第2話 遠き初恋

 あれは初恋だった。

 実を言うとわたしは、この東二条邸の娘ではない。

 わたしの本当の母おたあさまは、とても美しい姫だったらしい。そのために、先代の帝から御手つきに合い。その事で、妃から妬まれ、怒りをかった実の母おたあさまは、後宮から追い出され。同時に、その妃の蛇のような怒りに恐れを感じた徳大寺の実家からも見放されてしまう。

 その事を不憫に思った御父上様おもうさんこと九条基兼は、京の外れに小さな屋敷を建て、そこへ住まわせ、妻妾として養うことに決めた。

 ところが程無くして、実の母が身籠みごもっていたことが分かり、先代の『帝の子』であることを訴えたが、結局は聞き入れられず。遂には、その実の母も病で亡くなり。九条基兼は、その娘を養女として迎え入れた。


 この娘というのが、つまりはわたしってことね?


 当時は、まだ5歳。

 初めて見た東二条邸は、本当に大きくて、どんなに目を大きく見開いても屋敷の角が見通せない程だった。



「御義父上さまっ、ここ大きい! びっくりしました!」

「ほっほっほっ。咲花さな姫や、これからはワシのことを御父上様おもうさんとお呼びなはれ。遠慮は要らぬ。よいかな?」


「…………。はいっ! 御父上様おもうさまっ

「ほっほっほっ♪ よい、実によい返事であらしゃりますなぁ。よいよい、実によい」


 屋敷内では、沢山の家来がそれぞれの役割を果たしていた。右にも左にも、人の姿が見え隠れしている。前の屋敷では、とても考えられないことだった。

 物凄い経済力!

 見慣れない光景に、わたしはキョロキョロとしながら歩き、御父上様おもうさまと一緒に東二条邸の母屋へと向かっていると、急に誰かから背後より抱き抱え体を上に上げられた。


「なっ、なにをするかッ!!? 無礼者っ! われは、藤原氏が九条基兼の娘であるぞっ!」

「はは! これはまた、威勢がいい娘だなぁ~っ♪」

「これこれ……基近もとちか、辞めなはれ。御可哀想やろ。まったく……我がながら、何とも…」


「──!!?」

 えっ、息子っ?! じゃあ、義兄さまっ!?


「いえいえ、御父上様。これは、咲花さな姫と少しでも早く触れ馴染む為のというものですよ。

ねっ、咲花さな♪」

「…………」

 とても優しい眼差しと笑顔で、このわたしを東二条邸へ温かく迎え入れてくれた。

 わたしは頬を紅色に染め、このたった一瞬で、一目惚れしたのだ。



 そしてこれが、わたしと義理の兄との初めての出逢いだった。


  ◇ ◇ ◇


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