図体がデカい、イコール噛ませ犬のイメージが強い気がする
兄が出ると聞いて、三男のレイオウ・ヌゥは急ぎ闘技場へと向かっていた。
豊国の王女ラヴィリア・ベインレルルクを救ってくれた恩人達が来ていると聞いて、歓迎するつもりで待っていたのに、まさか兄が先に出迎えて、よりにもよって戦うだなんて。
兄の実力はよく知っている。
その巨体に見合わぬスピードで駆け抜ける重戦車。
彼らに怪我させる訳にはいかない。
ラヴィリアの恩人として、彼らに仇で返す訳にはいかない。
「ゾルイシャ兄様、何卒手加減を……!」
などと思っていたのはついさっきまで。
闘技場に来てみれば、信じられない光景が広がっていた。
両手を組み、拮抗する両者。
だが軽装の青年が大きく振り上げた足でゾルイシャの腹を蹴り上げると、鎧込みで二百キロは超えるだろう巨体が高々と宙に浮いて、手を繋がれたままの状態で地面に叩き付けられた。
手を使わせて貰えないので、足だけで立ち上がろうとするが、足腰が震えて上手く立ち上がれない。
が、青年はゾルイシャの兜を踏み締め、更に立たせまいとして来た。
言葉はない。
が、待ってやるという視線を落とす青年にふざけるなと言う反骨精神を燃やしたゾルイシャは、自ら組んでいた手を解いてさえ立ち上がろうとした。
が、立てない。
ビクともしない。
ゾルイシャの四分の一もないだろう体重の青年に押さえ付けられ、まるで起き上がる様子のない巨体は震えるばかり。
地面に亀裂が入っても、土が盛り上がろうと、ゾルイシャの体は全く動かない。
ゾルイシャの頭に足を置く青年が、まるで千年は生き続けた巨木が如く動じないのを見た観客は、自ずと歓声を潜めていた。
ただ一人、青年を知る人形だけが、当然だとばかりに吐息する。
「
差し詰め今の状況も、ゾルイシャは大木を根元から持ち上げているような感覚でしょうと、ピノーキオは続けた。
「こ、の……ガキの、分際、でぇっ……!」
突如、ゾルイシャの体が巨大化する。
自らを覆っていた鎧を破壊して現れたのは、岩の巨人。
自らを核として、岩石の巨兵を生み出す能力。
その力を闘技場でゾルイシャが披露した記録はなく、過去にそこまで追い詰めた相手もいない。
ゾルイシャが闘技場に出る様になってから初めての事態に、会場は呆然と見つめるしかなかった。
「この俺に、能力を使わせるなぞ……初めての事態だぞ。クソガキぃっ!!!」
普通なら戦意喪失するサイズ。
だが生憎と、巨大な相手にはもう免疫があった。
豊国では彼よりも巨大な龍や、彼よりも恐ろしい化け物と戦って来たのだから。ただ大きいだけで怖気付くほど、蓮の経験値は浅くはない。
高く跳び上がった蓮が深々と引いた拳が、
打たれた頬が陥没し、額にまで亀裂が走ると、頭から地面に叩き付けられて背中から倒れる。
驚愕で目を見開く観客席に、巻き上がった砂塵が吹き抜けた。
「野郎……っ!?」
起き上がったばかりの体へと、飛び込んで来る拳。
その細腕に、果たして何トンという重量を乗せているのか想像も出来ない質量で殴られる。
拳そのものは核となっているゾルイシャへと届かないものの、衝撃は鈍重なまま体の芯まで浸透して、一切の反撃を許さない。
更にアッパーカットで巨体を持ち上げ、そのまま重力負荷を操作。虚空へと吸い込まれていく巨岩兵が辛うじて抵抗を試みるが、次に繰り出された蓮の拳によって、また高く打ち上げられた。
「ふざけるのも、大概にしねぇと……!」
地に足の着かぬ巨兵、何たるものぞ。
最も優れた
必死に宙を掻いてもがくゾルイシャ・ヌゥに怯える者など、その場の何処にもいなかった。
「このっ……! 下ろしやがれぇっ!」
お望み通り、と蓮は巨兵を引っ繰り返す。
巨兵の下顎を掴み取り、急降下。肩で風を切って落ちる蓮によって巨兵は回され、遠心力によって自由を奪われる。
頭を守る事も出来ず、核である自身を守る事も出来ず、巨兵は真っ直ぐ直立した形で頭から落ちて、闘技場の地面をぶち抜き、数メートル下へと落ちていった。
後れて、蓮が着地。
闘技場中央に空いた巨大な穴の中を覗き込み、巨兵の残骸の中で倒れているゾルイシャ・ヌゥを見つけ、観客席の中から見つけ出したアルフエらに手を振った。
「しょ、勝者……! ほ、ぅが……蓮……!」
恐れをなして、審判も逃げ出す。
ゾルイシャの側近は迷わず大穴に飛び込み、救出へ。
妹のリストカット含めた控室の人間は皆言葉を失い、観客席まで走って来たレイオウ・ヌゥは驚愕で息を忘れる。
アルフエも一瞬だが、まさか蓮が殺してしまったのではないかと考えてしまって、その場で立ち上がった。
「そんなヘマをする方ではありませんよ。それこそ、あの男とは対極に位置する存在ですから」
控室に戻った蓮をまともに迎えた者はいなかった。
そも、蓮を見た誰もが一歩距離を取る。
そんな中、唯一彼は対峙した。
ギョロリと見開いた大きな目。
刀を握り続けたのだろう強張った大きな手。
腰に収まっている四本の刀剣は、どれも名のある銘刀ないし妖刀らしき禍々しい気を放っている。
への字に曲げた口はモゴモゴと動き、ずっと何かを発そうとしていた。
周囲の空気が重くなっていく中、武光は首を傾げる蓮に放った。
「何故殺さなかった。あそこまでやっておいて、何故殺してやらなかった。怖がらせるだけ怖がらせて、優しく下ろしてやる理由が何処にある」
~ぎゃくに、ころすりゆうがない~
「敵を生かす理由こそ何処にある。向こうが殺しにかかっていれば猶更だ。なのに何故手加減をする。これだけ手を尽くして、わざわざ何故殺さない」
~あなたの言うことは、わからない~
「敵は皆殺せ。敵となる者、敵になる可能性のある者。皆殺してしまえば、安泰に繋がる。それだけの事だ。何も難しくなどない」
~わからないし、わかりたくもない。出来ればあなたも、ころしたくはない~
「それは無理だろう。いずれおまえとは敵になる。その時にはもう問答は不要。殺すか死ぬか。それだけの話よ」
酒でも飲んでいるかのようなフラフラとした千鳥足で、武光はその場を去って行った。
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