第5話

近所のお話です。昔は町内に「祈祷所」をご商売をする所があって、私の母の女学校の友人の家でも、お父様が色々な相談を受け付けていたそうです。


別に相談しに行く訳ではないのですが、学校の試験前等に「一緒に勉強しようよ」と誘われてはよくお邪魔していたといいます。

母は、カンニングを疑われる位記憶力が良くて、教科書のページ丸々分書いたりして、成績が抜群でしたが、この友人は自宅で熱心に勉強しても、点が取れず悩んでいた様です。試験当日の昇降口ではスラスラと、何が何年、これがどうだったとか

勉強の成果を母が聞くままに自慢げに言えるので、今回は大丈夫だよね…と安心し

てると、結果は残念なことに…。おまけに当時は、人権も何もない時代で、担任の先生が、誰が何点、誰は何点…という様に教室でテストを返す際に発表し、母は常に高得点なのに対し、友人は、30点とかのボロボロで、あんなに直前までペラペラと言えてたのに何で?と聞けば、本人は「あのね、試験の用紙が配られたらね、頭の中が真っ白になっちゃうのよ…」という状態だったので、家で一緒に勉強をと誘われていた訳です。


彼女の勉強法も書きまくりの巻物を作るというもので、非効率だとは思っても

彼女のお母さんはいつもニコニコおやつを出してくれたりして、結構楽しかった様です。


母自身の母親は、あんなとこにまた…という風にあまり良く思っていませんでした。


勉強に飽きたら、友人は「ちょっと、お父さんのとこ見てみない?」と誘っては、祈祷所の様子をこっそり覗きに行ったそうです。禁止されてはいたものの、そこは子供上がりの二人なので、興味深々だった訳です。


父親は、石鎚山の祈祷師で年に何度も山に修行に行っている評判の行者さんでした。

ある時、母たち二人が蔭で覗いていると、両脇から抱えられた妙齢の女性が、階段を上がって来ました。

座敷に崩れる様にして、頻りに呻きます。それも若い女性とは似ても似つかぬ太い男の声で、口汚くわめき散らし暴れるのです。連れて来た家族らしき人の言うには

何をしても駄目で、暴れたり罵ったりするばかりと言います。


小父さんは、何やら呪文のようなものを唱え、祈祷した後、「近所の男性が、この女性の事を、目障りな気に入らない女だと妬み、その念が掛かったな」と言ったそうです。

そして、さらに祈祷を続けました。


それから、母たち二人の少女が目にしたのは、急な梯子段の様な階段を、連れて来られた

時とは打って変わって、トントントンと小気味よく自分で降りていくこの女性の姿でした。

有難うございました等と言いながら。


また、ある日のこと、ここに中年のおばさんが連れて来られました。何かに憑依されている

らしく、もはや尋常な様子ではありません。

喚き、暴れ回り…それはもう信じがたい有り様で、母達は息を呑んで見守りました。

祈祷師の小父さんは、鉄の火箸を突き付けて見えざる相手に挑みます。

実際には寸止めで彼女の身体には火箸は触れていないのですが、おばさんはギャ~!!

と恐ろしい声で、しかも全く別人?の苦しげな声で喚くのでした。

これでもかという風に、小父さんが責め立てると、遂に何者かが、彼女の口を借りて語り出しました。それを聞くと祈祷師の小父さんは、一緒に来ていた近所の人々に指示して、このおばさんの自宅で御馳走を用意させるようにと命じました。実は、このおばさんのご主人は

この手の話が嫌いで、信じてもおらず近所の人が祈祷所へ連れて行くのも嫌がったそうですが、命が危ないんだというので、最大限の御馳走を準備させろと言って、

急ぎ、近所の一人が祈祷所から自宅へ飛んで帰って、ご主人に伝えました。


すぐに、他の近隣の人々も協力して自宅の方で御馳走が整えられた頃、祈祷所の方では

「どうだ、約束通りの物を用意したぞ、さっさと出て行かぬか!」と祈祷師が告げると、おばさんが、「ふ~ん、何々の焼いたのに、これこれの鉢か、何々の煮付けもあるな…」と満更でもない様子でしゃべり出しました。すぐに別の住人が、祈祷所からおばさんの自宅へ取って返してみると、全くこのままの献立の料理が作られていたのです。

ところが、憑依したモノは「こんな旨いものを喰わせるんなら出て行きたく無くなった!」等と

ほざくのです。どこまでも凶暴で厄介な相手でした。

祈祷師は、激怒して「約束が違うぞ、魔物めが!これでもかっ!!」と火箸で迫り、長丁場でしたが、やっとのことでこの一件は解決しました。


後から聞けばおばさんは美容室を経営していて、ある日誰だか知らない女性が店先にやって来て、封印した一斗缶らしき物を、ちょっとここへ預かってもらえませんか?と言うまま店の脇の、納屋のようなスペースに置いていったそうです。人の好いおばさんは、すぐに取りに来るんだろうと思って、気軽な気持ちで預かったそうですが、一向に受け取りにも来ないまま、このような禍いに巻き込まれたという事でした。


祈祷師の小父さんの話では、この中身は土が詰められ蛇の呪いが封じられた呪物で、持って来た人間が他人に転嫁したくて置いて行ったんだとの事でした。

ちなみに、こういう話を信じていなかった美容室のおばさんのご主人は、後で人に「ほんとにこんな事もあるんだな…」と言っていたそうです。


ここでのエピソードは、まだまだありますが、(例えば、鳴釜の占いによって、戦後に未還兵の生死や帰国時期のお告げをしたり。うちの親戚のもチェックしてもらってその通りでした。)

また、いずれ。

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