第20話 直仁の正体

 そうして数日が経ち、何度目かのとある日、いつものように朝霧の御所へ行くと50歳程の貴族の男がそこに立っていた。

「そなたは誰だ? 此処で何をしている?」

威厳のある声でそう問われ、怖くなり数歩ほど下がっていると直仁の声が聞こえた。


「関白、そこの者はわたしの知り合いです。心配はいりません」


   ……関白? 関白、松殿師久まつどのもろひさ!?


「さあ、咲花。あちらへ参りましょう」

「……咲花?」

 自分の命を奪おうとしたのかもしれない人の前を青ざめた表情のまま通り過ぎ、わたしは直仁の手をとった。


 その日は早目に帰り、夕方前には東二条邸に着いた。後から誰かが着いて来ていないのかと心配しながらであったが、その心配もなく無事にたどり着けた。

 それにしても、直仁が関白の知り合い?少なくとも親類縁者だと思う。そう思うと、急に怖くなってきた。

 基近義兄にそのことを話すと、「もう、そこへは近づかないように」と言われた。咲花は頷き、その日から10日、朝露の御所には行かなくなった。


 それからしばらくした後、雅な牛車にて多くの随身を従えて、とある貴人が東二条邸にやってきた。何事かと聞くと、これは東宮の牛車で咲花に会いたいのだと言う……。

 御父上おもうさんはその話を聞いて腰を抜かし、咲花の元へとやってきた。


「何せ、相手が相手やから無下に追い返す訳にもまいりまへん。そわ言うても入内の予定のある身、気楽にお会いする訳にもいかへんやろうし」

 どないしよう、どないしよう!と何しろ戸惑い、御父上おもうさんは右往左往していた。そこへ東宮らしき人物が現れる。その者を見て、わたしは驚いた。東宮は、直仁だったのだ。


 主屋の上座に東宮直仁様にお座り頂いて、御父上おもうさん御母上おたあさんとわたしは並んで座っていた。

「単刀直入に言う。咲花姫、わたしの后となってはくれないか?」

「「!?」」

 御父上おもうさん御母上おたあさんもわたしも凄く驚いた。

「入内の話が来ているのは知っている。しかしわたしは、咲花が欲しい。我が后となってもらいたい。

主上おかみには、わたしの方から願い出るつもりだ。だがその前に、咲花の気持ちを確かめたくて此処に来た」

「しかし、わたしは……下人の子と噂されていて……」

「知っている。同時に、先帝の子とも言われているのもね。そんなことは、どうとでも出来ます。大事なのは、咲花の気持ちです」

 問題はそれだけじゃなかった。東宮の母、皇恵門院。そして、関白 松殿師久。わたしはこのふたりから命を狙われている。東宮直仁は、そのことを知らないのだろうか?


「……それは無理だよ、直仁さま…」

「何故、そう思うの?」

「わたしは直仁さまの縁者から命を狙われています」

「わたしの縁者から!?」

「もう怖いのです……それに主上『蛍の君』は、わたしの初恋の人です。そんな簡単には割り切れません……」

 『蛍の君』のことは、よく咲花から聞かされていた。だから直仁は直ぐに理解する。

「……そうか、咲花の気持ちは分かった」

 東宮直仁は立ち上がる。そして、

「また来る」そう言って立ち去って行った。

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