第14話 懐かしい歌


 雅永は麗景殿へ渡るのを毎日楽しみにしていた。というのも咲花に会えるからだ。咲花があの『蛍の姫』であるのは間違いない。懐かしさと愛おしさが込み上げてくる。だが、自分が『蛍の君』であるのは隠すことにしていた。驚かせてやりたいという風な、面白がってのことだった。


「慌てずとも、時期に入内じゅだいするのだからな」


 雅永はそうなることを、まるで疑っていなかったのだ。

 そして今日も機嫌良く麗景殿へと渡る。

 十和皇后が迎える中、咲花の姿は見当たらなかった。


 まだ、来ていないのか……。


 雅永は不快に思う。

 麗景殿へ渡る時間は、いつも決めていた。その方が、咲花と出会える確率が上がると読んでのことだった。

 今日は宛が外れたといえる。

 何か理由をつけて咲花が居る温明殿へ渡ろうかと思案していると、十和皇后が檜扇を口元にあてクスクスと笑いながらこう言った。


「吾が君は、咲花が居ないと落ち着きがないのですね?」

「そんなことはない……」

「ある様に伺えますよ?」

咲花尚蔵くらのかみに、このわたしが懸想しているとでも言いたいのですか?」

「その様に伺えますよ?」

「………」

 余りにもケロリと言われ、言葉もなかった。

 十和皇后がまた檜扇を口元にあて、クスクスと笑っている。それから言った。


「心配せずとも、間もなく現れますよ」

咲花尚蔵くらのかみ様、参ります」

「ほらね」

 まるでタイミングを計ったかのような現れ様だった。

 咲花尚蔵は色鮮やかな扇を広げたまま現れ、サッと閉じ座り、深々と頭を下げ、上げた。

「主上、十和皇后様、咲花尚蔵くらのかみ参りまして御座います」

「咲花尚蔵、待ってましたよ。特に、の御方が」

「余計なことを……」

 咲花尚蔵が言われてそちらを見ると、雅永帝が困り顔を浮かべている。

 怪訝そうな咲花尚蔵を見て、雅永はわざとらしく咳払いをコホンとし、口を開いた。


「咲花尚蔵、間もなく十三になると聞いたが」

「はい。今月の末、十三になります」

 そうだ。十三になることで、裳着もぎ (成人の儀式)が行なわれ、予定通りなら晴れて入内じゅだいということになる。嫌われるなら、今のうちだけど……でも、その前に。


 咲花は、此処ぞとばかりに歌を歌った。それは朝露の御所で、よく歌っていた歌だった。御母様おたあさまが教えてくれた懐かしい歌。優しい歌声に、十和皇后様も次第に調子を合わせてくれた。そして途中で歌うのを辞め、主上を見た。

 主上は扇を口元にあて静まっていたが、間もなく困り顔のあと笑みその形の良い口を開き、歌の続きを歌い初め、十和皇后様を驚かせていた。

 

  間違いない。主上は、『蛍の君』だ!


 そう確信し咲花は雅永帝を見つめ、間もなく頬を染めた。

「あらあら、咲花尚蔵も満更ではなさそうね」

 十和皇后様が、クスクスと悪戯っぽく笑いながらそう言った。

「も?」

「も、とはどういう意味だ。十和皇后」

「言葉通りですわよ、主上」

 十和皇后様は、クスクスとまだ笑っている。

 その様子に咲花は雅永帝と顔を見合わせ、改めて互いに頬を染めてしまうのだった。


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