『へいあんっ☆』 ~平安 姫取物語~

みゃも

第1話 咲花姫の事情

 時は平安。所は京の都。摂関家せっかんけ・藤原氏が大屋敷の前──。


「こりゃあ〜えらいこっちゃ、エライことにならはった!」

 正三位 権大納言・九条基兼くじょう もとかねは、この日の夕方、内裏だいり (宮中)から居宅である東二条邸へ、牛車をに急ぎ走らせ帰り降り立つなり、常御所つねのごしょ (平安貴族が居住する母屋北側にある寝所)へドスドスと足音をたて向かっていた。


 そこで女房 (世話役)と世間話に花を咲かせていた北の方(正室)は、息を切らして入って来る吾が君旦那さまを、まるで盗賊か熊でも突如現れ襲って来たかのような表情で迎え、口を半開きに見上げている。


「エライことにならはったでっ!」

「そないにも慌てて、何であらしゃいますの? どないしはりましたのへ?」


やっ。ええ話が舞い込んで来たのや!」

「は? なんや……まぎらわしい。吉報なら、何も慌てなくともよろしゅうあらしゃいましょうに。

それで、何がありましたのへ?」


「それが、そないに呑気のんきな話やない。咲花さな姫の入内じゅだい (後宮へ入ること) の話がでたんや! それも、今上きんじょうさん (時のみかど) からの、たっての願いやっ!」

「──!!? それは誠ですのへ?? それがホンマなら、大変あらしゃいがたいことであらしゃいますなぁ~」


「ホンマや。安心しなはれ。いんや……まだ正式なモノやあらへんからなぁー。此処だけの話にしといたがよろしいやろかぁ? 

何せ、あの姫のや……。妙な噂がたって、そのあとで破談にでもなりはったら、なにせ格好つかんやろからなぁ〜っ……? よう注意してやらんと、また左大臣さんから笑われてしまうわ」



 ──ガタン☆! 


 

「──そんなのっ、冗談じゃないっ!! 入内じゅだいなんて、真っ平ごめんよっ!!」

「「──!!?」」

「ひ……姫さまっ…」


 わたしが住まう東二条邸の母屋が急に騒がしくなったので、野次馬心でいそいそと、止める女房の春野を従え来てみれば、御父上様おもうさまがそんなこんなで大いに喜びはしゃいで居たのだ。


 そりゃあ、それではしゃぐのは御父上様の勝手だけれど。そんな大事なことを相談もなく決められては堪らないものっ!


 そう思うわたしの隣で、1つ年上の女房 (世話役)の春野が申し訳なさそうな表情を御父上様おもうさま御母上様おたあさまに向けつつ作り笑いを浮かべ、まあまあと取り繕う仕草をしている。

 そんな中、御父上様は明らかに動揺した様子で口を開いてきた。


「さ、咲花さな姫っ。な、なに言うてはるのや?? とにかく落ち着きなはれ。今上さんいうたら、幾ら入内を待ち望んでもなかなか叶わん御方であらしゃいますのに。それの何が不満なのかいな?」

「……では、お聞きしますけれど。その話、でお決まりになられたのでしょう?」


「それは、アレやっ! ついこの前、従兄弟左大臣さんが催した白河邸の屋敷で歌会があらしゃいましたやろ? その時に姫の和歌を、その場に居合わせた皆の前で詠って聞かせたら、大層、評判でなぁ~っ。その噂を聞き付けた今上さんも大層気に入られ、それで今日の話に至った訳や。有り難いこっちゃで。ほっほっほっ♪」


「…………(や、やっぱりかぁ…)」

 わたしは、思わず頭を抱え込む。



 実はあの日、わたしは体調が優れないという理由で、白河邸には行なかった。というのも、本当のところ体調不良というのは真っ赤な大嘘で。わたしは単に和歌が大の苦手だったから、参加したくなかったのだ。

 ところが、それでも御父上様おもうさんは「書け書け、書くだけでよろしおます」と煩かったので、そこでわたし付きの女房・春野に、無理言って1つ2つ句を詠んでもらった。


 だって春野は、わたしが思うに、紫式部や清少納言にも通じるほどの和歌の名手だったから。


 なので、御父上様おもうさんに託した和歌は、春野がわたしの代わりに一句詠んで、それをわたしなりに解釈し、部分的に置き換えてつづっただけの和歌な訳で。要するに、単なるその場凌ぎ。その場限りで誤魔化しただけ。それがまさか、こんなにも宮中で好評になるなんて……これはもう悪夢としか言いようがないよね?



「もう間もなく12歳にもならはりますのに、これまで恋文の1つも書こうとせなんだ姫が、あのように見事な和歌を……。わしはもう、それだけで嬉しゅうて嬉しゅうて」

「…………」

 はぁ、よく言うよぉ~っ……。わたしが書いた和歌を詠み聴かせることで、その場に居合わせた公卿の誰かと恋文のやり取りが幸いにも始まって、半ば強引に夜這よばいをされ、場合によっては、婚姻に至ればと思ってたんでしょうけど。それが今回は何の因果か、主上おかみ (帝)の耳にまでそれが伝わり、棚から牡丹餅くらいに喜んじゃってるクセしてさぁ~っ。


 まあね、御父上様おもうさんがわたしのことを本当に思ってやってくれてるのは分かるから、感謝はしてるけど。


 何にせよ。わたしとしては、入内じゅだいだけは避けたいのよねぇ~っ。となれば、コレをどうやって切り抜けるかなんだけど……ふむ。



御父上様おもうさま。言って置きますが、わたしには既に心に決めた殿方が居ります。つまり、この心は、その方によってけがされているのです。

ですから、その御話はお断りくださいませっ」

「「──!!?」」

 

「なに言うてはりますのや? これまで都中の公卿から届いた恋文に、1度たりとて返したことあらしまへんやろ??」

「ぅ……」


 そう、問題はそこなんだよねぇ~っ……。

 だってさ、その方と恋文を交わそうにも、わたしが好きになった『愛しの君』ってのが……。


「御父上様。只今、内裏より戻りましてございます」

「おお、おお! これは基近もとちか右近衛中将殿、よい所へ」

「──!!」


 優しく上品なお香の薫りと共に、わたしの義理の兄である、従四位下・右近衛中将 九条基近の兄様が束帯そくたい姿 (宮中装束)で現れた。歳は、わたしよりも3つ上の15歳。

 相変わらずの端麗な顔立ちに、わたしは頬をポッと紅色に染め、慌てて檜扇ひおうぎを大きく開いて、その顔を隠した。



 ──そう、わたしが恋をしたっていう相手は、『』──


 といっても……まだ、片想いなんだけどね?


 ◇ ◇ ◇

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