この後の展開を先に言ったらそれはもうフラグ

 ベアー・ナックル。

 ゾルイシャ・ムゥ。

 二人の強者を倒して進んだ第三回戦。

 次なる相手は、強国の第三王女、リストカット・クラウディウス。

「リストカット……!」

「誰かと思えば、レイオウ兄様か」

「ゾルイシャ兄様は?!」

「見ての通りだ」

 満身創痍。

 もしも敵の慈悲が無ければ、絶対に死んでいただろう怪我の具合。

 完全に手加減されていた。だがその手加減のお陰で、ゾルイシャは一命を取り留めた。しかしその手加減が、リストカットには許せなかった。

「あんの野郎……! ふざけやがってぇ!!!」

「待て、リストカット! 何処へ行くんだ!」

 辛うじて、彼女の腕を捕まえる。

 すぐさま振り払われたが、彼女は何とかその場に留まってくれた。

「次の対戦相手はオレだ! こんな肥え太ったブタでも、兄貴は兄貴! オレが仇を取る!」

「実力の差は歴然だ! ゾルイシャ兄様の方が、能力的にも実力的にも上だっただろう! 残念だが、君じゃあ彼には敵わない! 棄権するんだ!」

「ふざけんな! オレだって強国の王女だ! クラウディウスの名を受け継いだ娘の一人だ! 第一兄貴の事を抜きにしたって、あいつには問い質さなきゃならねぇ事がある。棄権はしねぇ。オレはオレなりのケジメを付ける!」

「リストカット!」

 今度は制止が間に合わず、彼女は行ってしまった。

 実の兄妹だけあって、彼女の人間性はわかっている。一度決めたら誰にも止められない真っ直ぐな性格。ただ、そうすると真正面しか見えなくなるから、彼女の実直さは長所であり、短所でもあった。

 だから今も、相手の実力なんて見えていないのだろう。

 ただケジメを付ける。自分の中で混沌としたわだかまりを払拭する事ばかりで、相手との実力差が見えていない事は最早言うまでもない。

 兄として出来る事は審判に賄賂を渡して、試合を早々に止めるようにさせるくらいか。

 彼女は納得しないだろうが、命あっての物種だ。ゾルイシャの二の舞を演じさせる訳にもいかない。

 審判を探してあちこち歩いていると、何と言う偶然か。大の字に寝転がるベアー・ナックルの上で横になる英雄を見つけた。

 審判に賄賂を渡すしかないと思っていたが、もう一つあった。妹のために、出来る事が。

白銀の王国キャメロニアの英雄、邦牙ほうがれん様ですね。僕はこの国の第三王子、レイオウ・ヌゥ・クラウディウスと申します。あなたに一つ、お願いが……」

 第三回戦、最終試合。

 唐紅からくれない淡路島あわじしま武光たけみつの勝利から始まった第三回戦も、いよいよ最終戦。

 これを勝ち上がった上位四名が、準決勝に進出する。そして今、準決勝に進出する最後の一枠を掛けての戦いが始まろうとしていた。

 リストカット・クラウディウス、対、邦牙蓮。

「よぉ……てめぇ今まで何処に行ってた。戦う前に一言言うつもりが、全然見つからなかったじゃあねぇか」

~といれ~

「そうか。そりゃあ長かったな。それとも、オレが怖くて震えてたのか? あ?!」

 どれだけ声を張り上げ、凄んだところで、彼は臆さない。

 彼から恐怖の感情を一ミリも感じられなかったリストカットは、剣を抜いた。

「てめぇのその澄ました顔、気に入らねぇ。ぜってぇ泣きべそ掻かせてやる!」

 試合開始を告げる銅鑼ドラが鳴る。

 それとほぼ同時、フライングギリギリで高く跳んだ彼女の剣が、空を切って振り下ろされた。

「“兜割かぶとわり”!!!」

 蓮は一歩下がる。

 すると空振りに終わった剣の一撃が戦場を割り砕き、巨大な裂け目が蓮の足下に出来た。

 能力を使った様子は、

「よく躱したな! だが、そのまま落っこちて、死ね!」

 が、蓮は落ちない。

 後退った先に立ち、裂け目の上で浮いている。

 蓮の浮遊能力を完全に忘れていたリストカットは耳まで真っ赤になると、今度は剣を深々と引き、空を切って振り払った。

「“露払つゆばらい”!!!」

 斬撃が、衝撃波を纏って飛んで来る。

 咄嗟に岩の防壁を展開させた蓮はわずかに変えた軌道の隙間に入り込み、難を逃れたが、彼女の剣撃は終わらない。深々と剣を引いた腕が筋肉を膨れ上がらせて繰り出すのは、刺突。

「“鎧徹よろいどおし”!!!」

 岩の壁を物ともせず、貫通。

 攻撃を躱した蓮の目の前を通過した衝撃は、最奥の壁にぶつかって穿ち抜いた。

「何だぁ?! 避けてばっかりじゃあねぇか! そんなに俺が怖ぇかよぉ!!!」

 観客席への被害なんて関係ない。

 奴の力を、纏めて、全部捻じ伏せる。

「“剣舞けんぶ斬撃謳歌ざんげきおうか”!!!」

 様々な角度から、様々な太刀筋で斬撃を飛ばす。

 全てで九つ存在する剣の太刀筋を滅茶苦茶に振り回す攻撃は、最早、一方的侵略だ。

 だが、それでは英雄は押し切れない。

 あらゆる斬撃が飛び交う中で立ち尽くしていた蓮は、時に躱し、時に弾き、時に砕きながら、着実に一歩、また一歩と距離を詰めていた。

「っ……! このっ……!」

 攻撃を中断――否、切り替える。

 出鱈目に斬撃を繰り出すのではなく、力の全てを一刀に注ぎ、渾身の一振りに昇華した。

「“断剣だんけん瓦割かわらわり”!!!」

 最早、闘技場そのものを両断せんばかりの一撃。

 対して蓮はその場で深呼吸し、両手にEエレメントを集束。自身へと繰り出された巨大な斬撃を、白刃取りで受け止めた。

 が、そのままでは押し斬られる。

 咄嗟に自身の周囲を無重力に変え、回転。巴投げの要領で斬撃を外に逃がし、攻撃を回避した。

 まさか受け止められた挙句、受け流されるとは思わず、リストカットは汗だくのまま呼吸を繰り返して、止まってしまった。

 その瞬間、蓮が攻める。

 連打ラッシュ連打ラッシュ連打ラッシュ

 女だからと容赦はしない。綺麗に整った顔面含め、縊れた胴も、鎧に阻まれていない露出部分を殴る、殴る、殴る。

 先程のリストカットの斬撃にも負けぬ拳の応酬が、防ぎようもない速度と威力で襲い掛かる。

 反撃するための剣も叩き落され、鎧で防ごうにも、鎧の上から拳を叩き付けられて、衝撃が体の芯まで伝わって来る。

 防ぐ術もなければ、躱す術もない。

 何とかして反撃の糸口を見出そうとするリストカットの手も払い除け、繰り出した拳は彼女の顔の真ん中に突き立てられ、壁まで吹き飛んで行った。

 意識も力も残ってはいるが、壁に減り込んだ体が嵌って、抜け出せない。

「何で……何で能力をまともに使わないんだ?! オレを舐めてるのか?!」

 蓮に返答はない。

 が、応答はあった。

 決着の銅鑼が鳴らない今、蓮は再度構えてみせた。

 まだ戦いは終わってないんだろ。そう言いたげにしている風に見えて、リストカットは吠える。全身に力を籠めて壁から抜け出すと、投げ渡された剣を支えに立ち上がった。

「おまえに一つ、訊きたい事がある……最近、オレの友達がよく手紙で出す名前があるんだ……その人の事が好きで、好きで、どうしたらこの思いが伝わるかなって……会いに行きたいって……いつも、言ってんだ……おまえ。まさかと、思うが……レイオウにぃと破談になったラヴィリアと、どういう関係だ?」

 レイオウ。

 ラヴィリア。

 二人の名前は聞き覚えがある。

 豊国ベインレルルクでの事件の発端となった二人の破局。その当事者達。

 記憶が確かなら、彼女の言うラヴィリアは豊国の第二王女、ラヴィリア・ベインレルルクに間違いない。そんな彼女とどういう関係か――問われた意味を、蓮はイマイチ理解出来ていなかった。

「どうなんだ?!」

 ~友だち~

「……とも、だち? あんだけ好き好き言われておいて……あんだけ惚気られておいて、ただの、ともだちだぁあ? ぶっ殺すぞてめぇ!!!」

 ~何で?!~

「オレは兄弟姉妹きょうだいの中で唯一の特異体質でなぁ! 怪力のドワーフ族の中でも、ひと際怪力なんだよ! だからオレが能力を使う事ぁ、本来禁止されてんだが……! てめぇには手加減無しだ!!!」

 元々高い膂力が、底上げされる能力。

 様々なEエレメントと系統があるが、体力と膂力を底上げする能力で一番の候補として挙げられるのは――そう考えた時、ラヴィリアの姿が思い浮かんだ。

~エレメント・ビースト~

「察しがいいじゃねぇか。Eエレメントビースト系統タイプウルフ。ラヴィリアは性格上能力を発揮しなかったろうが、覚悟しろよ? ビースト系統タイプが肉食獣だと、攻撃力が増すんだぜ!」

 剣などもう要らない。

 寧ろ剣を使っていたのは、相手に対しての手加減だった。

 鋭い牙と爪こそ、鉄をも断ち切る刃。狼の俊敏性をも手に入れた今の状態から逃れた者は、兄弟姉妹きょうだいを除けば一人もない。

 狼の狩りは、一瞬だ。一瞬で終わる。

「しかもオレの能力はなぁ。狼は狼でも狼人間! ウェアウルフだ! 人間と狼の身体能力を兼ね備えたハイブリッド! それにオレの膂力が加わればなぁ……敵なんていねぇんだよ!!!」

 四肢を這い、前傾姿勢。

 明らかな突進の構え。

 相手は必然的に、真っ直ぐ突っ込んで来ると思うだろう。

 だがそれはブラフ。

 狼の狩りは一頭では行なわない。本来の狼は、群れで狩りをする。チームワークこそ狼の真骨頂。群れで集って群れて殺す。

 一頭だけの狩りをする狼は、縄張りを追い出された負け犬だ。いずれ死ぬ未来は確定している。ならば一人しかいない彼女はどうするのか――

「“鉄砲てっぽう火縄ひなわおおかみ”!!!」

 真っ直ぐに来る突進。

 だが、それ以外にも複数の残影。

 明瞭も気迫もハッキリとした、分身とでも呼ぶべき彼女の姿形が、蓮の眼前に複数現れた。

 無論、言うまでもなく本体は一つ。コンマ数秒の世界で、打てる手段は一つだけ。それで打てる数など限られている。

 大体はこれで敵は賭けに出て、本物に当たれと無謀にも打って来るものだが――蓮は違った。

「――!?」

 本体を含めた全ての影、全ての彼女が弾き飛ばされる。

 ゾルイシャの一件からずっと頭に血が上っていた彼女は、考慮すべき事柄を忘却していた。

 いやそもそも気付くべきだった。この試合の中で、蓮はいつ使

「なっ……!」

 弾かれたと思えば今度は引き寄せられる。

 しかも見抜かれた本体だけが。

 待ち構える蓮の右手には、漆黒のEエレメントが纏われている。それを見た時、リストカットは彼が次に何をするのか予想が付いた。

 ならば、とこちらも拳を繰り出そうとして――再び、見えない壁にぶつかる。

 構えていた拳さえブラフ。真の狙いは、先に攻撃を阻止した時とは桁違いの斥力によって生じる衝撃波。

 “斥力衝波インパクト・カウンター”。

 過去、幼少期の蓮がこの技で空を駆ける帝国を十センチ傾けた事があるなど知る由もなく、当時の何倍もの力によって弾かれたリストカットの体は地面を跳ね、壁に激突。貫通し、通路の壁に埋もれたのを見て、審判が試合を止めた。

『そこまで! 勝者、邦牙蓮!!!』

 熊は追従を決めた。

 豚は崩落した。

 そして、狼は今、意識を閉ざし、第三回戦は幕を閉じたのだった。

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