山と、隣に刺さるのはスコップだった。

「やあ、それじゃあ早速やってくれ」

 男はすっかり困惑してしまった。おおよそ三時間前に集合するよう言われて何事かと思ってきてみれば友人は寝ているのだ。その上で『やってくれ』とは何をすればよいのか。男には一切の答えを見出すことはできなかった。

「足元から土をかぶせて全部埋めてくれ。そうすればじきに花が咲くだろうから、それを刈り取ってくれたまえ」

 土をかぶせてから花が咲くまで、と考える。友人の求めることを頭の中でシミュレーションすればあっという間に朝を迎えてしまう。朝になればフェスへ出かけるため家を出なければならない。睡眠時間が取れないことが不満でたまらなかった。寝れないことを通り越してフェスに行けないかもしれないこと、フェスで騒げないかもしれないことも想像した。不機嫌になるのは当然の理だった。

 友人はエジプトのミイラよろしく腕をクロスして男の作業を待っている。目をつぶってさえいて異論を受け付けてくれる様子はなかった。

 盛り土の横に回り込んでスコップを手に取った。友人に言われたとおりに土をかけてゆく。土にスコップを突き立てれば軽やかな音が森に溶け込んだ。何度も突き立ててかけてゆく。

 少なくなってゆく土に対して、男の額からは汗が噴き出る。早く終わらせてしまいたい、早くフェスに行くことができるという確証が欲しい、という思いが男を勤労に向かわせるのだった。友人を埋める? 花が咲く? 花を刈り取る? ふざけるな、フェスに行きたいのだ。男が土に突き立てるスコップの威力は徐々に強くなった。

「ああそうだ、ちょっと待ってくれ」

 ミイラ組みをしていた腕を動かし、拍を一つ打った。

「やっぱり花の咲くさまを見たいから、まずは胸元まで埋めてくれ。花が咲くまでそう時間はかからないだろうから」

 友人が指差している先を見てみれば、足がすっかり隠れたところから若緑の触手がいくつか生えていた。

「それじゃ引き続き、ほら、手が止まっているよ」

 友人が再びミイラになった。視線を触手に戻せば、草らしい茎とつぼみを持っていた。不思議と葉っぱはなかった。じっと目を凝らせば、触手が土から姿を表す瞬間を目の当たりにした。そう時間はかからない、友人の言葉に信憑性が出たのだ。

 手を止めている余裕はない。男はフェスに向かわなければならなかった。


 黙々と。

 盛り土にスコップを突き立てる。

 土をすくい上げる。

 友人の上に放る。

 この作業を何回繰り返しただろうか。友人はすっかり地面と同化しつつあった。ミイラの腕も土に埋まり、いよいよ追加注文のところまで行き着いた。

 胸から下は一種の花畑だった。いくつもの鉛筆みたいな太さの茎が膝ぐらいまで伸びて、そのてっぺんでは放射状に赤い花が開いているのだ。ついさっきまでは人間が寝転ぶ窪地だったのが、彼岸花の群生地になったのだ。

「すごく綺麗な花だね。キミが埋めてくれたから、今日は彼岸花記念日」

 友人の言っていることはどうでもよかった。本人は何かサラダ記念日風なうまいことを言ってやったり風な顔をしているが軽くあしらう程度で済ませた。それよりも、早いこと埋めてしまって彼岸花を早く咲かせて、刈り取ってしまえばよかった。そうすれば帰れる。

 何かしゃべろうとしていたところに土を放り込んだ。やっぱり何かを言いたそうだったが腕は埋まって払うこともできない。スコップですくい上げることもやめて、すっかり小さくなった山から直接顔にかけた。

 埋まってからすぐに茎が伸びて赤い花が頭上にも咲き乱れるのだろうと期待していたが、しかし、全てが埋まった途端に調子を崩してしまったらしかった。スコップを元あったように地面に突き刺してその場に座り込む。

 早く帰らせてくれ。男はその時を待った。彼岸花が芽吹く瞬間を見たのだ。生える様子はしかし、全くないのだ。ただただ裸の、かけたままの土があるのみだった。変化といえば、友人が地面と同化して消えてしまっただけだった。

 とっとと茎を伸ばせよ、と横にあるスコップで地面を叩いてみた。その場から動かさないで、腕を上半身だけを伸ばして、ふかふかの土をぶった。スコップの形に土が沈んだ。

 どうやら彼岸花はぼんやりしてしまっていたらしい、スコップで檄を入れた途端ににゅるにゅる茎を伸ばして他の個体と同様、赤い花を放射したのだ。

 後は刈り取るだけ。

 男はスコップを杖に立ち上がり、今度は野球をするかのようにスコップを構えた。迫るボールは彼岸花。一気に振りかぶればいくつもの首が地面に転がった。第一打席はヒット、第二打席もヒット、第三打席もヒット。スコップを振るって花を全て刈り取った。

 やることはやった。もう帰るぞ。男は友人にそう告げるとスコップを放ってその場を後にした。森の道を戻り、もう少しで車に戻れるというところで。

 着信があった。友人からの電話だった。

「なあちょっとお願いしたことがあるんだ、今すぐ来てくれよ。GPSで場所を送るから」

 電話が切れるなりメールで見たことのある座標が送られてきた。天を仰げばまだ夜は更けていない。再びたどってきた道へ振り返らなければならなかった。

 GPSで指定された待ち合わせ場所には友人が横たわっていた。

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