自己否定の皮を被った自己肯定
従兄妹というよりは、妹という感覚だった。
自分とは一回り近く歳が離れていたし、赤ん坊の頃から知っているから、家族の中でも自分の子供に対する感覚と似通っていたのかもしれない。
彼女に恋人が出来たとなると品定めしてやろうという気にもなるし、酷い目に遭ったら慰めてやろうと思うし、何かあったら叱ってでも鼓舞してやろうと思う。
だから血縁としては少し遠い位置になるのかもしれないけれど、それでもやっぱり家族なんだな、とラチェット・ランナは思っていた。
▽ ▽ ▽
「ラチェット殿!」
「問題ない!」
そんな訳はない。
的確に急所を刺された。早急に止血しないと命に係わる。
が、どうやら優先すべきは応急処置ではないらしい。
目の前の気弱そうな男は、見た目から受ける印象よりずっと質の悪い能力を使うようだ。
ここで捕縛――最悪、殺すくらいしなければならない。
「
九つ存在する
さらに言えば、
無論、一族でなくとも同じ能力を持つ人間はいるだろうし、現れるだろう。
だが今や一族は絶滅したとさえ噂されている昨今、その能力者に会える可能性は本当に希少だった。
実際、ラチェットもこれが初めてである。
だから能力の詳細も噂程度にしか知らないが、もし噂通りなら、国王はまだ無事のはずだ。
「国王は――グァガラナート陛下はどこにやった。確か生きてる相手としか入れ替われない上に、入れ替わった相手を影武者本人が手に掛けることはしばらく出来ないはずだが」
「あぁぁ……やっぱり。僕の能力、認知度広すぎるんだよなぁ」
「質問に答えろ! 陛下をどこにやった!」
リンクドホルム・ボルンが狼の如く叫ぶと、国王の姿から元に戻った、やっぱり気弱そうな男がビクっ、と震える。
人を刺したことに関しては動じず、未だ血に濡れた短剣を握り締めている分、気持ちの悪い印象を受けた。
「答えぬというのなら……!」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って! 死んでないし殺してませんから! まぁ、その、今はどうなのかは知りませんけれど」
狼の俊敏性で、ボルンは跳び掛かる。
だが直後、男の姿が黒く染まって地面に吸い込まれ、次の瞬間にはボルンの背後で短剣を振り被っていた。
影武者は対象の身代わりになる能力だが、対象と同じ姿になれるだけではない。対象の身体的特徴を把握していれば、どこだろうと対象の影へと移動できる。
どこにいようとも身代わりになれるための能力だが、男はそれを奇襲のために使ってきた。
能力上、影に移動した相手を殺すことはしばらく出来ないものの、再起不能にしてしまえば、能力解除後に殺してしまえるのだから。
故に一定時間内に限られるが、彼は王を殺すことなく尋問、拷問することができ、能力の特性上、潜入も楽だったため、今日この日まで何事もなく、目的を果たすことが出来たのに。
――じゃあ、あぁ、最期の命令だ。王国の連中を一人、殺してこい。出来れば王国の英雄か、隊長クラスがいいなぁ
目的を果たし、情報を提供した自分に告げられたのは、自殺にも等しい命令。
希少な能力を持ってはいるが、だからといって戦闘が得意というわけでもない。相手の実力はわからないが、英雄なんて呼ばれてる人や隊長なんて立場を任されている人に勝てる自信は、男にはなかった。
それでも副隊長を刺すことが出来たのだから、褒めて欲しいとさえ思っていたのに。
「さぁ、陛下をどこにやった!」
背後から奇襲されたにも関わらず、ボルンの手は男の顔面を捉え、床に叩きつけていた。
狼の敏捷性を獲得している今の彼に、速度を上げる系統ではない能力者が奇襲したところで、その意味はほとんどないだろう。
影の中からの奇襲もまた、例外に漏れることはなかった。
「ボルン隊長! 気を付けろ! 奴は人相さえわかっていればどこにでも飛ぶ!」
「わかっている!」
(それは、他の誰にも触れられてないときに限られるんだよ、畜生……!)
頭蓋を砕かれんばかりの強い力で伏せられている今、言葉を発せられる余裕さえなく、能力の詳細を開示をするわけにもいかないので、強く歯を食いしばって痛みに耐える。
役目はすでに果たしているから、泣きたいくらいに嫌だが、後はもう殺されるだけだ。
そう、自分は。
「何――?!」
間一髪、突如迫り来た刃を躱す。
本当にギリギリもいいところで、危うく目玉を抉られるところだった。
今回は狼の鼻が利いてくれたことに若干の苛立ちを覚えつつ、退きながら状況を確認する。
敵は抑えていた。
刃は、敵の影から伸び出てきた。
仮に自由の身であっても、自分自身の身代わりなど出来るはずもない。
ならば刃が迫る理由は一つ――同じ能力を持つ人間が、男の影武者として飛んできたということだ。
「イーメル!」
「エイメル、兄さん……」
顔も背格好も瓜二つ。
影武者は変身能力も兼ね備えているものの、この状況で変身したところで意味はないだろう。
彼らの会話からしても、出てきた今の顔が当人のそれと見ていい。
「こいつら、双子――か……?」
目眩に襲われ、倒れまいと片膝を付く。
意識が薄れるほどの出血はまだしていないはず。だが段々と耳鳴りがしてきて、割れるほどの頭痛が襲って来る。朦朧とする意識の中、ラチェットは一つの結論に至った。
「ボルン、隊長……! あのナイフ、毒が塗られている! 気を付けろ!」
即効性はないようだが、命に係わらないようなものでもあるまい。
ナイフに毒が塗られているなら、塗っている当人が解毒剤を持ってないはずはないが、神出鬼没の相手を果たして捉えられるかどうか。
「エイメル兄さん、なんでここに……」
「お、おまえがここにいるって、聞かされて、いても立っても、いられなくって……」
双子揃って気弱なのは置いておくとして、双子揃って同じ能力者というのは珍しい。
能力の属性が家族で遺伝することはよくあるものの、系統まで同じというのはなかなかない。
興味の尽きない話題ではあるが、今はただただ厄介なだけだ。
単純計算で敵が二人に増えた上で、得物は毒ナイフ。
こちらは一人毒にやられ、実質、二対一の状態。しかも逃走を許せばまた第二、第三の被害者が出ないとも限らない。
そこまで思考が辿り着いたとき、ラチェットは奮い立った。
毒に侵された体を無理矢理起こし、大量の出血さえ意に介さず、自分を見て驚愕し、一歩引いている双子の敵を真っ直ぐに睨み返す。
ラチェットは考えてしまった。
もしも
「やらせるか……」
昔から、自分から友達を作ったり、自分から誰かに話しかけたりするのが苦手な子だった。
戦闘部隊に所属してからは、そんな自分を変えようと、頑張って他人に話しかける姿を見かけるようになった。
「やらせる、もんか……!」
そんな子が、同年代の男の子を異性として意識して、本人さえも気付き得ない勇気を振り絞って話しかけようとしている姿がどれだけ微笑ましく、どれだけ背中を押したくなったことか。
自分を卑下し、下に見る悪癖のある子が、自分自身をアピールしようと前進している姿がどれだけ嬉しかったことか。
そんな子にようやく宿った恋心が、もしも利用されるようなことがあれば、許すわけにはいかないし、その可能性があるのなら見過ごすわけにはいかない。
だってそうだろう――従兄妹という少し遠い関係ではあるものの、家族なのだから。
双子ならばわかるだろう。
弟を思い、馳せ参じたくらいならわかるだろう。
今の自分にそんな説教をする余力はないし、余裕もない。
もはや拘束も捕縛も考えない。何せそんな余裕がないからだ。
何より、ここで手加減して逃げられたりしたら意味がない。
余力はなく、余裕も奪われた。だからもう容赦もしない。
ここで――仕留める。
「悪いが、おまえら……ここで、眠ってけ」
「え、エイメル兄さん!」
「び、ビビるな! とりあえず凌げ!」
(やっぱりな!)
噂程度にしか聞いていなくとも、役立つ情報はあるものだ。
影武者の能力は、連続して使えない。
対象の影への移動も対象への変身も、一定のタイムラグが存在する。
ラグの長さは知らないが、一度使うと一定の時間使えないのは、どうやら確かなようだ。
王に変わっていた弟の方が、先程ボルンの背後を取るため、兄が弟の下へ駆けつけるために今使ったばかり。
言葉の雰囲気からして、次に使えるまでまだ時間が掛かるように聞こえる。
なら、それよりも速く仕留めるまでのこと――
「ボルン隊長! 国王陛下を探しに行ってくれ! こいつらは俺が任される!」
「しかし、貴殿には毒が!」
「こいつらの能力は厄介だ、ここで潰す! 俺の能力は少々荒っぽいし、状況も状況だ! 巻き添えにしない保証も出来ない! 頼む、行ってくれ!」
「……すまぬ!」
謝りたいのはこちらだ。
豊国の危機を救うため派遣されてきたというのに、私情を優先するのだから。
本当ならば彼らの能力を利用し、逆に敵に奇襲を掛けるなど手はあった。
だが今、ラチェット・ランナは王国が誇る戦闘部隊の副隊長としてではなく、彼女の従兄妹として敵を滅する選択をした。
国を思えば早計だが、家族を思えばこれ以上はない。
何せもうこの場しか、家族のために戦える機会はないのだから。
「に、兄さん! あの人行っちゃうよ!」
「だ、大丈夫だ! 俺達はここから出ることだけを考え――!?」
二人の意識が削がれたところで一気に肉薄。
首根を捕まえ、持ち上げる。
気弱な双子の兄弟二人。
敵として対峙するには余りにも可哀想だし、慈悲の念さえ湧かないでもないが、今のラチェットもまた、家族を思うからこそ命を賭す立場。
同情はする。が、容赦はしない。
気弱なのに命令されると泣きながらでも毒ナイフで人を刺せてしまう人間の方が、真っ直ぐ飛び掛かってくる敵より怖いのだ。
そんな奴らに家族を――ようやく前に進み出そうとし始めた妹同然の娘を脅かさせはしない。
「悪いが、死んでくれ」
「ひっ、ひぁぁっ!」
「放せ、放せぇっ!」
二本の毒ナイフが深く刺さる。
自己防衛のためなら人を刺すことに躊躇はない。
おそらく後で自分達を納得させ、後悔すらしないタイプだろう。
あれは正当防衛だったと、自分達の正当性を主張するばかりで、懺悔もせずに自分達は悪くないといつまでも言い続けるタイプ。
でなければ、気弱な人間が人を刺して、笑うことなどあり得ない。
「おまえ達のような、奴らを……俺の可愛い家族に、遭わせるわけにはいかないんだよ!」
首根を捕まえ、持ち上げたことで絞め殺すつもりだと思ったことだろう。
だから地面に足が着いた時点で、気が緩んだことだろう。
だが忘れている。
こちらはまだ、一度も能力を見せていないのだ。
それこそ、触れることで発揮する能力である場合、わざわざ絞殺など狙う必要すらない。
故に彼らの安堵は早計で、だからこそ油断し、隙が出来た。
凌げばいい。
凌ぐことだけ考えろ。
弱気な発言、態度、行動、一挙手一投足。
相手の動揺と同情を誘い、油断させる言動の裏には、自分達を如何に正当化し、自分達の言動が弱者によるせめてもの抵抗の結果だと思わせるためにある。
わかってしまうのだ。
本当に自分自身を否定することしかできない人間を、ずっと見てきたから。
自分達の言動を周囲に肯定させるための自己否定を続ける双子の姿は、余りにも滑稽に見える上、とてつもなく腹が立った。
弱者の抵抗ならば、命令されてしたことだと言えば、正当防衛ならば、誰かを危険に晒し、他人を装って人を襲い、正当防衛でも何度も人を襲うことが許されると思っている、考え方そのものが。
「ボルン隊長に言っただろ? 俺の能力は、荒っぽいんだ……!」
「ま、待て、待って!」
「せ、せめて――」
「「こいつはいいから僕だけでも助けてくれ!!」」
わざわざ弟を救うため、駆けつけた兄。
兄と共に敵地から逃走しようと、足掻く弟。
涙を誘う情景であったのに、化けの皮が剥がれた。
互いに自分が助かるためなら、最終的には同じ顔で生まれた兄弟でさえも差しだすつもりだった、黒い胸の内側が。
「爆ぜろ」
触れている対象を爆破する能力。
爆発規模は触れている物の体積によって変わり、余りにも巨大過ぎる物は爆破できない。
今まで人間を爆破するだなんてしたことはないし、アルフエに言ったら絶対に軽蔑されるからやろうとも考えなかったが、死に際に立った人間ほど、怖いものはない。
直後、爆弾に変えられた双子の悲鳴も空しく、橙色の炎が豊国の王の間を爆破した。
鼓膜を劈く爆発音が、アルフエの鼓膜を劈き響く。
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