死ななかった世界線、その朝
仄かな朝陽が遮光カーテンの隙間から室内に差し込み、その部屋で眠る青年の意識を覚醒させる。
其処はカルナギ地雷株式会社寮。その狭い部屋で垣沢漠土はベッドから身体を起こした。変則的に組まれた勤務サイクルにより、彼の身体の疲れはなかなか取れないでいる。
「くっそ体だるい……オンラインで遊び過ぎて寝るの遅かったからな……」
彼は先日発売した新作ゲーム、アビスソウル3を遅くまでプレイしていたので自業自得ではある。
「さって、今日も奴隷の様に働きますかね」
彼がそう呟いた言葉は半ば真実である。
進み過ぎた超高齢化社会。それがもたらしたのは若者が高齢を支える逆三角形支配体系。徴収税率五割を超え、半ば奴隷の様な生活を強いられている。
ただ、彼が働くカルナギ地雷株式会社は政府お抱えの対車地雷製造会社として重宝され、手元に残る資金は少ないものの行き届いた福祉のお陰か、生活水準は比較的高い方である。ちなみに彼の手取りは約八万円であるので、ゲームソフト一本買うにも覚悟が必要だ。
着替える彼の部屋の扉がノックされ、扉の向こうから同僚に声を掛けられる。
「漠土先輩……先に行ってますよー?
ゲーム疲れで遅刻しないで下さいね?」
彼に声を掛けたのは同年代の大卒の事務員。高卒で入社した彼と同じ二十二歳だが、入社年月で言うと垣沢の方が先輩だ。
とはいえ、既に給料は抜かれている。手取り二十万らしく、受付嬢の一人と早速付き合い始めたらしく、リア充爆ぜろと垣沢は悪態をついている。
「先輩? 起きてますかー? 食堂に用意してある朝飯は食べて下さいね?」
「あー、聞こえてるって。俺、朝抜く派だから」
「現場作業、力出ないですよ? 寮の管理人さんからも言われててね。ちゃんと食べる様にだよ?」
「はいはい、分かりましたよ。お前はお母さんかよ」
「先輩、ではまた工場で」
「はいはい」
垣沢は着替えた作業ツナギの上から腰にベルトを巻くと、工具ポーチを装着する。
部屋の洗面所で顔を洗い、歯を磨きながら仕事場に持って行く荷物を思い出す。
「試作型機雷も作業鞄に入れて置かないとな」
その機雷は国外逃亡を企てようとする水陸両用型改造老人を海へと逃さない為に開発中のもので、微調整を彼が任されていた。改造老人達が可変した際に発する特定の周波数に合わせて爆破するしくみになっている代物で、機械化された堅牢な外殻を強烈な燃焼と爆裂で破壊する。
「鞄に入れて持ち歩いても……大丈夫だよな? 安全装置は三重に掛けてるし、間違っても誤作動する事は無いが……」
垣沢は寝ぼけた頭で腰のホルダーに工具をセットし、準備を終える。作業着と同じ橙色のカルナギ会社のロゴ入りキャップも忘れずに。本人は作業着の色を気に入ってはいるが、海外の囚人服の色に似ているのでその点は不服のようだ。
西暦2145年、彼等の暮らしはまさに老人達に囚われているとも言えるのだが。
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