第6話 近衛家のやんちゃ

 ──その日の午後、東二条邸の常御所つねのごしょにて、「わあぁ~っ、もうイヤやぁ~っ」と……御父上様おもうさんが嘆いていた。

 今は、広さ3間ほどある寝所で、寝込む御父上様の周りに御母上様と共に集い、口の硬いお気に入りの女房を要所要所に配置し、話が外へ洩れないようたくさんの几帳や御簾などで周りを取り囲んでいる。

 んで、御父上様がいま嘆いてる理由は、わたしを入内ではなく、女官にしようと内々に進めていたことが主上おかみにバレちゃったからで。わたしから言わせて貰えば、自業自得。 


「やから申したのやぁあ~っ。基近もとちかもあほやぁ~。二代続いた九条の家は、もう終わりやぁああ~っ」


 それを聞いて、御母上様おたあさまもわたしも、呆れ顔を向けた。

「そんなこと、まだ分からないでしょ?」

「そうそう、咲花さなの申す通りであらしゃいますへ」



「さあ~てね? それはどうだか……」

「──!!?」

 このことを内裏より急ぎ、左大臣の使いとして伝えにやってきた正五位 近衛少将・近衛忠房このえ ただふさ(14歳)ことは、御簾の向こう側……南側のひさし近くに座ったまま、色白で細く目鼻立ちが整った顔を横へ軽く背け、檜扇で口元を隠し、そう澄まし顔に言っている。


 その様子がなんとも腹立つけど。流石に、宮中内でも女房たちから囁かれる美丈夫だけのことはある。

 だけどわたしは、そんなやんちゃを呆れ顔で迎え撃ち、(こっ……この野郎ぉ~っ!!)と半眼に見つめ口を開いた。


「……やんちゃ少将様。いつまでもそんな隅っこなんかに居ないで、こっちに来たら?」

「そんな畏れ多い。権大納言様が居られます所へ、滅相もないこと」


「今更、そんな気を使うような仲でしたっけ??」

「……」

 そう言われ、やんちゃはスッと公卿らしく立ち上がると、御簾を潜り抜け中へと入り、几帳の直ぐ傍まで素直にやって来て、その場で同じくスッと座る。


 やんちゃのクセに、いつの間にやら上級貴族らしい立ち居振舞いを身につけていた。

 それにしても……。


(何を格好つけてんだか?? こっちは、やんちゃあんたがはな垂れの頃から知ってるんだから、今更なのにね~っ)


 わたしは、そんなやんちゃを半眼の遠目のままに見つめ、そんな風に思った。そのあとで、わたしとやんちゃの間にある几帳を横へ「よいしょっ」と動かし、何も遮るものが無い状態にしてから正面に見つめ訊いた。


 対するやんちゃの方は、そんなわたしの行動に、始め驚き次に呆れ顔を見せている。



「それで忠房やんちゃ御父上様おもうさまはこれからどうなりそうなの?」

「……そんなこと、私にも分かりませんよ。おそらく、左大臣父上が裏で動いてくれるとは思いますが……。余り期待はしない方がよろしいでしょうね?」


「「「──!!?」」」

 それを聞いて、御父上様が「わあぁ~っ、もうイヤやぁ~っ」と再び嘆き出した。それを見て御母上様おたあさまとわたしは、またしても呆れ顔。


 そんな嘆いたところで、状況は何も変わらないのにねぇ~っ?


 わたしがため息混じりに、そう思っていると。忠房やんちゃが、ここぞとばかりに涼しげな表情で檜扇で口元を隠し、ニヤニヤ顔でこう言ってくる。

「だからこうなる前に、この私と、素直に恋しておけばよかったものを……」

「…………」


 わたしは半眼で、そんなやんちゃを見つめ、9割9分9厘以上の冗談で「へぇ~っ……。それならさぁ~っ、今からでも間に合う??」と前屈みでやんちゃに顔を近づけ、ひょうひょうと訊き返した。


 すると忠房やんちゃは、顔から火が噴き出すかくらいに耳まで真っ赤に染め上げ、慌て横へサッと背け、檜扇で隠し、それからわたしの方を同じく半眼で見つめ返し、明らかに動揺した様子で、「……みっ、帝からの入内の話が来る前ならばいざ知らず、今更それは難しい。そもそもあの左大臣父上がお許しになろう筈もない。太政大臣御祖父さまとは違って、父上は余り思い切ったことはなされないのでね」なんて、口調だけは落ち着いた感じでわざとらしく素っ気なく返してくる。


 ……まったく、そういうとこ可愛げがないんだからなぁ~っ。



 ──と、そこへ。基近もとちかの義兄様が帰ってきた。


「御父上様。只今、内裏より戻りまして御座います」

「──おお、おおっ! 基近殿、して宮中の方はどないなってあらしゃりますのやぁあ??」


 先ほどまで御布団の中で嘆き、塞ぎ混んでいた御父上様おもうさまが現金にも急に飛び上がるようにして起き上がり、義兄様の方へ四つ足で這いつくばって近づき、そう訊いている。

 御母上様とわたしも、それには興味津々で聞き耳をたてた。


 そんな中、基近義兄は困り顔で小さく溜め息をつき、口を開く。

主上おかみは、咲花が女官として宮中へ入ることをになられました」


「「「「──!!?」」」」

 まさかの結果に、御母上様も御父上様もやんちゃもわたしも驚かされた。

 だって、九条家がこれからどうなるかを皆で心配していたのに。それどころか、わたしが宮中へ女官として入ることが、朝廷より認めらちゃったから。



 早い話が、お咎めなし、ってこと??



 そんな中、御父上様おもうさんは『こりゃ助かったわぁ~♪』てな感じで喜び、事情を訊いている。

「それは、左大臣さんのお陰であらしゃりまするのやろかぁ? それとも太政大臣さんやろか??

あとで御礼せなあかんなぁ~」

「……いえ、この度のこと。主上、が御決めになられたとのこの」


 ──!!?


 御父上様も御母上様もわたしも更に驚いた。そして喜び、お互いに抱き合い安堵する。ただ一人、忠房やんちゃだけは『なぜだ?何が起こったんだ??』という複雑な表情を浮かべ、腰を抜かしていたけどね?


 が、そこへ。基近義兄様は、「但し!」と厳しい表情を見せ、付け加えてきた。

 それで再びびっくりして、わたしたちは改めて抱き合うように一塊となり(何故かこの時、やんちゃまでどさくさに紛れてわたしに抱き付いてきて)、注目した。


 基近義兄は、次に困り顔を浮かべ、小さな溜め息をつき言う──。

「主上が申すには……咲花を、気に入らねば入内の話は無かった事とする、との仰せであった」

「「「──!!?」」」


 それを聞くなり、御父上様おもうさまは悲鳴をあげ、「あぁ、そんなの無理やぁあ~っ。咲花姫は、難があるによってなぁ~……」と嘆き。御母上様は、そんな御父上様を再びの再び慰めている。



 …………いやいや、わたしってそこまでな訳っ??


 そんな中、わたしは『よっしゃあーっ!』とばかりにガッツポーズを決める! だってそれって要するにさ、わたしが主上から気に入られなければってことになるんだよねっ?? 


 それだったら、簡単な話だよ♪



 だけど世の中……予想もしない事が起こるってことを、わたしは後々知ることになる──。


  ◇ ◇ ◇


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