当作品は大きい人が多めです
跳ね起きてから一秒足らずで能力を発現。
狼人間と化したリストカットは周囲を見渡して、自分を見て驚く二人のメイドと目が合って、自分が立っている場所がベッドだと気付いて、戦いが決着した事を理解した。
そのままベッドの上で胡坐を掻く形で座り、能力を解除。だがやはり気が動転しているのか、耳と尻尾だけが仕舞えぬまま残っている。
「……!
「お疲れ様です、蓮様」
「……
準決勝を終えて、蓮が戻って来る。
ベッドの下に潜り込んでいた火龍と、使役したばかりのはずのベアー・ナックルがじゃれついて、蓮は優しい手で撫でていた。
自分の体のあちこちに刻み付けられた、拳の痕。それらを付けた手と同じ手とは思えない、優しい手付き。
気難しいとされる龍種も、人には決して懐かないとされるベアー・ナックルさえも骨抜きにされている手に負けたのだと思うと、悔しさが込み上げて来る。
更にその手が自分の頭を撫でて来るともう悔し過ぎて、怒髪天を衝かれた頭は沸騰し、思考回路を混濁させ、リストカットを泣かせた。
大泣きだ。
周囲の視線も憚らず、怪我をした子供みたいにワンワンと泣きじゃくる。
撫でただけの蓮は慌てふためき、あまりの大声に驚いた二頭は蓮の後ろに隠れ、メイド二人も蓮の両腕にしがみ付く。
これも狼の能力なのか。彼女の声が衝撃を伴う音波となって部屋中に響き渡り、周囲を少しずつ破壊。壁を挟んだ隣の大部屋に屯する敗者らを、次々と卒倒させていた。
彼女の立場的に、彼女に意見出来る人はいない。
黙れなど言えるはずもなく、立場的に言える人がいたとしても、物理的に言える人がいない。
周囲を破壊する彼女の泣き声は単純に声量が大き過ぎて、こちらの声が彼女に届かない。
更に彼女が両手を滅茶苦茶に動かしているので、下手に手を出そうとすれば怪我をさせられてしまう。
だが、それら全ては能力を使わなければの話。
彼女を泣かせてしまったのも当人だが、彼女を宥められるのはこの場でただ一人。“永眠”の二つ名を持つ蓮だけなのだ。
メイド姉妹は初めて見るが、これが蓮が初めてアルフエに見せた力。
対象を睡眠へと誘う闇の
意識を刈り取られ、眠らされた少女をまともな体勢に変え、布団を掛ける。
姉妹が全てをやってくれている間に、レイオウ・ヌゥ・クラウディウスは足音を殺しながら現れた。
「またご迷惑をお掛けしてしまった様で、申し訳ございません……」
~だいじょうぶ~
「ゾルイシャ兄様に引き続き、大変申し訳ございませんでした。そして、心よりの感謝を。妹を相手に、手加減して頂いてありがとうございました」
~たいへんだった~
「まぁ、三男四女……七人
~レイオウもたいへんだ~
「僕は、まぁ……
~それはもうおわった。だいじょうぶ~
「いえ。そう言う訳には参りません。私と彼女の婚約で、豊国は壊滅の危機に陥ったのですから。本来は強国が総力を以て、ザァンラネーク王妃の暴挙を止めるべきでしたのに」
――妹との手合わせ。どうか手加減願えませんか……!
妹のため、人目も憚らず地面に頭をこすり付けた彼の姿を見れば、彼が豊国の大事のために、その身を削って尽力しただろう事は想像に難くない。
だからこそ、彼が誰よりも責任を感じている事も、想像に易い。
例え他の
此の世で最も美しいと呼ばれた国を、一人の女の嫉妬によって滅ぼし欠けた大罪を、妹よりも細い身で受け止めているはずだ。
でなければ、そんな顔はしない。
寂しいとも悲しいとも言えて、しかしそうとも言い切れない憐れみを含んだ顔なんて。
「決勝戦、頑張って下さい。相手はあの唐紅です。これまでの対戦者は皆、戦士生命を絶たれています。人としての命も、辛うじて保っている状態です。どうぞ、お気を付けて」
一方、クラウディウス城。
現国王、ベルセルスス・クラウディウスⅦ世の巨体が動く。
「その話は真か……!?」
「
「王よ! 至急国民全員を避難させ、戦闘員を配備すべきかと! 闘技場の戦いも、即中止にすべきです!」
「既に飛び入りしたゾルイシャ様とリストカット様の敗退はわかっています。クラウディウスの血筋を侮られたまま、というのは、些か気に障られるかもしれませんが、ここは……」
「わかっている! 儂が国の民を、己が恥のために捨てると思うてか!」
「も、申し訳ございません……!」
「ダメ! お兄様、ダメなのぉ!」
一番下の妹、ディ・マリア・ムゥ・クラウディウスを脚に引っ付けて、青年は会議場に現れる。
険しい中に勇ましさを交えた顔つきは父譲りであり、ドワーフ族に見合わない高い背丈と今までに残して来た数々の武勇も、父親譲りの強さがあってこそである。
長兄、アレクサドラス・レムリア・ムゥ・クラウディウス。
背後に控えるのは双子の妹。長姉、アスカ・アスナ・ムゥ・クラウディウス。次女、イスカ・イスナ・ムゥ・クラウディウス。
整った顔立ちが二つ揃って歩き、一挙手一投足を合わせて来る。二人の違いは瞳の色くらいで、
「お兄様もお姉様も入っちゃダメェえ!」
「「静かにしなさいマリア。兄上の迷惑ですよ」」
「父上が、誰も入れるなって言ってたのぉ!」
未だしがみ付く妹を脚に引っ付けながら部屋に入って来る息子を相手に、王は巨体を起こす。
親子と言ってもまるで大きさが違くて、アレクサドラスは父を見上げ、父は怒りに満ち満ちた眼光で息子を睨み付けていた。燃え上がる憤怒が
会議の場にいた者達の中で、立っていた者達は片膝を突き、椅子に座していた者はそのまま机に突っ伏して潰れそうになる。唯一立っていられたのは、アレクサドラスただ一人。
「儂が禁じたのを知りながら、入って来たのか」
「議題は察しています、父上。ここは、我々クラウディウスの出番かと」
「出しゃばるな! 青二才が! 遠征で多少名を上げた程度で、図に乗るんじゃねぇ! てめぇ程度の力で、災害に立ち向かえるとでも思ってるのか?!」
「では他に、誰がこの危機に立ち向かえると言うのです。それと……あの戦闘狂の弟は何処ですか。ゾルイシャなら、私より先に跳び出していきそうなものですが」
「奴なら丁度、てめぇの力を思い知らされたところだ」
「ゾルイシャが負けたのですか? 誰に。いやそも、生きているのですか?!」
「ただの試合だ、死んじゃいねぇ! 一々騒ぐな、鬱陶しい」
捕まっているのが疲れたのか、ディ・マリアが兄から離れる。父の方へ駆け寄ると体をよじ登り、肩に留まった。それを機に、父も放出していた力を抑える。
「今闘技場で、聖杯の欠片を餌に、内部に潜む侵入者を炙り出してたとこだ。だがさすがに聖遺物。周囲の小国からも兵を集めちまったが……まぁ、それは仕方ない。問題は、侵入してた虫が思ってたよりデカかった事と、侵入者を退治する役目を与えてたリストカットがやられちまった事だ」
「リストカットまで?! ……父上。その侵入者は、何者ですか」
「……あぁ、そうか。今の言い方だと誤解を招いたな。俺の言ってる侵入者と、リストカットを倒した奴はまた別の奴だ。これから、そいつら同士の戦いが始まろうとしている」
「そいつらは、一体――」
「リストカットを倒したのは、最近豊国の大事件を解決に導いた王国の英雄。そして、近頃この国を嗅ぎ回ってた侵入者は、あの帝国からの差し金。
彼は静かだ。物凄く静か。
これから戦いだと言うのに、相手が蓮ほどの強敵だと言うのに、全く臆する様子がない。しかして血沸く様子も無ければ、昂る様子も無く、彼はただ、淡々と刀を研ぎ、磨いていた。
そんな彼に、近付く気配が一つ。
誰が来ているのかはもうわかっている。だからではないが、彼は全く動じないし、応えない。見向きもしなければ、一瞥もくれない。
「いよいよ決勝ね。調子はどうかしら、武光」
「……おまえが真に知りたいのは、向こうの調子だろう。第一皇女」
第一皇女にして、蓮の姉。
彼女の妖艶な肢体が、黒い毛先が視界の端に入っても、武光は一切を無視した。
蘭もまた、そんな彼の不遜な態度に怒りはしない。彼女の沸点はあるポイントさえ除けば、他人と比べてもかなり低い。
「そんな事ないわ。あなたの事もちゃんと応援しているもの」
「嘘だ。応援しているなら、わざわざこんなところに出向きはしない」
「あら、バレた? でも残念。嫉妬して動揺するあなたが見られると思ったのに、さすが唐紅の生まれは違うわね。それで? 勝算はあるの?」
「勝算が無ければ逃げるとでも? 勝算があるから戦うのではない。戦場に行く理由があれば、勝とうが負けようが戦う。戦いとはそういうものだ」
「……蓮は、戦わなきゃいけない理由があるのなら戦う。けれど、不要な戦いはとことん嫌うわ。彼の逆鱗に触れる言動は、避ける事ね。まぁ、既に気に触れる事を言ったなら、武器を持って出て来ない事を祈る事ね」
「武器? 奴は体術と
「そうね。でも、別に使えない訳じゃない。ピノーも来ているみたいだし、もしかしたらもしかするかも。頑張ってね、武光。蓮の次に、応援してるわ」
相手が怒っているから何だ。
怒っていれば強いのか?
武器を持っていれば強いのか?
違う。
怒りで視界が狭まる事もある。武器の選択と相性の悪さで、勝敗が決する事もある。
武器を持っていたら警戒するのも、怒らせていたら警戒するのも違う。最初から、これは決まっていた事。最初から、既に決まっていた事なのだから。
変わらない。変わり様がない。
自分はただ、戦うだけだ。そこに戦場がある限り。
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