1-8

 鎧武者と一括りに言っても身体能力には差があるようで、一斉に走り出したところで何人かが突出していた。

 まずはそちら目がけて古谷は突進する。

「…………!」

 ターゲットにされたことを感じ取った鎧武者が、気迫たっぷりの無言で刀を最上段に構え、振り下ろす。神速の振り下ろしは常人なら見て避けることは不可能だろう。

 だが古谷もそういう意味では異常な存在だった。

 刀の間合いの僅かに外、両足で踏み切って跳躍しさらに身体を捻る。

 振り下ろされた刀を掠めるようにして、ロケットのように鎧武者目がけて放つドロップキック。

 狙いたがわず首元に命中したその一撃は鎧武者の首をあらぬ方向へと折り曲げた。

 鎧武者に“飛び乗る”ようにドロップキックを放った古谷は、驚くべきことに鎧武者が倒れるよりも早く体勢を崩さぬまま飛び起きて次の標的へとすでに疾走している。

 次は右手側、こちらへと向けて突進してくる鎧武者。

「…………!」

 その鎧武者は横薙ぎに刀を一閃させた。食らえば上半身と下半身が泣き別れることになるのは確実の一撃。

 だがそれはまるで地を這うように姿勢を低くした古谷には命中しなかった。

 慌てて刀を戻そうとするより早く、古谷は鎧武者の脇を走りぬけざまにカランビットで素早く横一閃、具足の隙間を縫うようにして両太腿にヒットさせ、そして膝から崩れ落ちたところにカランビットを素早く回転させてエクステンデッドグリップ――フィンガーホールの人差し指だけで保持する方法――に持ち替え、首に引っ掛けるようにして喉を掻き切る。

「…………!?」

 二体の鎧武者を瞬殺したことで、鎧武者に動揺が走る。それでもここが最後の砦だからか、彼らは構わずに古谷へと目がけて殺到する。

 だがそれでも古谷は止まらなかった。カランビットを回転させて通常の構えに戻し、刀を振りかぶる鎧武者に構わず接近する。

 袈裟切りに振り下ろした刀を高く跳躍して回避した古谷は、左から右への一閃で鎧武者の首を半ば切り落とす。

 そして着地ざまに次の標的へと接近。

 四体目の鎧武者はもはや正攻法ではどうしようもないと悟ったのか、やたらめったらに刀を突いてきた。

 古谷はまるでダンスでもするかのような足運びで一突き目を回避、さらなる一突きを回避しざまに籠手の隙間を縫うようにして拳にカランビットを突き立て、戦闘能力を奪ってもなお油断せず首を切り裂いてトドメを刺す。

 

「す……すごい……」

 離れた場所から見ている紅にも、古谷のすごさはよく分かった。

 広い空間で攻撃力でも防御力でも優れている大勢の相手に対して、ほんの僅かに機動力で勝っているだけの相手が翻弄しているのだ。

 鎧武者の機動力は一般的には遅いとされているが、そんなことはない。戦場を駆け巡るだけの機動力は有している。そんな相手を一方的に打ち倒していっているのだ。

「これじゃまるで、どっちが化け物なのか分からない……」

 そんな失礼なことをつぶやく紅だったが、幸いにして距離が離れているので古谷の耳には届かなかった。

 

 古谷の快進撃はなおも続く。

 焦った鎧武者たちが古谷を囲もうとするが、ほんの僅かに開いた隙間を狙って古谷が突っ込んでいく。慌てて横薙ぎに刀を振るう鎧武者だが、古谷はそれをスライディングの要領で潜り抜ける。

 ただ潜り抜けるだけではない、すれ違いざまに太腿へカランビットを叩き込み、鎧武者の機動力を巧みに奪っている。

「…………!!」

 しかしその隙を別の鎧武者は見逃さない。地を這うように刀を滑らせてスライディング直後の古谷を狙う。

 だがそれを古谷はまるでブレイクダンスでも踊るかのように飛び上がって回避、さらに逆に隙だらけになった鎧武者の首を刎ね飛ばさんばかりの勢いで掻き切る。

 ここに来てようやく鎧武者たちは自らの不利を悟ったのか、お互いに背中を預けて円陣を組むように一箇所に集まった。たった一人の、ナイフしか持っていない相手に対してそれをする意味を彼らは理解しているのだろうか。

 そしてそれにどれほどの意味があるのか、彼らはわかっているのだろうか。

「おま……それは卑怯だろ!」

 古谷の心からの叫びもどこか白々しく聞こえてしまう。

 鎧武者が動き回るのを止めれば、それは鈍重な鎧を着た存在でしかない。

 古谷は円陣の外周を回るようにして走り始めた。そして時おり円周に接する直線上を走って鎧武者たちに一撃を加える。

 典型的なヒット&アウェイ戦法。

 もはや傷つけられるだけの存在となった鎧武者たちだったが、いまさら円陣を崩すわけにはいかない。それをすれば一撃で仕留められてしまう。

 もはや古谷を止められる者はいなかった。

 

 

 

 そして数分後、あっさりと戦闘は終了した。

 地面に倒れた最後の一体、その首に踏みつけるように足を叩きつけてトドメを刺す。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 大きく肩で息をしている古谷だったが、その身体には傷一つついていない。

 対照的に、鎧武者たちは全員が致命傷を受けて地面に倒れている。これで彼らが血を流す真っ当な存在であったならば、地面は血の海となって見えなくなっていたであろう。

「大丈夫ですかー?」

 そこにパタパタと足音を立てながら紅が歩いてくる。倒れた鎧武者には一瞥もくれずに、古谷の方へと近づいてきた。

「あ、まだ死んでないのが居るかもしれないから気をつけて――」

「え? なんですか?」

 古谷の言葉を聞き取れなかったのか、普通に近づいてくる彼女に冷や汗を流す古谷だったが、幸いなことに鎧武者たちはピクリとも動かなかった。

「すごいですね古谷さん! これだけの相手に勝っちゃうなんて!」

「まぁ慣れてるからね……慣れたくなんてなかったけど」

 そう言いながら改めて周囲を確認して、ふと古谷は考えた。

  血を流さない鎧武者が化け物なら、そんな化け物をあっさりと倒してしまう自分は何なんだろうと。

 その思考が深みにはまろうとしたところで、空間に小さく、しかし確かに鳴り響いた金属音が遮った。

「また奴ら……!?」

「……いや違う、この音は――」

 また鎧武者が現れたのかと恐慌する紅に対して、古谷は冷静だった。

 その金属音は鎧から発せられるものとは違っていたし、響いてきた場所も違っていた。

 その音は、確かに鋼鉄の扉から発せられていた。

「扉の鍵が開いた……?」

「え、ほんとですか!? 早く行きましょう!」

 古谷の言葉に紅が狂喜して、扉へと目がけて駆け出そうとする。

 そんな彼女に古谷は――

 

 ガシッ!

 

「え?」

 その右腕を左手で掴んだ引き止めた。

 驚いて振り返る紅に対して、古谷はただ一言、真剣な顔をして言った。

「なぁ、紅――

 

 

 

 お前は何者なんだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る