読んで貰った当時、やり過ぎだと言われた技の名前は、誰にも由来はわからないだろう
男は十五になれば戦場に出る。
同じ年代の中でも飛び抜けて戦闘力のあった武光は、初の戦場での戦果を挙げてから、同年代の仲間達のリーダーとして担ぎ上げられた。
が、彼は仲間を率いる事はしなかった。
弱肉強食。
弱ければ死ぬだけ。
倒れた仲間の屍に対して、振り返る事などしない。倒れた仲間を盾にしてでも進み、敵を殺す事だけを考える。
如何にしてより多くの敵を殺せるかだけを考えた結果、武光は仲間達からも恐れられる戦犯となった。
新たに閃いた剣技を試すため、捕らえた捕虜を実験台にする。
新しく手に入れた刀の切れ味を見るため、怪我をして戦場に出られなくなった仲間で試し斬りをする。
戦いに怖気づいて逃げ出そうとした若者を、情報漏洩を阻止するため斬り殺す。
斬り殺すのが楽しい訳ではない。
斬る事に好奇心を掻き立てられている訳ではない。
義務もなければ義理もない。送り出された戦場でただ戦い、ただ斬り、ただ殺す。喜怒哀楽もそれ以外の感情も持たず、迫り来る敵をただ斬って、斬って、斬り続けた。
目的も無い。
心も無い。
対面したならそれは対峙。武器を向けられたなら、斬り殺すのみ。
多くの人間を斬り殺したから、彼は戦犯と呼ばれた訳ではない。
何の目的も持たず、感情も無く、命令を受ければ誰だろうと斬り殺す生きた殺戮兵器だったからこそ、彼は戦犯として恐れられ、幽閉されたのだ。
「
攻撃が繰り出されるまで、実際に刀剣は存在しない。
防御しようにも、斬撃は武光の想像次第で何処にでも現れる。
故に防御は不可能。回避出来て重畳。最善手は、能力を発揮させる前に攻撃の体勢を崩す事。
自分の能力の至らない点さえ強みに変える。
能力者としては未熟ながら、戦士としては熟練されている証拠と言える。
まさに実戦向き。
唐紅という存在の恐ろしさを実際に理解した
出来れば自分が変わりたいという衝動を、必死に抑え込む。
『襲い来る唐紅の斬撃! 英雄はひたすら躱す、躱す、躱す! 全ての攻撃を躱し続けるが、唐紅の斬撃が徐々に、徐々に届き始める!』
武光の予測能力は恐ろしいほど早く、
攻撃を繰り出し、躱される度に攻撃の予測は冴えていき、解説の言う通り、徐々に躱し続ける蓮を捉えつつあった。
が、蓮もまた負けてない。
不十分な能力を駆使し、磨き上げた剣術で来る武光に対し、蓮は繊細な能力の操作で対抗。
自らに課す重力負荷と方向を操作し、徐々に届きつつある斬撃を見切り、遠ざけていく。
攻撃の最中、ほんの一瞬だけ映る刀身と切っ先を見て攻撃を躱し、数少ない機会を逃さず掴み、回避の最中に取った石を投げ、重力で加速させる。
徐々に届く斬撃。
届きつつある斬撃を、突き放す重力。
どちらが先に相手を取るか。
どちらも追われる身の鬼ごっこ。
「速いな、小僧」
よく言う。
一挙手一投足の単純な速度は、圧倒的に武光の方が速い。
攻撃、回避、防御、見切り。全ての速度が蓮よりも上。蓮が唯一上回っているのは、能力操作の速度のみ。そこに突き入る隙を見る。
今までと比にならない強力な引力で、武光の体が蓮へと引き寄せられる。
力の限り踏ん張る武光の体は見えない力に引っ張られ、繰り出された斥力を纏った拳によって顔面を殴られ、鼻頭を潰され、引力が解かれた直後に吹き飛ばされた。
“
蓮渾身の一撃が、武光を壁に叩き付ける。
鼻血を噴いた武光はギョロリと見開いた双眸で蓮を見つめ、打たれた顔から衝撃が走った首を鳴らし、静かに唸った。
「やはり……やはり速いな、小僧。俺の力を見てからこんなに速く慣れたのは、
~かぞえられない~
「正答。馬鹿正直に数える必要はない。中には殺した数をいちいち数えている奴もいるが、そんなのはただの自慢だ。だが、殺した数を自慢して何になる。俺も千人斬りなどと呼ばれているが、本当に千人も斬ったのかは知らん。重要なのは、俺がここで、生きるか、死ぬか!」
左右から襲い来る刃は、まるでクワガタの顎。
しかし、相手を挟むだけに終わるクワガタの顎とは切れ味がまるで異なる。
そのまま立ち尽くしていれば、間違いなく首が胴と別れていただろう蓮はすぐさま後ろに飛び退き、わずかに斬れた首筋から流れる血と共に、噴き出す冷や汗を垂れ流した。
「やはり速い。今のも躱す。だが、まだ終わらぬよ。この手には未だ、剣が握られているのだから……!」
襲い来る斬撃を咄嗟にしゃがんで回避。
下から上へと昇って来る斬撃を体を反って躱すと、繰り出された刺突を体をくの字に曲げながら壁際まで後退して回避。
翻って帰る斬撃が速度を増して迫り来ると、前に踏み出された脚を蹴って体勢を崩し、斬撃そのものの軌道をズラして、何とか回避した。
「さっきの一撃で仕留められなかったのは痛かったな。痛みがブランクを埋めるだけの刺激になったか、動きにキレが増した。このまま近接戦が続けば、英雄くんは厳しいぞ」
「そんな……!」
(さてどうする。そんなギリギリの回避、いつまでも続けられるものじゃあないぞ?)
声にするとアルフエやシャナに怒られそうなので、雪風は心の中で蓮を煽る。
同時、蓮がどうやってこの窮地を乗り越えるのかを期待していた。
そんな雪風の期待に応えた訳ではないだろうが、蓮が回避の最中に力を一点に集中しているのを察知したピノーキオは、席から立ち上がると、近くの手すりに捕まった。
「皆様! 何かに捕まって下さい! 早く!」
唐突ながら、比喩表現の話だ。
おまえには逆立ちしても勝てない、なんて言い回しがある。
どれだけの奇策を練り、どれだけ意表を突いた攻撃をしようとも勝てない、という事だ。
今の蓮はまさに、迫り来る武光に対して、逆立ちしても勝てない状況にあった。
だが、天地が逆さになったらどうだ。
「小僧……何をした?!」
空振りに終わる斬撃。
武光の体が、空へと落ちていく。
いや、武光だけではない。ピノーキオのように何かに捕まっていた人を除く、闘技場にいた全ての人が空へと落ちていく。
闘技場の重力の向きが逆さまになったかのよう――いや、実際に逆さまになって、皆が虚空へと落ちて行っていた。
「これも、蓮さんの力なのですか……?」
「凄いですね……」
「アルフエ、シャナ。おまえ達俺の何処を掴んでるんだ……首、首が締まる……!」
「この力こそ、
“
その力、その能力はまるで――
「小僧……神様にでもなったつもりか?」
同じ重力に晒される蓮は、空で無防備に両腕を広げ、目を閉じる。
虚空、虚無を抱いて、凍える大気を吸い込んだ蓮は観客の人々のみを元に戻し、空へ落ちて行く武光へと手を伸ばし、
周囲に人がいるために、滅多に使えない技。
故に、攻撃力と破壊力では、今までにアルフエらに見せて来た技の数々を遥かに上回る。
「何を――」
技は至極単純。
能力の動作も単調。
しかし、シンプルであるが故に強力。
対象が高所にいる時にのみ使用可能な限定技。
触れた対象の重力負荷を通常の十倍にまで加速させ、対象そのものを星として落とす。
十倍の重力負荷と、落下時の空気抵抗とで全身は破られ、裂かれ、大気摩擦によって生じた熱で裂かれた皮膚の表層が火傷を負う。
また、今回のように蓮自身によって高所へ飛ばされた場合は酸素濃度の急速な変化に体が付いて行けず、吐き気と目眩、頭痛を引き起こし、酸素を受け入れなくなった体がかじかんで、感覚が何も感じられないほどに麻痺していく。
そんな状態の人間ですら感じられる激痛まで、およそ三秒。
一度発動させてしまえば止める術はなく、抵抗の術もない。能力の使用さえ許さず、対象はただ、地面との激突を薄れる意識と共に待つのみ。
かつてこの技を受けて、立っていた者は一人もいない。
――“
戦場中央に武光が落ちる。
衝撃で強国全土が震動し、闘技場にはいない皆が地震と間違えた。
戦場は隕石が落ちた様に凹み、観客席と繋がる壁は崩落し、亀裂が入る。
ゆっくりと降りて来た蓮は涼しい顔をしていたが、武光が落ちた戦場は高熱を宿して、倒れている武光の体、髪が燃えていた。
『え、えぇ……凄まじい英雄の一撃に、武光選手、ダウン! 聖杯の欠片を手に入れた勝者は、
歓声は上がらない。
が、人々はせめてもの拍手を送り、蓮を称える。
皆が蓮に対して恐れを抱く中で、ピノーキオは唯一、安堵の吐息を漏らしていた。
「何とか、あれは使わず終わりましたね……お疲れ様でした、蓮様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます