1-3

 甲冑に身を包み、兜を被り、具足で腕や足を護っている。そして何よりも、腰に差された脇差と、両手で構えた日本刀が特徴的だった。

 その切っ先は、まっすぐ前方を向いている。

「なるほど、今回は幽霊じゃなくてこういうタイプね」

 恐怖が飽和して一巡し思いがけず冷静になってしまった古谷。

 その背後に、女子高生は身を隠す。

 必然的に、鎧武者が中段に構えた刀の切っ先は古谷に向けられた。

「ちょっ!?」

 思わず抗議しかける古谷だったが、そんな暇を鎧武者が与えてくれるはずもなかった。

「…………!」

 無言のまま、鎧武者が刀を顔の真横に構え、刺突の姿勢で二人へと接近する。

 予測される未来に、女子高生は両手で目を覆ってうずくまった。

 

 そんな未来予測に従ってやるつもりなど古谷にはさらさらなかった。

 

「勘弁してくれよぉっ!?」

 情けない悲鳴を上げながら、しかし古谷は下がることも左右に避けることもせず――前方に向けて、鎧武者に向けてまっすぐ一歩踏み込んだ。

「…………!?」

 表情は窺い知れないが鎧武者が動揺する。

 だが鎧武者は構わずに刀を突き出す。

「ひぃっ!」

 顔を恐怖に歪めながら、古谷が僅かに半身をずらす。と同時に、左手で鎧武者の両手をどけるようにして押す。服を掠めるようにして刀の切っ先がなにもない空間を貫いた。

「…………!」

 それで古谷の力量を把握したのか、鎧武者は素早く後方に飛び退った。甲冑に身を包んでいるとは思えないほど俊敏な動きで間合いを取る。

「ほんとに勘弁してくれよぉ……」

 古谷はそう言いながらも、鎧武者から目を離さないようにしながら、右腰の後ろのあたりにベルトで下げたシース(鞘)からカランビットナイフ――コールドスチール・スチールタイガー――を抜き、右手に逆手で構えた。

 片や日本刀。

 片やナイフ。

 リーチも威力も段違いなそれだったが、しかし鎧武者は油断なく身構えていた。

 一方の古谷は、軽く腰を落として前傾姿勢。

 一瞬の静寂。

 そして――両者が同時に動いた。

 鎧武者は上段の構えから袈裟切りに刀を振り下ろす。直撃すれば両断されかねないほどの一撃。

 だがそれを古谷はゆらりと揺れるように身体を倒して回避する。髪の毛を掠めるようにして刀の切っ先がなにもない空間を切り裂く。

 素早く刀を戻そうとした鎧武者だったが、それより速く古谷が攻撃に移った。

 右手のカランビットを鎧武者の右腕に――具足でカバーされていない部分を狙ってバックハンド気味に突き立てる。カランビットの刀身が深く鎧武者の右腕に突き刺さった。

 不思議なことに血の一滴も流れ出なかったが、その右腕から明らかに力が抜けていく。

 さらに古谷は刺さったままのカランビットを強引に動かして、鎧武者の肩口へとめがけて傷を広げていく。

「…………!?」

 鎧武者はたまらず後方へと下がろうとする。だがそれを古谷は許さなかった。

 肩口まで一気に切り開いたところでカランビットを振り抜くと、手首を返すようにして鎧武者の兜の直下、首にその刃をつきたてた。

「…………っ!?」

 そして古谷はそのまま振り抜く。

 やはり血は流れなかったが、鎧武者は刀を捨てた左手で、首にぱっくりと開いた傷口を押さえようとした。だがやはりそれが致命傷だったのか、よろよろと三歩後ろに下がると、そのままうつぶせにドウッと倒れ伏した。

「え……えぇ……?」

 途中からその目で二人の戦闘を見ていた女子高生は、あまりにあんまりな展開に驚きの声を上げる。

 なにせ完全武装(?)した鎧武者を相手に、ナイフ一本で勝ってしまったのだ。その不条理さは、素人にも分かるものだった。

 そんな偉業を成し遂げた古谷だったが、

「――は、はぁ……怖かったぁ……」

 どこまでも締まらなかった。

 

 鎧武者の死体(?)を、古谷は用心深く探る。刀と取り上げた脇差を遠くに蹴りやるだけでなく、右肩と両膝にカランビットを突き立てるという、どこか病的なほどの用心深さだった。

 “それでも経験上は安心できない”と分かっていながらも、そんなことを言ったらどうしようもないので古谷は諦めている。

「そ、そいつは、なんなの……?」

 そんな古谷を遠巻きに見守りながら、女子高生が聞く。

 死体を探り終えた古谷は、立ち上がるときっぱりと言い放った。

「むしろ俺が聞きたい」

「えぇ……」

 女子高生が驚きながらもさらに尋ねる。

「分からないのに殺しちゃったの?」

「殺されそうだったから正当防衛……じゃない……かなぁ……?」

 自信無さげな古田の言い方に、女子高生は手を口元に当てて押し黙る。

 古谷としては、そんな彼女に言いたいこともあった。

「いや助けてあげたのにその態度はなくない?」

 そう言われてようやく状況を理解したのか、女子高生が搾り出すようにして声を出す。

「あ、ありがと……」

「まぁお礼がほしいわけじゃないけど」

 えぇ……とでも言いたげな女子高生の顔。

 と、ここで聞くべきことを聞いていないことに古谷は気づいた。

「そういえば君、名前は?」

「え、名前?」

 なにを躊躇しているのか迷いを見せる女子高生に、努めて明るく古谷が続ける――少し声が震えていたので台無しだったが。

「名前が分からないと呼びづらいだけだから、偽名でもあだ名でもいいよ? あ、俺は古谷。よろしくね」

「わ、わら――私は、紅 蓮子(くれない れんこ)」

 少し噛んだのか、そんな風に答える女子高生――紅。

 古谷は前方の通路を見やると、言った。

「それじゃ――行こうか」

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