作者が思い付いた当時最強の能力
『さぁ、遂にこの時がやって参りました! 聖杯の欠片を手に入れるのは、果たしてどちらか! 選手、入場です!』
先に入場して来たのは、
戦って来た四人の対戦相手の戦士生命を終わらせた、狂気の剣士。
『戦場に名を轟かせる唐紅からの刺客! 一の戦場で千の命を奪って来た、超級戦犯! 帝国によって世に解き放たれた、鮮血の刃!
観客からの声援は少ない。
彼がこれまでに繰り広げて来た試合を思えば客が付くはずがなく、味方が付くはずもなかった。
『さぁ、そんな唐紅からの刺客と対峙するのは、王国の英雄!』
打って変わって、こちらは出場だけで物凄い声援。
アルフエもシャナもピノーキオも、負けじと声を張り上げる。
選手の控室からも、龍と熊の咆哮が轟いて来た。
『一回戦ではベアー・ナックルを懐柔! 二回戦、三回戦ではクラウディウス家の次男、三女を圧倒! 準決勝も難なく突破! 豊国の災害を止めた噂は真実なのか?!
圧倒的実力に甘いルックスは女子受けが良いらしく、観客席からは黄色い声援が送られる。
蓮の応援をしてくれるのは嬉しいが、蓮に恋する相手が増えるかもと思うと、アルフエはいても立ってもいられず、その場から立ち上がり、大きくお腹を張って。
「蓮さん頑張れぇ!!!」
たくさんの声援の中から、アルフエを見つけ出した蓮はちょっと考える。
結果、蓮は力強く親指を立て、任せろと見せ付けた。
それを見たアルフエが頬を赤らめていると、周囲では自分に向けられていると思った女子があちこちで騒いでいて、アルフエは少しだけ勝った気になった。
そんなアルフエを見て、シャナはちょっと戸惑う。
何せこんなにも乙女全開のアルフエ、見た事がない。
「人気だな、小僧」
武光のギョロっとした目が動く。
一挙手一投足。どの動きからもすぐさま攻撃に転じられるだろう殺気が、蓮に意識を集中させて、一度集中した蓮の視線を逃さなかった。
「本当に、豪い人気だ」
~うれしい~
「そうか。お陰で俺はやりづらい。おまえを斬ってしまうと、この声援が冷めてしまうだろ」
~そうかんたんには、まけない~
「まぁ、口では何とでも言える。優しい皇子様には酷な話かもしれないが、場合によっては手足の一本や二本、失う事も覚悟しておく事だ」
まるで武神の佇まい。
両手に剣を握った姿は、修羅の様。
一切瞬きをしない目が、またギョロリと回る。
対して蓮は左拳を胸の前に。右拳を側頭部に置き、左足を浮かせる接近戦の構えで相対した。
両者の放つ殺気と覇気とがぶつかり合い、空気が濁った様に歪んでいく。
睨み合う両者。
互いに狙うは後の線。
出来れば先に仕掛けて欲しいところだが、どちらかが仕掛けなければ均衡は崩れない。
故に、仕掛けた。
蓮が初めて、自分の方から仕掛ける。
左足を踏み切っての直進。敢えて側頭部に構えられた右拳を解き放つと、武光の刃と衝突し、互いに互いを弾き飛ばして、壁に衝突した。
力は、互角――否。
ぶつかった位置とぶつかった壁の方向から、蓮の方が壁より離れていた。それだけの距離を飛ばされたと言う事は、単純な膂力では武光の方が上。
そして、速い。
「右腕、貰うぞ」
壁にぶつかってから迫るまで一秒半。
体勢の立て直しから攻撃までが異常に早い。
何とか斬撃を躱し、武光にタックル。
そのまま落下する様に反対側の壁に共にぶつかると、両脇の下に膝を滑りこませて腕の可動域を奪い、武光の顔面を狙って拳を打った。
が、不意に武光の口内から飛んで来た何かが視界に入り、そのまま目玉に突き刺さるより前に躱すと、その隙に拘束を逃れ、ついでに金的を思い切り蹴り上げられた。
女性には伝わり難い激痛が、蓮を襲う。
すかさず刀を振って来た武光から離脱し、そのまま浮遊。
痛みを堪えながら飛んだ蓮は両拳を上下に重ねる形で構え、落下。武光へと落ちていく。
自らを流星とした一直線の一撃。名付けるなら――“
対して武光は真っ直ぐに蓮を見上げ、一切避ける素振りもなく応じる構えを見せた。
これまでほぼ一撃で決めて来た淡路島武光の剣が、走る。
「――!」
直撃。
互いの技が衝突。
衝撃は観客席をも巻き込み、まともに戦いを見られている人は、ほとんどいなかった。
唯一、二人の衝突を見ていたのは
落下速度を加え、限界まで加速した斥力を纏った拳と張り合う、唐紅の剣。
狂暴にして獰猛。喰らい付いたら命尽きるまで離さんとする気迫は、武光が剣に捧げて来た人生の重厚さと、喰らって来た命の数を思わせる。
斬撃は蓮の斥力による障壁を破り、蓮の拳に喰らい付いた。
が、そこで止まる。
上下に重ねていた拳の一方が喰らい付いて来た斬撃を捕まえ、もう片方の拳が先の突進のように側頭部まで持って来られてから再度繰り出される。
両手が空いておらず、体勢も崩せない武光は、この大会で始めてまともに敵の攻撃を受け、刀を置き去りに吹き飛んだ。
壁に減り込んだ体はそのまま落ちて、倒れない。屈しない。
諸に壁に体を打ち付けながら、武光は倒れる事なく意識を保ち、落ちた体を両足で支えて立ち尽くす。
目玉は未だ閉じる事無く、開いたままギョロギョロと動く。
しかしその顔は鼻血を噴き、前歯は折れて、拳による衝撃は全身に伝播して響き渡っていた。
対して蓮は、自分の拳に突き刺さった刀を引き抜く。
ドロリとした鮮血を零す蓮の左中指は中央で真っ二つに割かれて、力を入れる度に血を噴く穴が出来上がっていた。
「指の骨まで、真っ二つか。本来なら、今の斬撃を受けて尚反撃した英雄を褒めるべき何だろうが……さすが、千人斬りは伊達ではないか。いいなぁ。俺がやりたかったなぁ」
「舞鶴隊長! そんな事言ってる場合ですか! 蓮さんの手が……!」
「だからって騒いでたら治るのか? まぁ落ち着きなって。試合ってのは最後まで見届けるもんだよ。例え結果、試合が
片方の鼻を塞ぎ、鼻血を噴き出す。
双方の鼻穴から血を抜いた武光は、血塗れの手で首を押さえて鳴らした。
効いてはいる。効いてはいるが、まだ余裕が見られるか。
「効いた。今のは効いたぞ。まさか小僧に殴られるとは思わなかった。だが……あと九度斬れば、おまえも拳が握れまい。まぁ、二度で終わらせてしまう術も、一度で終わらせてしまう術もあるが……それは、実に惜しい。惜しく思う」
自分を斬った刀。そして、足元に転がっていたもう一本を握り砕く。
観客席の中には、もう勝負は着いただろうとフライングする者もいたが、戦いを知る者――基、淡路島武光という男を知る者達は、更に激化する戦いの予感しか感じていなかった。
その証拠に、武器を失って尚、武光の表情はまるで動じない。
「まさかまさか……剣が無ければ、もう終いと? もう、俺に勝ち目はないと仰る。俺は、そんなに弱く見えるか? なぁ、小僧」
蓮は答えない。
正確には、応えられなかった。
剣を折った時の武光の反応を見て、次の戦術を組み立てるつもりだったが、武光の触れてはいけない部分に触れた感触がした。
逆鱗、違う。
武光は怒っていない。
寧ろ嬉しそうだ。
その不敵な嬉々とした言葉が、問いが、蓮に警戒心を抱かせる。
「剣さえ奪えば、俺に勝てると。剣が無ければ、俺など敵ではないと仰る。まさかまさか。俺が、そんなに弱く見えるのか? おまえもか? ……いや、意地の悪い問いをした。その顔、ただ試しただけだな。結果、おまえにとって都合の悪い方向に働いたと。その通りだ、構えろ小僧」
殺気。
豊国で立ち会ったアクアパッツァとは、まるで比べ物にならない。
戦場に立ち続けた男の、戦場にて人を斬り続けて来た男の、本物の殺気。触れただけで、本当に意識が殺されてしまいそうな。
「小僧。剣は折れる。剣は毀れる。剣は、手から無くなる。ならばもう戦いは終いか? たった二本の剣で、千人も斬れるか? まさかまさか。馬鹿を言っちゃいけない。剣が無くなったら、奪うのだ。殴って、蹴って、殺して奪う。ならば、剣が無かったら? 詰み――そう思った奴から、俺に斬られて死んで逝く。俺の手には既に、剣が握られていると言うのに」
不意に、蓮は距離を取る。
その慌て様を見た武光は、嘲笑って。
「ビビり過ぎだろ、小僧。だが、よく見えたな。俺の本命は、敵に見えないのが自慢なんだが」
「邦牙は何を警戒しているんだ? 相手は丸腰じゃないか」
「そう思ってるなら、次の瞬間には死んでるよ
「目視困難な異能という点なら、蓮様も似たようなものですから。しかし、あれは……」
雪風やピノーのように見えてる人間は何も言わないが、他の何も見えていない人間はどうしたんだと蓮の行動を訝しむ。
突如として取った距離。詰めるのではなく離した距離を、再び詰める様子も無い。
武器を失った今の武光に、何をそこまで恐れる事があるのかと。
中には野次を飛ばす者もいたが、蓮はそんなものにかまっていられなかった。
目の前に今、数々の戦場で千人斬りを成した剣豪が、本来の力を出した状態でいるのだから。
武光はその場で高々と右腕を掲げ、次の瞬間、思い切り踏み込んで加速。
一挙に距離を詰めて振り下ろした右腕は、躱した蓮のいた地面を叩き割り、両断した。
その瞬間には、さすがに皆が見る。
武光の空に見えた手には、確かに剣を握られていた。
ただし、振られる直前まで、常人には目視不可。気配さえ感じさせない無色透明な、実際には実在しない剣を。
自分の頭の中に描いた光景を、現実に引っ張って来る力。
本来そこにあるはずのない斬撃など、防ぐ術どころか躱す術さえ存在しない。頼れるのは、戦いの中で磨き上げて来た、己の直感のみに限られる。
「俺は能力に関してはてんでダメでよ。本物の
自分の未熟ささえ武器にし、使う。使い潰す。
まさしく戦場に生きる者の思考回路。
使えぬ者、失ったものを数えず、顧みず、今ある手段で切り開く。それがこの怪物を生んだ。
「しかし鈍った。最初の一太刀を躱されるなんざぁ、久方振りだ。全盛期なら小僧。おまえの五体から、左腕と左脚は切り離されてた。良かったな。俺の獄中生活が長くて」
当人らには悪いが、ゾルイシャもリストカットも比ではない。
明らかに違う実戦経験値。ブランクをものともしない圧倒的実力差。
能力を見るまでは頑張るとしか言いようが無かったが、この人にこの能力。勝算は限りなく薄くなった。
だが、無いものはない。
ないものねだりしたところで、意味はない。
「腹ぁ括ったか、小僧」
血を噴く指を合わせ、蓮は指を数度曲げて、来いと誘った。
唐紅の怪物が、参る。
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