生きるはずだった三日目

 垣沢漠土は出社時間ギリギリで、寮から会社へと到着すると、門前に老人二人と社員二人が話している姿を目にする。


 相手をしているのは垣沢と守衛と同期の受付嬢だった。


「お客様……そう言われましても私どもの地雷は政府の受注により生産しております。設置に関しましても全て国からの指示ありきで弊社が独自に地雷マップを作成し……」


「可愛いお嬢さん、そんな事は分かってるんですよ。あんたらの地雷がわしのワゴンを吹き飛ばした事に変わりは無いんじゃろ? 解析したらここで作っとる『局所型指向性対車地雷ハルバード』ときたもんじゃ。損害賠償二千万円といったところかのぉ」


 二人のクレーマを横切る垣沢は目配せで守衛に対し、腰の工具に手を掛け合図を送る。受付嬢は老人へ対応しながら彼に首を振り、先へと促す。


 垣沢漠土は老人二人を警戒しながらも、そのまま工場の入口へと歩みを進める。


「ほら、お爺さん達、もうこの辺で勘弁して下さいよ。こっちも仕事だし……これ以上のクレームは治安部隊呼ばないといけなくなるから……ね?分かるでしょ?」


 警備服の守衛が二人のクレーマーを追い返そうと腰に提げたピストルを彼等に見える様にチラつかせた。


「お宅らの誠意が鉛の弾とはの?」


 守衛がやや大人しくなった背の高い方の老人を追い返そうと、その肩を押し返そうとするが、老人は微動だにしなかった。


 見た目に反する超質量。それを挙動一つで垣沢は老人達の正体に気付き、工場へ向かうのを止め、近くの茂みへと身を隠し、様子を眺める事にした。守衛がなおも老人を押し返そうとする。


「あれ? 結構鍛えてるんですね。でもねぇ……お爺さん達、私達の対車輌地雷に引っかかるって事は、極端な速度違反か、よっぽどな運転をしてたって事なんですよ?」


「煩い……のぉっ!」


 老人の怒声と共に守衛は軽々と十五M先にある植木に全身が叩きつけられ、その衝撃で細高い木が根元から折れてしまう。


 その場に取り残された受付嬢が怯え、口を震わせる。


「お、お客様!困ります! 此方の無礼は詫びますが、本当にこれ以上の危険行為は治安特殊部隊への通報を……」


 横の小型の老人が無言で腕を前に突き出した。その右腕が青い発光現象と共に可変し、回転式の黒い砲身が剥き出しになる。


 砲身が回転し、その駆動音が大地を小刻みに揺らす。回転する砲身の先を向けられた受付嬢が更に震え、その場にへたり込んでしまう。

 会社の建物からは騒ぎを聞き付けた数人の社員が姿を現す。


 その手に銃を構えて。


 政府絡みの企業は悪質クレーマーからの武力行使が絶えない為、一部の人間に銃所持が認められているのだ。


 武器を持った社員を尻目に、老人達は顔を見合わせ言葉を交わす。それは決意表明であり、宣戦布告でもある。


『忘れるな! 数多の思い出! 奪われるな我が半身! 還るべきは……あの乗り心地!』


 近年、過激化する改造老人達の武力クレーム。その一端をとある組織が牛耳っていた。その組織名は「老害狂会」。


 彼奴らはテロリストであり、国に仇なす違法改造を施された機械人間である。その姿はまるで鉛の悪魔へと裏返る様に全身に黒い鉄の攻殻を纏う。


 改造率99%。


 心臓すらも鉄と化す彼等は脳以外、人である事を捨てた人間、強化型改造老人99式、通称「九十九(つくも)」と呼ばれる。


 質量保存を無視した物理法則で二人の老人は二メートル超えの鉄の悪魔と化す。


 そして彼がその正体を現した。


 鉄の悪魔へと裏返った大型の改老が、その腕で受付嬢の首を持ち上げるとその身体が軽々と宙に浮かぶ。


 必死に鉄の腕を掴み、踠く受付嬢だが、改造老人の反対の腕部に挿げられたマニュピレーターがその衣服を裂いていく。千切れた衣服の隙間からその下着が露わになる。


 その悲惨な光景に社員の一人が発砲しようとするが、彼女に弾が当たる事を危惧した他の社員に止められる。彼は彼女の恋人でもあった。


 無論、改造老人達の外殻へ銃弾が当たったところで大したダメージは入らないのだが。


 それを知る垣沢漠土は巻き込まれない為に身を隠し、周りの状況をつぶさに観察している。


 巨躯を駆る黒い鉛の悪魔相手に銃が役不足である事は理解しており、植木近くで伸びている守衛の銃を使う選択肢は除外していた。


 状況はかなり芳しくない。そう垣沢は感じていた。


 恐らく、あの受付嬢は見せしめに陵辱された上で殺されると。


 状況が動く。


 改造老人99式、通称九十九つくもの一体が巨大化した回転式銃の砲身を唸らせ、背後に聳え立つ本社ビルを瓦解させていったのだ。


 明らかに脅しの範囲を超えている。


 光弾が線を引き、なぞるように建物が崩れゆく。出鱈目に放たれた弾丸ではあるが、威嚇射撃であり、社員達に当たらないようにしていた。それも時間の問題であるが。


 裏返る事で電子音へと変換された老人の声が辺りに響く。


「高齢運転者を否定する者に粛清を……まずはそこの男。このたわわなお嬢さんの恋人かの?」


 隣の小型の改造老人の砲身が今度は大卒の後輩へと照準を合わせる。


「フヒヒ。いいね、お嬢さんのその苦悶の表情。更なる絶望を味わって貰うために先に彼には死んで貰うよ。それとも、男の目の前で嬲られながら死ぬ方が燃える方かの?」


 受付嬢の悲痛な叫びが辺りに響いた。


「やめて! 私なら、何でも要求を受け入れるから。どうか彼の命だけ……は……」


 彼女を拘束する方の大型の九十九の股の間から今度は細長い狙撃銃が展開する。


「ほぉ……何でものぉ……」


 青ざめていく受付嬢の悲鳴が再び辺りに響き渡った。


「いや、やめて! そんなの……」


「安心せい……苦痛に耐えられなくなったら、中から一発撃ち込むだけであの世逝きじゃ。銃弾は内臓を破壊しながら脳に達し、即昇天じゃ」


 改造老人の腕に拘束された受付嬢が服の乱れに構う事なく暴れ、耐えられなくなった後輩が走り出そうとした瞬間、とんでもないものを目にする。


 それは自社の作業着を着た人間がその改造老人の真下に潜り込み、彼等にそこで待機する様に手でサインを送っていたからだ。


 改造老人達は正当防衛を後に訴える為、彼等が自分へと先に発砲するように仕向けていた訳だが、突然動きを止めた彼等の行動の意味を理解出来ずに居た。


 死角に潜む垣沢漠土の存在に気付かぬままに。


 ただ彼だけは気付いていた。


 この先起こる惨劇、そして自身の避けられない死がやってくる事を。

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