演劇部
朝凪 凜
第1話
今年で私の高校生活も最後だ。
演劇部の舞台に向けてみんな汗水流して頑張っている。
──大道具作りだ。
我が演劇部には演者は3人しかいない。私、入学した時から一緒の直弼。そして1年生の幸村君。他の部員は15人ほどいるけれど、みんな舞台裏志望だったのだ。私もその舞台裏を希望して入部をした一人だった。もしかしたらあの時のことが演劇に対する最初の思い出だったかもしれない。演劇という初恋の想い出。
「入部見学させてください!」
まだ学校が始まって一週間。部活動の勧誘が鬱陶しいくらい多い時期だ。すでにやるものを決めていた私は仮入部期間に入ってすぐに一人で演劇部へ足を運んだ。
「お、一番乗りだね。もう決めているのかい?」
入り口の扉の裏に立っていた物腰の柔らかそうな先輩が案内しながら訊ねる。
「はい。役者志望ではないのですが、演劇部で小道具を作りたいんです。私の作った小道具で素敵な役者さんに使ってもらえたらと思っています。」
中に案内されると10人程がおり、ホワイトボードに次の演目について話し合っている最中のようだった。
「そうなんだ。決まっている人に薦めるのも心苦しいけど、役者は良いものだよ。自分の中に無いものを表現する悩ましさはあるけど、それを表現できた時の嬉しさは何にも代えられないね。もし機会があれば絶対役者をお勧めするよ。」
そのように話をしてくれた先輩の言葉に耳を傾けることはなかった。
しばらく椅子に座って、ホワイトボードの横に立ってまとめている人(多分この人が部長なのだろう)を見ていると他の1年生も何人か見学に来て、教室の密度が当初の倍ほどになった。
「よーし、それじゃあ始めるか。新入生向けの紹介を兼ねて自己紹介をしていく。俺は橘宗茂、3年の部長だ。んで、おーい、藍丸こっち。前来てくれ前」
呼ばれたのは私の隣にいた先輩だ。
「えー、俺はここでいいっすよ。ほら前とか僕が部長より目立っちゃうじゃないですか。ヤですよー」
お調子者なのか、第一印象とは少し感じが違って見えた。
「後でいくらでも目立つんだからいいじゃねーか。ほらこっち」
「えー……、2年の森藍丸っす。先輩とか面倒なんでいらないっす。適当に呼んでどーぞ」
そのあとも趣味とか色々言っていたけれど、ヘラヘラした感じが鼻につく。最初の印象は既になくなっていた。
「もういいぞ。こんなでも一応副部長ってことになってる。あとは──」
何人か自己紹介もそこそこに真ん中の空間を空け、ホワイトボード前に教壇を置く。
「それじゃ、一年生は真ん中に座ってもらって、即興の演目を見てもらう。演じるのは藍丸だ。」
部長では無くこの人が演じるということに些か不満を覚えたけれど、ささいなことと割り切って先輩方が開けてくれた真ん中に移動する。
「それじゃあ、最初に来た彼女、何かやってもらいたい演目があれば言ってほしい。それをこいつが一人芝居をする」
突然振られ、わずかに逡巡するも、悪い心が芽を出した。
「じゃあ……ソポクレスの戯曲の『オイディプス王』なんかは如何でしょうか」
オイディプス王とは古代ギリシャが舞台の悲劇である。
「わかった。君はいいチョイスだ。藍丸、台本用意するからその間に準備しとけ」
いいチョイスという意図はさっぱりわからなかったが、この数十分後に誰もがその意味を理解した。
パチパチパチ。台本を読み終えた森先輩がお辞儀をして後ろに戻っていった。
「聞き終えた感想はどうだった。演目を選んだ君」
「はい。えーっと、驚きました。こう言ってはなんですけど、とてもこの演技ができそうな人ではなかったのに、すごく胸に沁み入り、こんな人でもこんな演技ができるんだ。いえ、人は関係ないんだと思いました」
正直に言ってしまって、しまった。と後悔したが想定内だったらしい。
「俺もそう思ってた。だがこういうやつなんだ。すごいだろ。演者によっていくらでも表現できる世界があるというのを知ってもらいたくてこいつを選んだ」
それから私は小道具も作るけれど、演技もやってみようと役者──演劇部では演者というらしい──もやるようになったのだ。
演劇部 朝凪 凜 @rin7n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます