初期設定画面

次元境界線

<???:それは恐らく女神>


 生と死を繋ぐ狭間、それが次元境界。


 辺りに無数に散らばる星の光だけがこの場所を静かに照らしていた。境界線を司る神々。彼等は死者にさえ干渉することが許されている。真黒の世界に佇む、深淵を纏った巨人達が被害者達を見降ろしていた。


 巨人達には顔が無い。穴がただ空いているだけだった。


 死せる者に分からぬ言語で巨人達は話し合いを続け、困った様に首をもたげている。目の前に現れた死せる人間の言葉が分からないのだ。


 少々お待ちを。


 転生手続き時の言語調整機能がまだ有効化にされていなかった。


 これで良しと。


「日本語分ります?此処、病院ですかね?」


 青年は暗闇の中に漂う小さな星の瞬きに目を細めた。


「個性的な照明ですね。あの、俺さ、婆の車に激突されてバラバラになった気がするんですけど?目覚めたら既に改造人間とか笑えないっすよ?払えませんからね?全身改造の手術代なんて。ちょっと?聞いてます?お宅ら凄いデカイですけど、外国の改造人間の方ですか?」


 通常の死に方ならまずこの次元境界線上に人は現れない。彼は高齢運転者による巻き込み事故により死亡した。


「えっと、ちょっと電子端末無くしちゃって……電話貸してもらえませんかね?会社に取り敢えず連絡したいんすよ」


 日本人は相変わらず律儀で生真面目だ。自分が死んでても仕事の心配をしている。魂と擬似的な肉体だけの存在になっても。


「あの、聞いてます?エクスキューズミー?」


 ちょっと間失礼しますよっと。彼は特別措置によりこの境界線へと飛ばされた存在。私の出番だ。私は羽織っていた深淵のローブをはためかせながら哀れな者の前へと歩み立つ。サイズ感は周りを囲う巨人達と同じぐらいなので青年は相当驚いているが、気にしない。


「小さき者達よ!よくぞ参られました!」


 私の言葉に目を丸くする青年。


「良かった……言葉が通じる。日本語お上手ですね……いやぁ……参りましたよ。此処、何処です?日本に帰りたいんですけども」


 流石日本人、謙る事は死後も忘れないらしい。


「此処は次元境界線……貴方は今、世界と世界を繋ぐ、その狭間に居るのです!」


「へ、へぇ……それはそれは」


 その無難な対応の仕方、完全に私の事をイタイ系の巨人女と思われている。


「残念ですが、貴方は高齢者ドライバーのハンドルミスに巻き込まれ、衝突の衝撃で首がもげて死んでしまいました」

「も、もげーーっ!?」

「そう。もげーっなのですよ」

「あのババァ……ぶっ殺してやる」


 やだ、日本人の掌返し怖い。


「残念ながら、そのお年寄りも同じく死んでしまいました」


「はっ、ざまぁーっ!死んで当然っ!もう思い残す事は無いな」


 ……この人、此の世に未練とか無い人だったのかな?


「世界盟約の特別措置法により、理不尽な死を遂げた貴方には幾つかの選択肢を用意しております」

「あっ、あれでしょ?生、行、逝の何れかを選べってヤツでしょ?死を受け入れて、天国で再生を待つか、死を受け入れず、現世で彷徨い続けるか、そして、現世の人間を1人呪い殺し、地獄へ逝くかでしょ?俺はもう殺したい奴は死んでるから、天国生きでお願いします」

「お生きなさ……じゃなくて!」

「え?違うの?此処って怨みの門じゃ……」

「スカイハーイッ!それ違うから!高橋ツトム先生の傑作漫画だからっ!」

「えぇ……違うのか……確かにな……イズコと比べてデカすぎるもんな……」

「女の子にデカイって言うな!日本人は美少女喜ぶっていうから、わざわざ私が選ばれて出向いてあげてるのにっ!」

「いや、でも、1kmぐらい離れて見たら美少女かも知れないっすけど、ちょっとパース感効きすぎて距離感掴めないっす。顔の殆ど、胸の膨らみで隠れて見えないし」


 私は慌ててマントの下に来たローブから突き出た主張の激しい胸を抑え、その場にへたり込む。


「死ねバカッ!変態!」

「いや、死んでるっす。あっ、貧乳派なんでチェンジで……」

「殺すわよ?」

「いや、死んでるっす」

「ぐぐぐ…」

「あっ、でも顔がちょっと近付いて分かりました。確かに童顔で可愛いっすね。その灰色の目と靡く髪も神秘的でいい感じっす。ローブのスリットから覗く白い足も綺麗っすし」

「そ、そう?巨女でも?」

「俺は小さい子の方が好きっすけど、巨女好きなマニアはいるから安心して下さい。胸はIカップも要りませんけどね。それどうなってるんですか?垂れずに重力無視してますけど」

「確かに地球の様な重力の影響を受けない空間ですが、擬似的にきちんと重力は働いてます!カップ数当てるとか、ちょっとキモイんですけど」

「童顔で乳がデカけりゃ日本人を手懐けられると思ったのか?浅はかなり……」

「このロリコン!」


 周りを囲む老人達が枝の様に細い指先で肩を叩く。言葉は分からなくても無駄話をしている事を勘付かれたらしい。私は彼等の導き手として相応しい毅然とした態度で宣言する。


「コホンッ、さてと。理不尽な死を経て貴方はこの世界の救済措置の権利を得ました。貴方が得るはずだった幸福をポイント換算した上で能力値を割り振り、此処から別の世界へと貴方を誘います。さぁ、不幸な転生者よ!世界を選びなさい!


 ①模倣されし世界、レプリカワールド!

 ②竜棲まう世界、ドラゴヘイム!

 ③君臨せし神々の世界、アースガルド!

 ④星を這う大樹の森、プランティア!


 貴方はどの世界へ渡る事を望みますか?」


 私の説明と共に360度のパノラマ映像がそれぞれの世界を映し出していく。その光景に言葉を失い、壮大な世界に見惚れ、目を輝かせている。先程までの何かを無理に悟っていた様な顔は消え失せ、そこに在るのは希望と夢に胸を膨らませる一人と青年の姿だけたった。


「さぁ!転生者よ!貴方はどの世界の英雄になりたいのかしら!」


 あっと、もう一つの世界を選択肢の中に入れ忘れていた。


「そしてあと一つ、少しばかり制約は付くけど、元の世界でやり直す事もでき」


「お断りします」


 若干食い気味に最後の選択肢を否定する青年。確かにまぁ……こうやって理不尽に死んでしまった若者達が最後の選択肢をした事など私が担当した転生者は一度も無かった。あの世界は滅びの道へと歩みだし、その終焉は近付きつつあるからだ……。

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