第16話 下人の子、先帝の子

 咲花の母は更衣で、父親は誰とも分からぬ下人の子だと宮中で噂が立つようになった。更衣だけならまだしも、下人の子など宮中に相応しくないと女房達が口々に噂を立て、あることないこと広めていた。


 公卿の間でもそのことが噂となり、この日、清涼殿でもそのことが話題に上がっていた。


「幾ら九条さんの養女とはいえ、下人の子を入内などあって良い訳がない」

「もっともである」

「だが九条さんの顔を立て、せめて更衣としては如何なものか……?」

「もし、その更衣に男子が生まれたらなんとする。下人の子が産んだ帝など誰が認めになるものか。国の乱れとなるであろう」


「………」

 雅永帝は困り顔を浮かべていた。事の真意が分からない今、何を言ったところで無駄である。 


 何としても咲花を入内させたいが……。


「お待ちくださいな。咲花は下人の子などではおましません。れっきとした前帝の子であらしゃいます」

「前帝の子? 言うに事欠いて、前帝の子かいな」

「九条さんはそう言うが、証拠がない」

「証拠言うたら、その噂かて、証拠などないやろうに……」


「前帝の子というのはまことか?」

 雅永がそう問うと、一瞬静まりかえった。


「もう一度、問う。先帝の子というのはまことか?」

「確かな証拠はありまへん……が、朝日更衣が宮中より出て僅か九ヶ月後に産まれたのが、咲花です。指折り数えてそうとしか思えまへん」

 清涼殿はざわついた。


「それは確かに九ヶ月なのですか?」

「それはまた微妙な……」

「しかも九条さんはお惚けてなさるからなぁ〜……」

「宮中より出るなり、下人と交わったのかも知れませんぞ」

 関白 松殿師久まつどの もろひさの言に、皆は成る程と手を打った。


「やはりあきません。更衣もない」

「入内など、もっての外や」

「これは無かったこととしましょ。帝、その方が間違いないと思います」

「そんなアホな。納得いきまへん!」


 咲花を入内させたいが、なかなかそうもいかない状況だった。雅永は思案する。


咲花尚蔵くらのかみの入内は、暫し延期とする。

関白、事の真偽を確かめよ」

「ハハッ」


 関白 松殿師久まつどの もろひさはそこでニヤリと笑っていたが、雅永がそれに気づくことはなかった。


 ◇ ◇ ◇

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