第7話 麗景殿の十和様
その為、蔵司の長である
そしてこの日も、「はぁ……なにも相手(神鏡)が足を生やして逃げる訳でもなし」と、軽く溜め息をついてそう呟き。骨董品紛いの古ぼけた神鏡の御守りなどは、仰々しくもそこを本来の持ち場とする
「あら、これは
「十和皇后様も御元気そうで、何よりです」
要所々に女房達が控える麗景殿の
「
「余りそうやって、からかわないでやってください……」
十和様にそう言われると、何だか嬉しくも心がくすぐったくなる。
この宮中へ来て、もう間もなく1ヶ月。当初は早々に主上と会い、気に入られることなく、むしろ不興をかってやり、ここを追い出される事を目論み行動していたものの。その主上にはなかなか出会えない日々が続き、いつの間にやらここの居心地に馴染み始めていた。
因みに、十和様はわたしよりも3つ上の15歳。とてもそうは思えないくらいに、その立ち居振舞いは落ち着き洗練されていて、しかも肌が白く、綺麗な顔立ちをしている。その
わたしは東二条邸でも、この宮中に来てからも、好んでこういう
考えてみるとさ、暇さえあれば
間もなく皇后様が、「いつものあれを」と女房に命じ。暫くして、美味しそうな御団子と見るからに苦そうな濃いお茶が、数人の女房たちの手により運ばれて来た。
──わお!
「あなたはとても甘いものが大好きなようだから、今日は特別に濃い茶を用意させました。
良薬、口に苦しですよ? ちゃ~んと最後までお飲みなさいね、
「いえいえ。わたし、実はこれが大好きなので!」
「あら、それはまぁ~。良きこと良きこと♪」
十和皇后様は、そこでまたクスクスと可愛らしく笑み、檜扇で口元を隠す。それはとても幸せそうに見えた。
でも間もなく、顔を曇らせ、改まった様子で口を開いてくる。
「それはそうと、
「ふぁい? ……モグモグ」
「吾が御父上(左大臣・忠道)より聞いたのですが……やがて頃合いの良き時に、この宮中より離れる構えであるというのは、誠なのですか?」
「モグモグ、ゴクン! ──あ、はいっ。主上の御尊顔を拝しましたあと、できるだけ早々に立ち去るつもりです。
でも、それが何か??」
「……」
皇后様はそれを聞いて、とても寂しそうな表情を見せ、再び口を開いた。
「それは……どうしても、そうせねばならぬが故のことなのですか?」
「え?? いえ、どうしてもという訳ではないのですが……」
そういう訳ではないんだけど、わたしがここへ来た理由は2つあって。その1つは、義理の兄との約束を守るため。もう1つは、主上から気に入られることなく、そもそも
だってその2つをクリアしないと、どの道わたしは九条家の行く末を人質に、入内させられる羽目に陥りそうだったから。
何せ
わたしはそうこう思い悩み、溜め息をついて十和皇后様の方を見た。すると、十和様は目の前で、はらはらと落ち着かない様子で気を揉んでいる。
「そ、その……
「えっ!?」
「もちろん、それ相応の待遇は用意するつもりです」
「……」
何だか、十和皇后様から口説かれているような気がして、わたしは急に頬が赤らみ、恥ずかしくなってきた。
異性でもないのに、何だかドキドキしちゃうよ。
見ると、十和皇后様も顔を朱色に染めていた。
前に、『歳の近い者が傍に居なくて、長く寂しく思っておりました。
咲花、そなたが来てくれて、本当に嬉しく感じ入っている』と微笑みながら言ってたから、きっとそれでだと思うんだけど……。
「皇后様、こちらへ忠房少将様がおみえですが。如何なさりましょうか?」
「あら、うちの弟が?? 突然に何かしら? ともかく、直ぐにお通しなさい」
「はい、畏まりまして御座います」
ン?
忠房少将って……やんちゃのことだよね??
そう考えていると、どこかで嗅いだことのある香の薫りと共に、色鮮やかで小生意気そうな
やっぱり、腹は立つけど。顔とスタイルだけは文句のない、やんちゃだ。問題は、わたしと同じで、性格の方。
「お、咲花姫! やはり、こんな所に居たのだな。随分と探したぞ」
「ハぃ?」
ほらっ、これだ。会う早々に、これだよ。
「少将殿、実の姉を前にして『こんな所』呼ばわりとは何事ですか。口を慎みなさい」
颯爽と皇后様から不機嫌顔でそう言われ、やんちゃは戸惑い困り顔を浮かべている。
んで、周りの女房達からは『また始まったか……』という様な表情を向けられていた。
それからまるで打ち合わせていたかの様に、十和様の女房たちは一斉に周りの御簾を全て下ろし、几帳を周囲に隙間なく並べ立て、誰一人として侵入を許さぬぞと思われる程にガードを固め始めていた。
そんな中で、姉弟喧嘩がいよいよ始まる?!
「いや、私は何も嫌みで言った訳では……」
「今のは、十分、嫌みにも聞こえるものでした。主上に遣える者として。また、のちの左大臣として……さらには、太政大臣である御祖父様の跡を継ぐ者として。今後はもう少し、言動に注意して頂かなければなりませんっ!
この宮中に於いては、四方敵だらけなのです。足をすくおうと画策する者は、それこそ数え知れず。無用な敵を作るは、愚策であるを学び、何事にもこれからは慎むのです。
少将殿、よろしいですね?」
「は、はぁ……分かりました。今後は気をつけますので…」
やんちゃは、十和皇后様からあっさりと言い負かされていた。案外、情けないなぁ~……。
それにしても、十和様の意外な側面を見てしまった気がする。あ~、びっくりした。
その後、皇后様は改まった様子で口を開いた。
「それで……少将殿、
「あ、いえ。私が用というよりは……」
「十和皇后様。咲花に用があるのは、この私です」
「「──!!」」
そう言って、南側にある
それには周りの若い女房達が頬を染め、悲鳴を上げ、中には泣き出す者まで現れるほど。
そしてよくよく見ると、十和皇后様もまた頬が赤く染まっていた。
◇ ◇ ◇
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