英雄は獣を倒すのにも異能を使う

 豊国での騒動が知れ渡った今、まるで時の人。

 紹介を受けたれんへと、観客席から注目が集まる。


 他の闘士も警戒と敵意を籠めた眼差しで蓮を睨み、威圧しながら控えへと戻って行った。

 蓮はずっと視線も返さず、ずっと俯いたままだ。


 周囲の誰にも言えないし、言ったところでしょうがないが、気付いている。

 長姉のらんが来ている事に。


「アルフエ様。あの闘士……」


 ピノーキオがまず見つけ、他の全員も確認した。

 おそらくは帝国からの刺客。王国の牢獄から解き放たれた、犯罪者。


 戦犯、淡路島あわじしま武光たけみつ


唐紅からくれないか。面倒なのがいるなぁ」

舞鶴まいつる隊長。時折聞かれるのですが、唐紅とは結局何なのですか?」


 シャナの質問に、雪風ゆきかぜは今更訊く? と言いたげな視線を送りながら考えた。

 一人だけならまだしも、質問の答えを待つ人数が一人、二人と増えれば、期待に応えてやらなければならないし、質問に答えなければならなかった。


「唐紅ってのは、国擬きの武装集団だ。武芸に長けた連中の集まり。報酬さえ払えば、何処の国だろうと雇われ、何処の国だろうと戦う血の気の多いやんちゃ集団。だが、やんちゃが過ぎたんだな。ある時に強国、海国、千国の三国が手を組んで、唐紅をぶっ潰したんだ。武力行使だな。だが今でも、唐紅の名は強力だ。その名前だけで、一つの軍隊が動かせるって言うんだからな」

「では、あの人も……」

「淡路島か。強いぞ、あいつは。戦争に出る度に千の命を取って来る超級戦犯。たった一人の人間でありながら、一つの兵器と同じ扱いで危険視された。俺も結構手こずったぜ」

「舞鶴隊長が捕縛を?!」

「おぉ。ま、俺は一太刀も受けてないがなぁ」


 自慢気に笑う雪風は見てみろ、と顎で差す。

 視線を向けた先では、武光が腰の左右に刀を収めた姿で立ち尽くしていた。


 シャナは得物を使うものの長物だし、アルフエは銃だ。

 だから立ち姿だけでは少し難しいが、戦士として伝わって来る気迫ならわかる。

 孤軍奮闘――いや、一騎当千が正しいか。

 一人で千人を敵に回し、全滅させたと言うのがよくわかる。本当に多くの命を絶って来た戦士――いや、人殺しの顔をしていた。


 相手は強国の闘士か。

 戦士としては良い面構えをしている。

 だが戦いならまだしも、殺し合いとなればどうだ。目の前の強者との力量の差は、どれほどか。


「始め!」


 初戦開始を告げる銅鑼ドラが鳴る。

 強国の戦士は歓声にも負けない大声を張り上げ、武光に向かって跳び掛かった。


 下顎。側腹部。太ももを蹴り、腹を抉る様に殴り上げる。

 鈍痛が体の芯に響き、脳は揺れて動けない。今が好機とばかりに攻めようとした戦士が拳を振り上げたところで、武光が動いた。


 繰り出したアッパーカットは空振り。

 そして何をされたのか、戦士はパンチを繰り出した体勢からそのまま前のめりに崩れ、両膝を突いてダウン。そのまま、動かなくなってしまった。


「しょ、勝負あり!」


 何をした? 何をされた?

 様々な憶測が飛び交うものの、正解に辿り着けているのは果たして何人いるだろうか。

 アルフエは思う。自分にはまるでわからなかった。シャナにも理解出来てないだろう。が、一人不敵にニヤついて見せる雪風は、おそらく――


「これほどか。唐紅の名は伊達じゃあないな。人形娘! うちの英雄とは何処でぶつかる」

「……順当にいけば、決勝戦ですかね。丁度、両端に位置していますから」


 ムッとしながらも答えるピノーキオに、雪風はふぅん、と返すだけで何も言わない。

 それがまたピノーキオの気分を逆撫でて、ガラスのヒールで蹴りそうな勢いだったが、両脇の二人に押さえられた。


 その頃、蓮は控室でシューティングスター姉妹によってテーピングを施されていた。

 怪我している訳ではない。寧ろ怪我をしないため、そして相手に怪我させないための措置だ。


 控室にメイドを連れている蓮の姿は嫌でも注目を浴び、周囲から反感を買う。

 それでも皆が蓮に文句も言わず、注目した視線をすぐに逸らしてでも関わり合わないようにしているのは、命令されているからだ。


 今ここに集まっている戦士の大半は、蓮と同様に国から直々に命を受け、聖杯の欠片を手に入れんとしている者達。

 要はその国でも指折りの猛者ばかりだ。血の気も多い。

 だがおそらくは多額の報酬を約束されているのだろう。自身の多い血の気さえ自覚しつつ、強く抑え込んでいる様子だった。


 が、そんな中でも話し掛けて来る奴もいる。

 国の命令ではなく、己が欲望を満たすため参加した者。

 つまりは強国の戦士であり、強王ベルセルススⅦ世の血を継いだ勇猛な子供達。


「おまえ、王国の英雄だろ?」


 強い口調だが、相手は女性だ。

 露出が多く、最低限の防具しか身に着けていないのは自信の表れか。

 規格外の大きさを誇る王の子供だからか、ドワーフ族なのに背丈が大きく、全体的にデカい。

 自身の縊れた胴より太い大剣を担げるだけの腕力があるのも納得出来る筋骨隆々とした体躯は、蓮から見ても迫力があった。


「オレはリストカット・クラウディウス。強国の第三王女だ。豊国で巨大生物相手に大暴れしたらしいじゃねぇか。順当にいけば、おまえとは三回戦で当たる。怪物を捻じ伏せたその力、オレに見せてくれよ。楽しみにしてるぜ?」

~おてやわらかに~

「筆談? おいおい、英雄の癖して喋れねぇのかよ。はっ、まぁいい。こっちは楽しみにしてるんだからよ、早々に退場するんじゃねぇぞ? 英雄様よ」


 自身の陰に隠れていた姉妹の頭を、そっと撫でてやる。

 そりゃあ裸の剣を担いで来られたら誰だって身の危険を感じる。

 加えて周囲敵だらけの四面楚歌状態。

 唯一頼れる蓮に縋りつくのは必至。責める道理などあるはずもない。


~こわかったね~

「す、すみません蓮様……突然の事で驚いてしまって……」

「申し訳ございませんでした……」

~いいよ。おれもこわかった~


 殺意こそ感じなかったが、その代わり心身から溢れ出るEエレメントと闘志が他の比ではなかった。

 おそらく強国の中では、彼女も屈指の実力者の一人なのだろう。

 彼女を見る周囲の目を見ればわかる。肌面積の多い格好に対して下心を抱こうものなら、どうなるのかを弁えている者が多かった。

 無論、リストカット王女も下手に騒ぎを起こせない立場だろうから、色々と難しいだろうが。


 そんな彼女の戦いは、何と言うか派手だった。

 自分より巨大な剣を振り回し、自分より大きな相手に引けを取らないどころか、一方的に押す展開だけが続き、最後まで何もさせないまま意識を刈り取った。

 剣の腹で払い除けられた相手の体が壁に減り込む怪力は、充分に脅威だ。


 そしていよいよ、蓮の番が来た。


~いって来るね~

「「ご武運を」」


『さぁ、第一回戦もいよいよ大詰め! 最後の戦いは、白銀の王国キャメロニアの英雄にして黄金の帝国テーラ・アル・ジパング第一皇子! 邦牙ほうがぁぁぁ、れぇぇぇんんんっっっ!!!』


 会場は静まる事を知らない。

 観客席の熱気は、冷める事を知らない。

 だがそんな中、静寂を保ち、ここまで温度を保って来た席を、蓮はすぐに見つけた。


 アルフエ。ピノー。

 蓮の無事を祈り、両手を合わせる二人の姿を目に焼き付けた英雄は、目を閉じて祈る二人には見えない事を承知の上で、高々と拳を突き上げた。


『対するは、我が強国屈指のウォーリアー! 当闘技場の生きる伝説! ベアー・ナックル!!!』


 紹介を受けて入場ゲートから出て来たそれを見て、雪風は思わず噴き出した。

 膝を叩いて笑い、祈る二人の邪魔をしている事など意にも介さず笑い続けた。

 何せ相手は、


「ベアー・ナックル。通称、黒ボクサー。基本的に四足獣にカテゴライズされる熊でありながら、唯一、生まれてすぐに二足で立つ。その反射神経とステップは、まさにボクサーさながら。繰り出されるパンチは、岩をも砕く。過去に四メートル強の個体が村一つの人間を食い尽くした事件があったが……その時のサイズだぞ、あれは」


 全身真っ黒な巨大熊。

 動物は総じて、人間のように手ないし、足を握り締める事が難しいものだが、ベアー・ナックルの手は、まるでグローブでも嵌めているかのように巨大。そのまま真っ直ぐに繰り出されれば、巨大な肉塊と、先に付いた鋭利な爪の串刺しが待っている。

 普通の熊でさえ時速四十キロ強で走る中、ベアー・ナックルのフットワークは時速五〇キロにも届く。


「始め!」


 銅鑼が鳴ると同時に繰り出された巨大熊の巨拳。

 素人の目ではまず追えない速度で繰り出されるマッハパンチ。

 この手で幾人の戦士を叩きのめし、戦闘不能にして来たかなど、蓮には知る由もない。


 何せ蓮は、拳を受けていないのだから。


「――!」


 巨大熊さえ驚いていた。

 殴ったのは自分だ。襲い掛かったのは自分だ。

 なのに、何故自分が殴られている。何故自分が、殴り飛ばされる。

 繰り出したはずの拳は自分の鼻を押さえ、打ったはずの男は鼻を打ったのだろう拳を繰り出した状態で静止していた。


 血の気が増した熊の繰り出す猛ラッシュ。

 が、全て蓮には届かない。

 人間より精度を増す鼻で、耳で捉えるが、すぐに消えていなくなる。


 代わりに、見えない拳に打たれる。

 打たれて、打たれて、打たれ続けて、分厚い毛と皮、肉の装甲を貫いた衝撃が内部に響き渡り、熊は血を吐きながら背を地に付けて倒れた。


 果たして今、この場の誰が理解した。

 何人が理解出来た。

 英雄と呼ばれし青年が、巨大熊相手に何をしたのかを。


「舞鶴、隊長……」

「……わっかんね」

「はい?」


 まさかの返答に、シャナは年上である事も忘れて漏らしてしまった。

 が、仕方ない。王国最強を誇る剣士から、わからないなんて回答が返って来るなんて、思いもしなかったのだから。


「わからない? 舞鶴隊長、が……?」

「唐紅の剣筋はわかった。同じ剣士って生き物だからな。だけどありゃあ、まったく別の生き物だ。二足歩行の熊が、さっきまで化け物に見えてた熊が、手乗りサイズの小動物に見えてきちまった」


 戦意喪失。

 高い音の声で鳴きながら、無防備に腹を見せる様は、もう抗う意思が無い事を示す。

 蓮はそんな熊の腹を撫で回し、顎を撫で回し、頭を撫で回し、強国の生きる伝説を完全に懐柔させてしまったのだった。


「しょ、勝者! 邦牙蓮!!!」

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