1-7

「ひ、ひぃ、はぁ、はぁ…………お、終わったのか?」

 数分も経たず、道を塞いでいた鎧武者たちをすべて「切り倒した」ところで、古谷はようやく我に返った。

「ぜ、全部倒しきれたのかな? いいいいやたぶん……」

 プッツン状態の反動が来たのか、ブツブツつぶやいている古谷に、倒れている鎧武者たちの死体を踏まないようにしながら紅が近づいてくる。

 ふと、彼女は落ちている刀を見て古谷に問いかけた。

「そうえいば、どうしてそれしか武器を持ってないんですか?」

「え? ……あ、そうか、そりゃ不思議だよね。こんな状況なのになんでカランビット――ナイフしか持ってないのかって」

 その言葉どおり、彼はこれまでナイフしか使っていない。

 それなりに乱暴な使い方をしているが刃が欠けたりしていないあたり頑丈ではある。当人の技量もかなりのもの。だからといってこんな状況でナイフ縛りをしていれば、不思議に思われるのも当然だろう。

 だが、それなりの理由はあるのだ。

 げんなりした顔で古谷が答える。

「そりゃほんとなら銃とか持ち歩きたいけどさ、いつなんどき巻き込まれるかわからないのにそんなもの持ち歩くわけにもいかないし。普段着かつ法律の範囲で持ち歩けるものっていったら、ギリギリこれだけなんだよね……」

 そう言いながら古谷は歩き出した。紅もそれについていく。

「重たいバックパック背負ってたときもあるけどこれがほんとに重たいし、それでいてあんまり役に立たないことが多いわと散々だったし……」

 遠い目をして思い出を語る古谷。

 と、ここで紅がもっともな疑問を呈した。

「それなら、さっきの鎧武者から刀を奪えばよかったんじゃ?」

 一見したところ完璧な理論。敵から武器を奪えばいいという最適解。

 しかしそれが正解とは限らないのだと、古谷の渋い顔が物語っている。

「なぁ、呪われた刀って知ってる?」

「……え?」

「いや刀だけじゃないけどさ。ナイフだったり銃だったり鈍器だったりいろいろあるんだけど、呪われた武器っていうのが存在するんだよね、この世の中には。意識を乗っ取られたり、あたりかまわず攻撃しまくるようなのが」

「…………」

 荒唐無稽な話だったが、言ってしまえばこの状況自体がそうだった。

 紅の沈黙をどう受け取ったのか、古谷は遠い目をして続ける。

「抜いたら血を吸うまで鞘に収められない刀とか、変なおっさんの妖精が見えちゃうハンマーとか、いろいろあったなぁ……」

「それで、そのナイフ一本で戦ってきたんですか?」

「戦ってきた、というより戦わされてきた、という方が正しいかな。もちろん、事が終わったらナイフは交換してるよ?」

 改めて紅は古谷が握っているカランビットを見る。

 頑丈そうな見た目をしているが、とても激戦を潜り抜けられるようなナイフには見えない。

 感嘆の意を込めて、紅は素直に称賛した。

「ほんとにすごい人なんですね、古谷さん。そんな人に出会えて良かったです」

「こんなことで褒められてもうれしくない……」

 そう言いながらも少し頬を赤くする古谷だった。

 

 

 

 二人が歩き続けて十数分。

 攻略法の関係上、ときに同じ道を行ったり来たりすることもあったが、二人の精神衛生的には特に問題とはならなかった。なんだかんだ言おうと古谷が慣れていることもあったが、それ以上に大きな理由があった。

 あれから鎧武者と遭遇していないのだ。

 敵の存在さえなければ、ここはちょっとした巨大迷宮アトラクションでしかない。

「疲れてない? 今なら休憩しても大丈夫だよ?」

 古谷はそういった気遣いを見せる余裕すらあった。声と足が震えてさえいなければ完璧だったのだが。その様子は如実に「休憩なんてしたくない、さっさとここを出ていきたい」という感情を表している。

「大丈夫です、これくらいではへこたれたりしません。古谷さんこそ大丈夫ですか?」

「だ、だだだダイジョブだよこれくらい……」

 逆に紅の方が古谷を心配するくらいだった。

 と、古谷の足が止まる。

 また鎧武者が現れたのかと紅が前を見るが、そこには曲がり角しかなかった。金属音も聞こえてこない。

「ど、どうしたんですか?」

 心配そうに問いかける紅に、古谷が少し青い顔をしながら首を傾げる。

「いや、なんかこの先からすっごい嫌な予感が……」

 古谷の言葉に紅も首を傾げる。

 彼女は特に何も感じていないようだ。

「ま、まぁとりあえず先に進もう。なんかあったら俺が守ってやるから」

 そう言って歩みを再開させた古谷に、紅がついていく。

 用心深く角の先を覗き込んだところで、古谷が「うわぁ」と声を出した。なにがあるのかと紅は身を硬くするが、そのまま角を曲がった古谷に驚きながらも慌ててついていく。

 そして、彼がなんでそんな声を出したのか、紅は理解した。

 そこは広い空間だった。そうとしか言いようがなかった。

 ドームのような広い空間に、暗い闇が広がっている。光源は不明だが中央部分だけにスポットライトのように光が集まっている。

 そして、古谷たちが入ってきた方とは反対側に、この場には似つかわしくない鋼鉄の扉がポツンと据え付けられていた。壁にではなく、なにもない空間に。

 “慣れている”古谷にとっては、あからさまに怪しすぎる空間だった。

「これ絶対ラスボスとか出てくるフラグじゃねぇか……」

「らすぼす? そんなことより、アレが出口ですよ!」

 嫌な顔をする古谷に対して、紅はどこか興奮気味だった。

 確かに、この迷宮に相応しくない鋼鉄の扉は、出口と考えるにはちょうどいい存在だった。古谷にしてもその点に異存はない。

 問題は、出口のすぐそばに広い空間があるという点だった。

「やっぱり嫌な予感しかしない……」

「早く! 行きましょう!」

 先ほどまでとは逆に、紅が古谷の手を取って先を歩き始める。古谷はかなり嫌そうにしているが、思いのほか強い力に抗えない様子で首を振りながらもついていく。

 そうして歩く二人が光の当たる場所に立ったところで、

「……ちょっと待て」

 古谷が力強く制止をかけた。

「なんですか?」

 扉まで――出口まであと半分というところで制止されたことに少し腹を立てながら振り向いた紅に、古谷は前方を指差す。

 そちらに顔を向けるが……なにも見えない。

「どうしたんですか?」

「よく見てみろ」

 その言葉に、紅は目を凝らす。

 扉の両脇の闇が広がる空間、そこでなにかがうごめいている。

 だがその正体に彼女が気づいたのは視覚によってではなく聴覚によってだった。

 あの、聞き慣れた金属音。

「嘘……!?」

「嘘もなにも、やっぱりこういう展開じゃねーかちくしょう!」

 まるで闇の中から這い出るようにして、大勢の鎧武者たちが現れる。

 すでに全員、刀を構えている。臨戦体勢だ。

 明らかにまずい状況、しかしだからこそ分かることもある。

「やっぱりあの扉は出口みたいだな。それが分かったことだけでも良かった――わけねーよちくしょう!!」

「古谷さん!?」

 そしてもはや鎧武者たちにも余裕はなかった。

 一斉に古谷たちへと向けて走り出してくる。

 古谷が大声で指示を飛ばした。

「紅! さっき入ってきた出口のところまで戻れ! なにかあったら大声! いいな!?」

「はい!」

 紅が走っていくのを見届けてから、古谷は前方に視線を戻す。

 そして向かってくる鎧武者に対して――彼も走り出した。

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