第15話 東宮直仁

「朝日姫が子……? それは誠ですか、関白殿」

「朝日更衣が宮中より下がったあと、身ごもった子であるとのこと。時期的に、先帝の子かも知れません」

「──!?」


 皇恵門院は顔を強張らせた。

「先帝の子ともなれば格が上がる。このことはくれぐれも、内密にするのです。よいですね」

「ハハッ」

「その上で……誰とも知れない下級貴族との間に出来た朝日更衣の子と噂するのです。そうすれば入内が無かったことになるかもしれぬ。成ったとしても、更衣までが精々でしょう。更衣の子が直仁を抜き、東宮になることはない。そうさせなさい!」

 皇恵門院の言葉に、関白は困り顔を見せた。

 

「しかし今更ながら、九条家の子として入内されるのですから、女御とするのが慣例です。それは難しいのでは……」

「それを何とかするのが御父上の仕事でしょう!」

「……わかった。何とかしよう…」


「我が子、直仁をなんとしてでも次の帝にする。何としても……」




 雅永帝には十和皇后がいるが子がまだ居なく、女御も更衣も居ない。咲花に入内の話が舞い込んで来たのにはそうした背景もあった。


 皇恵門院の子、今東宮:直仁は、このままいけば間違いなく次の帝となる。だが、今年十四となる直仁にはそうした欲は無かった。毎日、物語を読み耽り、歌を詠んでいるだけで満足していたのだ。そうした直仁を見て、皇恵門院は歯痒く感じている。


「皇恵門院様がお出でです」


 東宮侍従の声が奥から聞こえ、間もなく皇恵門院が現れた。


「これは御母上様」

「相変わらず、物語ばかりを読んでいるそうですね。少しは漢詩もお読みなさい。やがては帝となる身です。漢詩の一つも知らぬようでは、臣下の者から侮られますよ」

「分かっておりますが、物語の方が面白いのです」

「漢詩も、知れば知るほど面白くなるというもの。頼近もそう思うであろう?」

「ハッ」

 

 頼近とは、東宮に仕える侍従である。

「漢詩も和歌も物語も同じ様に面白う御座いまする」

 頼近からそう上手くかわされ、皇恵門院は歯痒そうな顔をしている。頼近は頭がよく、東宮直仁の為になると思い東宮侍従にしたのだが、こちらの思うように動いてくれないので歯痒く感じている。


「何にせよ、直仁の教育頼みましたよ」

「ハハッ」


「直仁は次の帝となる身、大いに励みなさい」

 皇恵門院はそう言い残すと出ていった



「やれやれ、御母上は苦手です」

「そう言うものではありませんよ、東宮様。早速、漢詩の手ほどきをいたしましょう」

「漢詩は苦手だ。物語の方がよい」

「なりません。それではわたしが、また叱られてしまいまする」

「……やれやれ、仕方ない。ひとときの間だけだぞ」

「ありがたきことに御座います」


 結局のところ、二刻ほど直仁は漢詩をやらされることになった。



    ◇ ◇ ◇


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