最初考案した災害の名前は「嵐の夜に」でした

 勝者、邦牙ほうがれん


 神話のような戦いを繰り広げ、魔の唐紅からくれないを倒した彼へと、優勝賞品と賞金が渡された。

 あとついでに、ベアー・ナックルも。

 賞金の額はもう目を疑うほどの額で、シューティングスター姉妹に見せたら卒倒してしまいそうなほどの大金で、皇子の蓮でさえ頭が眩みそうだった。


 そして、最大の目的であった聖杯の欠片。

 蓮の手の中で浮かび、浮遊する小さな欠片はわずかながらEエレメントを放ち、燃えている様に温かかった。


 が、蓮はそれを握り潰す。

 皆が言葉を失う中、ピノーキオがそそくさと駆け寄って来て、蓮の手の中から砕けた破片を手に取り、ガラスの瞳でジッと見つめ――


「はい。紛う事なき偽物でございます」

~やっぱり~

「そんなはずあるか!」


 声を上げて来たのは、ゾルイシャ・ムゥ・クラウディウス。背後にはリストカットもいた。

 興奮した顔は真っ赤で、やられた傷が響くのか、ふぅふぅと荒い息を肩でする姿は痛々しくて、蓮としては見るのも辛かったが、目を逸らす訳にはいかなかった。


「そいつは我らが長兄、アレクサドラス・レムリアが旅路の果てで発見した秘宝だぞ! 偽物のはずがない! 我が国の鑑定士も、それを本物と鑑定した! 偽物のはずがない!」


 蓮は紙に自分の意見を書き、隣のピノーへ渡す。

 蓮の言葉をピノーが代弁する形で、ここからのやり取りは続けられた。


「ではこの砕けた欠片についてはどう説明されるのですか? 聖杯の欠片が、少し握った程度でどうして砕けるのです?」

「だが、そいつはEエレメントを放って……」

「……Eエレメントを持つアーティファクト然り、オブジェクトは聖杯以外にも多数存在します。何故、これが聖杯だと?」

「それは……鑑定士の鑑定で……」

「ではその鑑定士を連れて来て下さい。そも、聖杯の鑑定はその系統の能力者しか出来ません。その事はそちらもご存じでしたか?」

「言われるまでも無い! 鑑定士はその手の能力者だ! おい、リストカット! 鑑定士を連れて来い! 今ここで鑑定を――」

「それが……鑑定士が最近、行方をくらませていて……」

「何だと?!」


 彼らのやり取りを芝居とは思えない。

 本当に彼らは――少なくともゾルイシャとリストカットの二人は、あれが聖杯の欠片だと信じていたらしい。少なくとも、蓮はそう見た。


 では、鑑定士が嘘をついたのか。

 いや、大抵の鑑定士は嘘偽りの類を口に出来ないよう何かしらの処置が施されているはずだ。

 蓮は皇子という立場から何の拘束も施されていないが、帝国の鑑定士にはもれなく施されていた。


 ただもし――もしも、鑑定士が嘘を付ける状況にあったとしたら。

 もしくは鑑定士の鑑定を聞いて、誰かが聖杯の欠片を強奪したのか。そのために、鑑定士を始末ないし何処かに軟禁しているのか。


 様々な憶測が脳内を飛び交うが、結局は憶測の域を出ない。


 だが混沌とするこの状況を引っ繰り返せる人物が、皆が予想出来ないタイミングでやって来た。


「全員、ひれ伏せ! ベルセルスス・クラウディウスⅦ世陛下のお出ましである!!!」

「親父……!」

「父上!」

「ゾルイシャ、リストカット、下がれ」

「しかし――!」

「下がれ!」


 父に叱責され、二人は引き下がる。

 強国の人間は皆片膝を突いて首を垂れ、外国からやって来た兵士らはベルセルススの巨体に驚きながら後退った。


「お初にお目に掛かる、帝国の皇子。いや、今は王国の英雄と呼ぶのが正しいのか?」

「どちらでもお好きな方を、と」

「おまえは。これの付き人か?」

「申し遅れました陛下。私はピノーキオ・ダルラキオン。蓮様の御世話役にして、蓮様の監視役を務めさせて頂いております。今は言葉を発せぬ蓮様の代わりに、あなた様と会話を」

「口が利けないのか」

「理由の詮索は、ご遠慮願います」

「なるほどいいだろう。では話を進めるが……唐突に来てしまって済まない。本来ならば王城にて丁重にお出迎えしなければならないところなのだが、緊急事態だった故。だが、お陰でとんでもない事態に遭遇した……」


 ピノーから破片を受け取る。

 大きな大きな手に乗った微笑の欠片は未だ輝きを放っており、もしも光っていなければ見えないほど、ベルセルススの手はゴツく、大きかった。


「まさか偽物だったとは……」

「それは何処で発見されたのですか?」

「我が息子、第一皇子が遠征先で偶然発見したと聞いている。ただ私は、こんな小さな欠片で叶えられる程度の願いなど持ち合わせてはおらん。ならばせめて、これを餌に良からぬ企みをしている奴らを一網打尽に――そう思って開催したのが、此度の大会だった」

「その欠片を鑑定した鑑定士というのは」

「我が国に先祖代々仕えていた家系だ。嘘偽りを言うような事は絶対にない。と、すれば……」

「誰かがすり替えた」

「そう考えるのが……自然であろうな」


 代弁するピノーは淡々としていたが、筆談する蓮は非常に辛そうだった。

 欠片をすり替えた犯人はわからない。けれどすり替えた以上、その人はもう願いを叶えてしまっただろう。そんな人間が叶える願いなんて、悲しい事に二種類しかない。


 叶ったら皆に笑われてしまうような幼稚な願いか、叶ったら皆に蔑まれるような恐ろしい野望ねがいか。奇しくも、悲しくも続いて来た歴史がそれらを物語っている。


 ある者はお菓子の家に住みたいと思い、聖杯の欠片でお菓子の国を作った。

 しかし一方で、ある者は誰かを殺したいと願い、結果願いは、その者の特定した者を含めた生物全てを皆殺しにした。

 聖杯伝説の中で語られる一節を、一部抜粋したものである。


 これはただの比喩だと解釈されていた時代もあったが、今は違う。

 これらは遠き過去、古き時代に実際にあった出来事であると、とある学者が証明したからだ。


 欠片の大小に差異はあれど、関係はない。

 欠片の大きさによって叶えられる願いに限度はあれど、願いを叶えられるという本質は変わらない。

 ただし、願いの本質は使い手次第だが――


「しかし、犯人を捜している暇は残念ながらない。今言ったところだが、緊急事態なのだ。この場に集った英雄英傑戦士、そして……人斬りや盗賊と言った血生臭い奴らの手も借りたい事態なのだ」

「父上……!」


 アルフエやシャナと共にやって来たレイオウ・ヌゥが問いかける。

 父は思わぬ人物の登場に驚かされていたが、その場に集結した全ての子供達。そして、観客席の人々に聞かせねばならなかった。

 それだけの、非常事態。


「皆、よく聞け!!!」


 コロシアムの中央。

 マイクも使っていないのに国王の声はよく通り、響き渡る。

 これから起こる非情にして、異常の事態。これから強国を襲い来る災害を、人々に報せる義務があった。


「まもなくこの国に、嵐の軍勢ワイルドハントが訪れる! 全員速やかに、即刻、この国から避難せよ!!!」

嵐の軍勢ワイルドハント……?!」

嵐の軍勢ワイルドハントだって?!」


 静寂。

 からの喧騒。


 しかし無理もない。

 それは、前触れも無く襲い来る災害。

 過去この事象に呑まれた国は、一つとして助かっていない。一人の命も助からず、全員が死に追いやられる。

 通り過ぎた後には一切の命を狩り尽くし、何も残さない。


 嵐の通り魔。嵐のように駆け、人の命を殺した災害を、人々は狩人と呼んだ。

 故に、嵐の軍勢ワイルドハント


 これより、ハンター達が強国を襲う。

 そのリミットは、刻一刻と迫っていた。

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