第18話 咲花の噂

 宮中、清涼殿にて──。

 関白 松殿師久まつどのもろひさは頭を深々と下げ、こう言った。

「咲花 尚蔵くらのかみは下人の子に間違いありません」

「なんと……」

 公卿達はざわつく。

「それなら入内じゅだいは無かったことで決まりやな」

「そうですな、そうですな」

「下人の子など、もっての外や」

「そんなアホな……」

 そうした公卿達の反応に、松殿師久はニヤリとした。だが、雅永は冷静だった。

「昨夜、咲花尚蔵の膳に毒を入れようとした者がいる」

「「「──!?」」」

 雅永はそのことを公卿の前で伝えた。


「毒とは恐ろしい……」

「それはただならぬこと、何が起きているのや?」

「そればかりではなく、呪詛もされていた」


「「「──!?」」」


「呪詛とは、また恐ろしい……」

「それは只事ではないわ。何が起きているのや?」

「咲花は呪詛され、毒も盛られましたんや。下人の噂かて、はかりごとに間違いないわ!」

「「「──!?」」」

 公卿たちは、それぞれに囁き始める。

 が、松殿師久は冷静にこう言った。

「それは──凡そ、咲花尚蔵が宮中の和を乱すと考えた者が行ったことでしょう。つまりは、宮中の為に、と……」

「宮中の和を乱したのは、寧ろその者の方ではないのか?」

 間髪を入れず、雅永はそう言った。

 松殿師久は苦々しそうな表情を見せている。


「関白は、皇恵門院と仲が良いと聞く」

「はい。親子故、親しくして頂いております」

「今回の件は、その皇恵門院が命じたことではないか?」

「さて……。何のことやら解りかねますが?」

 実に、白々しいことだ。

 そうは思うが、証拠がなければどうしようもないのも現実だった。


 これで咲花は宮中より出て行くかも知れないが、引き留めるのは最早難しいことに思えていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る