第4話 平安の世の習い
それにしても、わたしが
だいたいが、そもそもみんな頭可笑しいんじゃないの? 和歌のやり取りだけで、美しいだの、愛してるだの、恋をしただのと、よくもまあ~そんな歯の浮くような台詞や言葉が出てくるものよねっ?? まだ実際に会っても居ないのに。まったくもって、わたしには理解できないよっ。しかも、なに? 婚姻成就に寝込みを襲われ?(
はっ、なにそれ? 美味しいのっ??(お餅は美味しいかも知れないけど……) マゾじゃあるまいし、わたしからすればそんなの変態の極みよっ! みんな、頭のネジがどうかなってんじゃないのぉーッ!?
「──はぁっ、はぁっ! はあぁ~……
春野は、それを聞いて困り顔を浮かべている。
「そんな、まさか。それは姫様の思い過ごしですよ」
倒れた
その様子を見て、わたしは急に申し訳なく感じ。なんだか間抜けだけど、一緒に部屋の中を片付けながら話を続けることにする。
「そもそも
「
「わ、わかってる……ご、ごめん…春野、わたし油断してた……。義兄様とのこと、他の人に知られたら困るものね? ありがと…いつも感謝してる」
女房・春野の忠言に、わたしは小さく頷き肩をすくめ畏まった。
春野は、よく出来た女房だった。
本来なら、上級貴族の元へ嫁ぐことも可能な名家の出自であるが。わたしがこの東二条邸へ来て間もなく、女房 (世話役)として付き添ってくれるようになった。歳が近いこともあって、習いごとも共に学び、その優秀さも理解している。だから春野とは、気心が知れていた。わたしが基近の義兄様をお慕いしているのを知っているのは、その為でもある。
と、その時。側柱の内側、しかも
「そ、そこに居るのは、誰っ!!?」
「……私ですよ。
「義兄様……?」
基近の義兄様はそう言って、几帳と
「中へ入ってもよろしいか?」
「え、えぇ……」
わたしがそう応えると、春野が手早く御簾を上げた。それを義兄は確かめ、御簾と
それでもわたしは
しばらく静かな時が経ち、やがて義兄様は口を開いてくる。
「先程は御父上様の手前、ああは言ったが。咲花がその者を本当に慕っているのならば、力になってもよい、そう考えている」
「──!!」
基近義兄様の言葉を聞いて、わたしは嬉しくなり、思わず目の前にある几帳を押し退け、義兄様の表情を直に見つめた。
「が……それも、相手次第による」
「──へっ?」
「
これは、咲花のことを思ってでもあるのだから、くれぐれも勘違いしないでおくれ」
「……」
要するに、政治的な意味合いから考えても、わたしと義兄様との婚姻は絶対にあり得ない、という事をいま改めて再確認させられたも同じ事であった。
わたしは義兄様のその言葉を聞いて、とても悔しく悲しく、また腹立たしくもあり、唇を噛み締めた。ところが、
「……と言ったところで、本題に入ろうか?」
「──は?!」
基近義兄様はそう言って片膝を立て、ウィンクをしている。わたしの方は、虚を突かれた感じで、びっくりだ。
「その好きな相手とは、あの左大臣様のやんちゃかぁ?」
「えっ!?」
左大臣のやんちゃとは、藤原氏の
「あれは性格に難はあるが、左大臣様に似て、とても要領がよく、出世も早い。見た目も美しい男子であるしな。
「……」
基近義兄は、ニヤニヤと笑いながらそう言った。だけど、わたしとしてはまったく面白くない話だ。直ぐに顔をツンと横に背け、返してやる。
「わたしは、あの者は大嫌いです!」
「まあ、そう言うな。子供の頃は、よく一緒に遊んだ仲ではないか?」
「その……子供の頃に、散々いじめられていたんですけど…?」
「あ、いや……あれは、アイツなりに、お前から構って貰いたい一心で出た行動だよ。そう思えば純粋だし、可愛いもんじゃないか?」
あれが可愛い? 純粋?? はっ、どこが?
部屋の中へ池の蛙を忍ばせたり、蛇やトカゲを捕まえては、わたしの直ぐ目の前で放ったり、挙げ句の果てにそれを見て下品にもゲラゲラと指まで指して大いに笑っていた。今思い出しても腹立たしい限りよっ。
まあ……そのあとで同じくらい。ううん、それ以上に倍仕返してやったから、もう精々しているんだけどね?
「実は先日も、
「そんなの当たり前ですっ! その始めの恋文の中に、干からびたトカゲが入っていたんですから!!」
「…………」
それを聞いて、義兄様は「アイツも相変わらず子供のような真似を……どこまで本気なんだ?」と呟き、困り顔に頭を抱えている。
「まあいい。分かったよ。とにかく、咲花がお慕いしている相手は、近衛家のやんちゃ……いや、
「当然です」
わたしは、ツンとしてそう返した。
それから今更ではあるんだけど、一度は押し退けた几帳を自分自身の手でいそいそと立て直し、義兄様との間に置いた。春野もそれを見て、直ぐに手伝ってくれる。
義兄様はその様子を、いつもの見慣れた光景であるのに、初めて見たかのような呆れた表情で見つめ、軽くため息を吐き口を開いてくる。
「ならば、どなたなのだ?」
「……」
そんなこと、言える筈がない。それが、基近義兄様だなんて……。
「言えぬか。言えないような家格 (家柄)の者が相手なのか? まさか、屋敷内に居る家来がその相手ではあるまいな?」
「──!? ち、違いますっ!! そういう事ではなくて、私はただ…」
「ただ、なに?」
「……。相手の顔も、どんな方なのかも分からない殿方とそのままズルズルと一緒になるなんて、とても考えられないんです」
「だからこそ、恋文のやり取りをするのではないのか?」
「──!! 恋文なんかで、相手のことなんて何も分かりませんよっ! こんな方法でしか結ばれない恋なんて、わたしには納得できないんです!」
「……だが、現に皆そうしているし。恋とは、今の時代、そういうモノなのだ。咲花、余り強情を貼るのも程々になさい」
「…………」
ダメだ。これでは話にならない。話が平行線どころか、解り合うことも無理だ。基近義兄様の言ってることは、
わたしがそれで暫く黙っていると、義兄様は諦めたかのように軽くため息を吐き、スッと立ち上がった。
「咲花の言い分は、よく分かった。ならば、その相手の顔を直に見ることさえ叶えば、咲花はそれで納得するのだな?」
「えっ? ……えぇ。それならば…」
わたしがよく理解出来ず、でもその条件ならば確かに納得できるのでコクリと頷いた。すると、義兄様はそこで『ふっ……』と優しく笑み「可能な限り、手は打ってみよう」と言い残し、この
「……よく分かんないけど。今回はこれで、何とかやり過ごせたのかな??」
ところがこの事で、わたしは後になり、後悔することになる──。
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