1-11

「…………ふぅ。いやマジできつかったぁ」

 大きく息を吐きながら、古谷はズボンの尻ポケットから取り出したハンカチでカランビットのブレードを拭いていた。どす黒い体液がハンカチに染みこみ、汚していく。

「しっかしこれからどうすりゃいいんだ……あの扉から出て行きゃいいのかな…………ん?」

 その時、彼は何かを感じ取った。

 ふと上を見上げたところで――

 

 空間が、揺れ始めた。

 

「っ!? ま、まさか檻の中が空になったから檻も必要なくなった、ってことか!?」

 その推理を裏付けるかのように、先ほど通ってきた通路の方からなにかが崩落する音が響いてきた。

 さらに四方の壁もガラガラと崩れ始める。

「うっわまたこんな展開かよちくしょう!」

 カランビットをシースに、ハンカチを尻ポケットに収めると、古谷は扉目がけて走り出した。

 いつの間にか開いていた扉の向こうには白い光が満ちていたが、古谷は躊躇せずにそこへと飛び込んでいく。

 

 古谷は振り返らなかったから、それを見ていなかった。

 どこから現れたのか、鎧武者たちが立っている。

 彼らはみな、扉の方へと頭を下げていた。

 

 そして、彼らは崩壊へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

「化け物に呼び寄せられて、化け物を封印していた守護者たちと戦って、最後には化け物も倒した――つまり、それが今回の顛末、ということですね」

「あぁうん、そうなります」

 刑事ドラマでよく見るような取調室を広くしたような部屋で、古谷とスーツに眼鏡の男は座って向かい合っていた。

 眼鏡の男が問いかける。

「封印された蜘蛛の怪物を危うく外へ出しかねないところだった、と」

「そ、それは言わないでくださいよぉ。ちゃんと倒したからノープロブレムでしょ?」

「まぁそういうことにしておきましょう」

 眼鏡のズレをクイッと直して、男は頷く。

 それを見て、古谷は安堵のため息を吐いた。

「ですが、今回の件ではボーナスはナシとなりますね。民間人は誰も囚われていなかったわけですから。不幸中の幸いと言いますか」

「俺にとっては幸い中の不幸です、はい……」

 そう言いながら古谷は机に突っ伏す。

 その様子に少し笑みを浮かべながら、眼鏡の男は立ち上がった。

「ですが、ナイフとハンカチはこちらで買い取らせていただきます。あの体液について研究すればなにか分かるかもしれませんし。それと、今回の『体験談』の買取価格はいつもどおりということで」

「それこそ不幸中の幸いってところだなぁ……」

 突っ伏したままそんなことを言う古谷に、笑みを浮かべながら眼鏡の男は部屋を出て行った。

 扉が閉まったところで、古谷は顔を上げる。

「ま、こんなところか」

 

 

 

 こうして、古谷の“いつもの”体験は終わりを告げた。

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