嵐の軍勢

会議回ってやってみたくなるけど長くなる

 嵐の軍勢ワイルドハント

 台風や竜巻とは、似て非なるもの。

 災害と呼ぶべきなのか、災害に類似する生物なのかもわからない。


 墨汁で塗りたくったような漆黒の暗雲を前触れに、雷を携えて現れる悪魔。

 雷霆の武装を纏い、暗雲の肉体を持つ巨人の進撃は忽ち国一つを滅ぼし、国を繁栄させて来た人々の命を食い尽くし、殺し尽くし、文明の全てを破壊する。


 理由なんてない。

 意味なんてない。

 ただ破壊し、蹂躙し、暴食の限りを尽くす暴力。

 それが、嵐の軍勢ワイルドハントという災害であった。


嵐の軍勢ワイルドハントが、ここに……?!」

「一体何で?!」

「理由なんてあるか! とにかく逃げろ! 逃げろぉっ!!!」


 他国からやって来た戦士達は、血相を欠いて逃げ出す。

 協力を仰ぎに来たベルセルススは待ってくれと懇願したが、誰も聞く耳を持ってくれず、一目散に逃げ出していく。

 国から外は安全圏だと理解している面々はすぐさま国境の外を目指そうとしたが、唯一の門に人々が殺到し、ギュウギュウ詰めの大混乱。

 止めたベルセルススも、最早どうすべきかと頭を抱える始末。


れん様」


 蓮が空高く跳び上がる。

 合掌した両の手をゆっくりと開いた蓮から放たれたEエレメントが強国全体を包み込み、興奮する人々を鎮静化。

 更にそのまま眠りへといざない、戦う力を持つ者達を除いた一般市民。そして、国外からの来訪者らがその場で寝静まってしまった。


「お疲れ様でした」


 降りて来た蓮に、ピノーキオはタオルを差し出す。

 能力の効果範囲が広かったからか、疲労の色を見せた蓮はわずかに汗を掻いていて、ほんの少しだがフラついた。


 連戦に次ぐ連戦。

 どの戦いも圧勝ではあったが、決して楽だった訳ではない。ベアー・ナックルから始まって、淡路島あわじしま武光たけみつで終わった戦いは、蓮の体に適度な疲労と消耗を蓄積させていた。


 アルフエやシャナでもわかるくらい、蓮の顔色が悪くなる。

 青を超えて紫。それすら超えて真っ白になった蓮の顔色は、見ていて心配しか出来なかった。


 大丈夫かと問いたいけれど、絶対に大丈夫としか返って来ないとみて、問い質すのを諦める。 

 そもそも蓮が先にアルフエの視線に気付いて、大丈夫だよと青い笑顔を向けて来るので、もう何も言えなかった。


「どんな力を使ったのかわからないが……今はとにかく礼を言おう。すまない、皇子」

「構わない、だそうです。それよりも、早急に解決すべき問題があるでしょう、と」

「あぁ、その通りだ。嵐の軍勢ワイルドハントを退けるため、力を貸して頂けないだろうか」

「……そうですね。ただ、自分だけではどうしようもない。と」


 混乱する民衆によるパニックは抑えた。

 しかしまだ、戦いを強いらなければならない者達への説得が済んでいない。


 一騎当千。万夫不当を誇る彼らとて、災害を相手にするとなれば尻込み、怖気づいてしまう訳で。蓮のように二つ返事で応じられる者は、皆無と言っていいほどいなかった。


「とりあえず、まずは強国と王国とで会議と行きましょうか、とのことで――」

「その会議、帝国も一枚噛ませて頂けますか? 嵐の軍勢ワイルドハントと聞いて、黙ってはいられませんから」


 出て来るとは思っていた。

 ずっと気配は感じていたし、ずっと視線は感じていたから。

 尤も、武光との戦いの時、どちらを応援していたのかはわからないけれど。


 邦牙ほうがらん

 帝国の長姉。次期皇帝継承権、第一位。暴食の蘭。


唐紅からくれないの淡路島武光。あれだけの適任はいないでしょう。それに、我が戦闘部隊。十三騎士団の団長各位を数名、招集したいと思います。王国も、隊長が何名かいるようですし……そうね。丁度三名、と言ったところかしら。いいわよね、蓮」

~はい、蘭姉様~


 一時間後、空中帝国。黄金の帝国テーラ・アル・ジパング


嵐の軍勢 ワイルドハントだぁ?! 頭イカれたのか蘭様は! 何で他国の事情に介入してやらなきゃいけねぇんだ?!」

「恩を売っておきてぇとか、そう言う事では? 強国の軍事力は、色国軍でも指折りですし」

「強国だからとか関係なく、第一皇子がいるからだろ。結局蓮様に弱いんだ、あの人は」

「今に始まった事じゃあないですけどねぇ」


 黄金の帝国テーラ・アル・ジパングを守る防衛機構にして、最大戦力。十三騎士団。

 騎士団を纏めるのは、十三人の団長達。揃いも揃って、曲者揃い。

 王国の十三人の隊長達にも引けを取らない、実力者ばかりだ。


「遅くなりました……これより、騎士団会議を開始します」


 第一騎士団団長、飛沫しぶき夏奈かな


 氷結の能力、紅蓮の使い手。

 豊国ベインレルルクでも、その力を見せ付けた強者の一人。

 少し抜けている部分はあるものの、第一騎士団を任されるだけあって、指折りの実力者だ。


「K・T・K・O――こんな・突然呼び出して何事? ・緊急事態なのかしら・オクト?」

「緊急事態には違いありませんよ、団長。相手はあの嵐の軍勢ワイルドハント何ですから」


 第十一騎士団団長、K・T・K・O――刀で・叩き・斬る・女。通称、ケティ。

 副団長、オクト。


 彼女の異能を知る者は少ない。

 が、帝国随一の剣術使いである彼女の実力は帝国全土に知れ渡っており、帝国一の剣士と言っても過言ではなかった。


「K・T・K・O――かの災害か・確かに・かなりの・大事だな」

「だから呼ばれたんだろ? 察しろよケティ。いつでもどこでも斬る事しか考えてねぇから、事情の把握が遅れるんだよ」


 ムスっとした顔で睨むケティ相手に、男はケタケタと笑う。

 帝国一の剣士の圧も何のその。踏ん反り返る形で座る男は、軽口を叩き続ける。

 男には、それほどの実力があった。


「それで? どうするつもりよ、夏奈団長。またあんたが行くのかい?」

「それは……私自身はそれでもいいかな、とか思ってるけど……みんなは納得、しないですよ、ね」


 第一騎士団団長にして総団長の夏奈に、皆がそりゃあそうだろと冷たい視線を送る。

 夏奈がそうまで睨まれる理由は、彼女個人には無く、いわゆる次代皇帝の座を巡る競争の派閥争いにあった。


 聖杯を先に手に入れた者が次の皇帝となる、五人の姉弟による聖杯争奪競争。

 帝国内には、五人の誰に付いて行くべきかの派閥争いが始まっており、それは十三騎士団の面々も例外ではなかった。


 故に前回の豊国の一件で活躍を見せた飛沫夏奈がいる蘭の派閥にまたいい格好をさせる訳にはいかず、蘭以外の他の四人を支持する派閥から出さなければ、派閥同士の抗争になり兼ねなかったのである。


「現場には蓮様と蘭様がいらっしゃる……ならここは、りん様とルン様。そしてろん様を支持する派閥が出るべきでしょう、ね」

「なら、凛様派閥からは俺が出るか。前回は夏奈団長が出たんだ。今回は俺が出たっていいだろ? なぁ、総団長」


 次女、邦牙凛派閥。

 第二騎士団団長、青春庵せいしゅんあん中路なかみち


 彼より先に自分が出ると言いたかったケティは、先に馬鹿にされた件も合わせてまた強く彼を睨んだが、彼はまたニンマリと馬鹿にしたような笑みを返し、踏ん反り返ってみせた。

 同じ相手を推す仲間同士なのに、この二人はどうも噛み合わない。


 同じ派閥。同じ人を推す仲間同士であっても、そう言った相性と呼ぶべき関係性が合わない相手がいるのは、仕方ない事ではあった。


「K・T・K・O――ここは私が行きます・飛んで跳ねるだけの無能が邪魔しないで下さいよ・殺しますよ・オタク野郎」

「なら試してみるか? K・T・K・O――くびって・潰して・斬って・犯してやるよ。全然タイプじゃねぇけどな!」

「殺す! 絶対に殺す!」

「止めなさい!」


 顔を真っ赤にして斬りかかろうとしたケティを、夏奈の氷が閉じ込める。

 自分が出るより前にそうなると見切っていた中路は一切動かず、未だ踏ん反り返ったまま、氷の中でもがく彼女を見て嘲笑を浮かべていた。


「情けねぇなぁ、ケェテイィ。もしかしてK・T・K・Oって、くっころせの略かぁ?」

「中路ぃぃぃっ!!!」

「止めなさいと言っているでしょう! 中路! ケティを嘲る事も煽る事も許しません!」

「おぉおぉ怖いねぇ、総団長。じゃあ今回は責任を取って、凛様派閥からは俺が出ますよ。そう言う訳だ。準備しなぁ、蠍ぃ」

「了解です、隊長」


 第二騎士団副団長、くろつちさそり

 王国に侵入し、蓮に返り討ちにあった男は、いつぞやの復讐に燃える。

 鍛えに鍛えた活動電位インパルス。あの時とは比べ物にならない活動速度。嵐の軍勢ワイルドハントより速く打ち込んで、その身に味わわせてやる意気込みだ。


「では、ルンウィスフィルノ様の派閥からは……頼みましたよ、ダズ」

「おいおい、俺かよ」


 第七騎士団団長、ダズ・ラッシュ。


 酸素を操る能力者は、今回に限ってはやる気がなかった。

 何せ、相手は嵐だ。酸素なんて気体の一つを操れるだけの小物が、出しゃばる場面ではないと思っていたのだが。


「嵐の前にそよ風をぶつけるって、どういう采配だ?」

「あなたの力を、強国に見せ付けたいのです。人間相手ならば確実に殺せるだろうその力。強国への抑止力になるでしょう」

「つまり最悪の場合、強国を見限って俺だけでも逃げ帰れと……そう言う事かい。わぁったよ」

「では最後に、論様の派閥からですが……」

「レが行っレもいいラい?」


 だらしなく垂れ下がり、出しっぱなしになっている舌は出しているのではない。長過ぎて、自分自身の口に収まらないのだ。能力とは全く関係のない、彼自身の特異体質。

 生まれた時より妖怪と罵られ、恐れられ、迫害されて来た過去を代償として、彼は帝国ではない外の出身にも関わらず、帝国十三騎士団の団長の座にまで上り詰めた。


倉敷くらしき牡丹ぼたん……」


 ダズは一瞬嫌そうな顔をして、いけないと顔を逸らす。

 彼に限らず、帝国の外からやって来て団長にまでなった彼の事を、他の団員、団長らも受け入れ難く、彼と他の団員と同じ様な仲間意識を持てずにいた。

 例え倉敷家が、どれだけ高名な血筋の家柄だとしても、だ。


「論はまを推してる奴も少レぇしよぉお? ほほわレに行かせへくれヨ」

「わかりました。では中路、ダズ、そして牡丹さん。力を貸すからには、敗北は許されません。圧倒的勝利で以て、帝国の威光を強国に、延いては蓮様、蘭様に見せ付けて下さい」

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