聖杯の欠片
何やら訳アリのトーナメント。賞品が豪華なほど闇が深い
~拝啓、
母の件では、大変お世話になりました。
女王となってまだひと月足らず。私も毎日勉強を続けております。
蓮様はきっと、王国に限らず、帝国や他の国々からも頼られる英雄として、立派に活躍されている事でしょう。
私も負けてはいられません。
いずれまたお会いする事になった時、立派な姿を見せられるように。そして、貴方様の心に寄り添える様になるため、勉強に勤しみたいと思って頑張っています。
蓮様。
私は、貴方様をお慕い申し上げております。
いつしかまた再会出来る日を、お待ち申し上げております。~
「と、以上です……蓮さん?
~ごめん~
豊国の大騒動からひと月。
王国に帰った蓮と、彼女の上官バリスタン・
新たに獲得した
ので、完全に休んでいる訳ではない。
新たな力を獲得し、元々持ち得る力の一部を解放するに至った二人には、力をより正確に制御出来る事を求められていた。
「強国の第一から第四王子。また、第一、第二王女。また、国王ベルセルスス・クラウディウスより言付かっております。十日後に開かれるグラディエータ・トーナメントに、王国から一人、代表でこちらに参加させよ、と」
「さすがはクラウディウス王。招待でもなければお誘いでもなく、来いと命令されるとは」
姿を見せぬ王国の王は笑う。
しかし、話を聞いていた他の臣下や戦闘部隊長からしてみれば、王国が強国から下に見られている気しかしなくて、良い気分などまるで感じられなかった。
本来ならば、国の一大イベントに参加を頼まれるなど、国同士の親交を深めるのに最も効率が良く、後腐れない手段であるはずなのだが。
「大方、豊国の最終兵器の一部を身に宿した十番隊隊長が気になるのでしょうが……いいでしょう。ただし、こちらは帝国の第一皇子、邦牙蓮を出場者に推薦する」
「陛下! 王国の隊長ならいざ知らず、帝国の第一皇子を出すなど! それでは、王国が帝国の威を狩りて戦いに臨んだかのような図に――」
「ならないよ。帝国がしゃしゃり出て来るのなら話は別だけどね。それとも王国は、帝国さえも引き寄せる魅力的な優勝賞品でも、用意して下さっているのかな?」
使者は三人いたのだが、そのうちの一人が真ん中にいたリーダー格の男に何やら耳打ちする。
当然話の内容は聞こえなかったが、リーダーが大丈夫だと頷くと、たった一言に声を張り上げた。
「聖杯の欠片にございます」
周囲がザワつく。
王がどのような顔をしているのはわからなかったが、椅子の手すりを掴む手は若干力が入り、狼狽しているかのように感じられた。
最もその様を見れたのは、隊長格の中でも実力者とされる三人だけだったが。
ともかく聖杯の欠片と聞いて、狼狽しない者はいなかった。
狼狽しない数少ない人種が、その場に現れる。
「本当にそれは、聖杯の欠片ですか? 聖なる神の盃を偽ろうものなら、天罰が下りますよ」
「ピノーキオ・ダルラキオン……」
帝国が残していった贈り物。
英雄の片腕にして力の制御装置。
人形少女、ピノーキオ・ダルラキオン。
「蓮様の代わりに御使いに参ったのですが、どうやらピノーはとんでもない現場に居合わせてしまったようですね。聖杯と聞いて蓮様が動かぬ訳もなく、聖杯と聞いて、ピノーが蓮様に伝えぬ訳がありません」
「ではピノー。蓮くんにこの事を伝えてくれるかい? トーナメントは一週間後。移動を含めると四日後に出発になる。それまでに力の調整を完璧にしてくれ、とね」
「王様ぁ、俺も行っていいかなぁ」
隊長格の中でも、ひと際珍しい男が名乗り出た。
普段から国に常駐せず、他国間をフラフラと歩きまわる風来坊。
その代わり、様々な国のゴタゴタに巻き込まれ、解決して戻って来る。
通称、通りすがりの雪風。
そんな自由人だから、普段は副隊長の
「君が名乗り出るとは珍しいね、雪風。君が聖杯に興味を示すとは思わなかったけれど」
「聖杯に興味がないのは変わりませんよ。俺ぁ、豊国の生物兵器を退治した英雄と、そいつらに喧嘩を売る奴らに興味がある。俺の剣が疼く事も、あるかもしれませんし?」
(だから心配なんだよなぁ……)
その場にいた隊長らの意思は同じだった。
フラフラと一か所に留まらず歩き回るのは、彼に堪え性がないからだ。
何というか、落ち着きがない。
一か所に留まり続ける事が出来ない性格だから、何をしでかすかわからない。
一番隊が他の部隊と比べて少数精鋭なのは、彼が隊長格として成立する器の持ち主であると同時、彼が人を束ね、導く手腕を持たないからである。
実力だけは、王国随一なのだが。
「でも雪国が行くとなると、誰かもう一人、お目付け役が欲しいなぁ。蓮くんが行く以上、アルフエが行くのは当然として……
この時の王はわざとらしく周囲に聞かせていたが、誰かの立候補を待っていた訳ではなく、本気で迷っていた。
そも、一緒に行くと言い出したのが雪風でなければ、隊長格一人の引率で充分だったのに、まさかの問題児が立候補して来たものだから、したくもない選出をしなければならない状況だったのだ。
あまり強い隊長を行かせると、何かあった場合に対処出来なくなる。
用は戦力の問題だ。
蓮の存在は貴重だが、王国本来の防衛機構が万全に機能しなかった結果、最悪の事態に発展するなんて事態だけは避けねばなるまい。
「陛下!」
その場にいなかった隊長が、息を切らして走って来た。
口うるさい大臣らが色々と言って来たが、彼女は一瞥もくれずに陛下の御前へと走り、急ぎ片膝を突いて首を垂れた。
「
「シャナ……君、か」
戦力としては申し分ない。
欠けるのも痛いが、彼女の一族は元々強国の生まれ。向こうで役立つ場面も多い。
蓮と歳も近いし、アルフエとも仲が良いと聞く。
これ以上ない人選。
何故思い浮かばなかったのか、不思議なくらいに。
「では、君に任せようか。シャナ」
「は、はい! ありがとうございます!」
それがつい三日前の話。
今日から一週間後に、一行は強国へ向かう事となっていた。
ので、蓮はもちろん、蓮を護衛するため同行するアルフエにも、力の制御を求められている次第だったのである。
~ゆきかぜさんって、どんなひと?~
「舞鶴隊長ですか? 舞鶴隊長は……自由奔放と言いますか。自分勝手、と言いますか……自己中心的、と、言いますか……」
「ピノーの調査でも、舞鶴隊長の評判は良くないですね。良い部分が挙げられたとしても、戦闘力の面ばかりで、人格の面では否定的な部分が多かったです」
「あぁ……否定出来ないのが何とも歯痒い気分ですね……」
「一方で、シャナ隊長の方は戦闘力では未だ拙い部分もあるものの、人格面ではとても慕われており、かなりの人格者である事がわかりました」
「それは否定しません。シャナは私と同年代の若き隊長ですが、とても善良で素晴らしい人ですよ」
雪風の時と反応が明らかに違う。
シャナとアルフエが仲良さげに話している現場を見た事もあるから、きっと仲が良いのだろう事は察せられた。
そも、蓮は他の隊長らとは挨拶したものの、雪風とはまともに挨拶出来ていなくて、どういう人かわからなかった。
王国一の剣術使い。
聖剣と魔剣を握り締め、数多の戦場を駆け抜けた剣客と、色々と噂は聞いているのだが。どうにも出会う機会に恵まれない。
メンバーは蓮とアルフエ。シャナと雪風。そして蓮の補佐役に今回はピノーと、ステラ、コメットのシューティングスター姉妹メイドをも連れて行く事となった。
少数精鋭ながら、なかなかの大所帯とも言えなくない数。
まさかメイド二人まで行く事になるとは思わなかったので、二人は家を誇り塗れにしまいと、最近の二人は大忙しである。
蓮も何か手伝おうか、と思って頑張って自分の部屋を掃除しようとしたのだが――
「れ、蓮様!?」
「蓮様、一体……」
綺麗にしようと思ったら、逆に部屋が汚くなったという前例があったので、何もしないで下さいと言われてしまった次第である。
残念ながら、蓮には家事全般のスキルが皆無だった。
「しかし、聖杯の欠片ですか……何故強国は、それを賞品に大会なんて。色国軍きっての富国強兵国家である事は知っていますが、何か狙いがあるようにしか思えませんね……」
~だれかをおびきよせる、ため?~
「しかしそれだと、三二人という枠が小さいと思うのです……何より、トーナメントという形式も解せません……何が目的で、どうして聖杯の欠片を賞品という形とはいえ、誰かに手渡そうと思ったのか。当然、強国からも強い戦士が出て来る事でしょうが……」
~いけば、わかる。いかないと、ずっとわからない~
「そう、ですね……それしか、ないんですよね」
そうして一週間後。
蓮の姿は、闘技場に集められた三二人の一人としてあった。
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