第19話 裳着

 九条家の東二条邸に里帰りしたわたしは裳着を迎え、大人の儀式を盛大に執り行った。特に御父上おもうさんは大喜びで、来賓の挨拶を細やかにおこない、酒も振る舞い踊り明かし、朝を迎えていた。

 そうした裳着もようやく終わり、それからしばらく養生したあと、朝露の屋敷へと行ってみることにした。


 朝露の屋敷はすっかりと朽ちていたが、裏へ回り壁を見ると子供のころのまま土壁に小さな穴が空いていた。そこを何とか通り抜けると、庭木が生い茂っていて視界を遮るが、先に邸宅の池が見えた。


「昔とまるで変わりないな……」


 時を戻したかのようだった。そこの大きな石の上に登り、咲花は昔懐かしい歌を歌った。

 しばらくすると足音が聞こえ、見ると14歳ほどの貴族らしき人が立っていた。 

「よい、続けよ」

「……ぅん」

 言われるがまま、歌を歌い。ひと通り歌い終わると聞いた。

「貴方は此処の人?」

「……まあ、今はそうかな」


 今は?


「いつもは違うの?」

「うん。前住んで居たところは修繕中だから、仮住まいとして、今は此処に住んでいる感じかな。ところで、そなたの名は? 何処から来たの?」

「咲花。九条家の東二条邸から。貴方は?」

「直仁だ。九条なら知っている。東二条邸は、此処から近いのか?」

「少し遠いかな……歩いて一刻はかかるよ」

「一刻か……そんな遠くから、わざわざ来て此の屋敷に忍び込んだのか?」

「忍びっ!? 込んだかも……」

 言われて見れば、確かにそうだ。


「ごめんなさい。子供の頃は、隣の屋敷に住んでいて、よくこの庭に遊びに来ていたものだから……」

「子供の頃? それならば仕方ないが、忍び込むのはわたしが居る時だけにしたが良いよ。他の者なら咎めるかもしれないからね。何しろ此処は、今上帝きんじょうてい(今の帝)が前に住まわれていた御所だ」


 今上帝って……主上おかみのことか。今となっては驚かないけど、子供の頃はとんでもないことをしていたんだなとつくづく思い呆れてしまう。


「そんな御所に住んでるなんて凄いね。もう殿上人なの?」

「殿上人? ……そう、なるのかな。宮中には居たね」

「そうなんだ。わたしも最近まで宮中に居たんだけど、色々とあって……今は里帰りしているの」

「宮中に? というと何処かの女房か官職?」

尚蔵くらのかみです」

「尚蔵か、凄いね。あれ……? ていうと入内じゅだい予定の?」

「はい。その予定でした」

「というと、今は違うの?」

「わかりません……」

 『蛍の君』とはまた会いたいとは思うけど、あの宮中に戻るのがとても怖かった。皇恵門院がどうとか関白がこうとか東宮がどしたとか、理由は色々あるみたいだけど、それで命が狙われるなんてたまらない。


 その後も直仁と色々語り合い談笑し、夕方近くにもなったので別れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る