無能は自信過剰 無自覚は自信過失
バリスタン・
気を失った瞬間は
起きた時、突如襲ってきた眠気の正体を思い出したからである。
起きてまず周囲を見渡し、他の皆が自分と同じように横たわって寝息を立てていたから、アルフエは丁度目の前で誰かをベッドに運んでいる英雄に、安堵と訴える意味合いの双方を籠めて吐息を漏らした。
「
~ごめんね~
▽ ▽ ▽
「……間違いない。この方は豊国の第二王女、ラヴィリア・ベインレルルク様だ」
ベヒドス・マントン。リンクドホルム・ボルンの二人が確認した。
暗がりの地下の牢獄から、煤と埃で汚れた王女らしからぬ姿で連れて来られた少女は、紛れもなく此度の戦争の引き金になった第二王女――ラヴィリアであると。
ティエルティ・ベルベットに体と髪、尻尾とを丁寧に洗ってもらい、安心したようにベッドで眠るラヴィリアは、なるほど世界屈指の美しさの持ち主と呼ばれても過言ではない。
彼女を
もっとも蓮が彼女を連れ出すため、一瞬だけとはいえ、力を豊国全土に解き放ったから、王城の誰も見ていないだろうが。
だが今はそんなことは問題ではない。
問題は、王女が城の地下に閉じ込められていたという事実だ。
「ベヒドス隊長……私は、王に問わねばなりませぬ」
「落ち着け、ボルン」
「これが落ち着いていられる状況でしょうか?! 我々も長い間、ずっと王女の行方を追っておりました! しかし灯台下暗しもいいところだ! そしてこの事態を、王が存じ上げぬとは思えませぬ!」
ボルンが初めて声を荒げる。
王女がずっと暗い地下に閉じ込められていたことに気付けなかった自分に対して怒り、理由によっては王に対しても、怒りをぶちまけるつもりだろう。
彼がそれほどまでにずっと、王女のことを探し続けていたのだ。
だがこの事態は、ボルンでなくとも憤慨はする。
例え反乱軍から彼女を護るためだったとしても、罪人以上の扱いがされていたことには変わりはない。
ましてや助けて、と泣きつくほど辛かった彼女の同意があるはずもなく、煤と埃で汚れるまで幽閉したことは、過保護をも超えた罪である。
王に対して問い詰めたい気持ちは、この場にいる誰もが同じ気持ちだ。
それでも、ベヒドスは落ち着けとボルンを宥める。
「闇雲に王女の存在を明るみにしても、こちらは混乱の最中、攻め入ってくる反乱軍を、迎え撃たねば、ならん。そうなれば、被害は甚大。王を問い質す場をしかと設け、国王軍の誰もが、正確な情報を、共有できるように、しなければならん」
「しかし――!」
「怒鳴りたいのは、おまえだけだと思うな、ボルン」
「……失礼、しました」
ベヒドスとて怒っているのは、わざわざ見上げなくとも声音でわかる。
深く腹に響くような声には、静かに燃える憤りと、事態を把握しきれないことに対しての焦燥とが見え隠れしていた。
それでも平静を保てている度胸の強さがあってこそ、彼は王国軍の防衛隊長の座を任されているのだろう。
アルフエはこのとき、自分達王国の戦闘部隊最強を誇る、一番隊の隊長を思い出した。
実力は折り紙付き。誰もが認める最強の座にいながら、いつもフラフラとどこかへ行ってしまう自由人。
その人と比べると、ベヒドスという人は真面目過ぎるかもしれないが、アルフエ個人の性には合っていた。
この短い間にも、彼は彼の人となりを充分に見せている。
正体が掴めないというのは、敵はもちろん味方にとっても怖いことだ。
だからこそ、皆が蓮を怖がるのだろうことを、アルフエは知っている。
彼はただ優し過ぎて、優しすぎるからやり過ぎるだけだ。自分に対して打つ鞭が、強過ぎるだけなのだ。持ちうる力が強大過ぎて、声も文字も使えないから、怖く感じるだけなのだ。
彼の本心は、いつも彼の行動にある。
このときだって、そうだった。
「行か、ないで……」
ラヴィリアが上着の裾を掴まなければ、蓮は外へ出ていただろう。
そして蓮が気付かなければ、他の皆も気付けなかった。凄まじい速度で迫り来る力の塊を。
「ベヒドス隊長!」
「ボルン。皆に警戒を強めさせろ。すまないが、白銀の英雄殿はここにて王女の護衛を頼まれて欲しい。その方が、王女も安心なされるようだ」
蓮が頷くと、ベヒドスは今までの言動からは予想できなかった速度で部屋を飛び出し、その速度のまま外へ飛び出した。
三〇メートル以上の高さから飛び降りて、両足で着地した彼を中心に大きな窪みができる。
外を巡回していた兵士らでさえ驚いたものの、ベヒドスが飛び降りて来たのだとなると巨大な背中を見て外敵の存在を察し、すぐさま守備陣形を整え始めた。
数分遅れて、アルフエとラチェット・ランナ、ボルンの三人もバルコニーへ。
王城へと真っ直ぐ迫り来る脅威を、その目でしかと捉える。
「な、なんですかあれ……?!」
「おそらくだが、アクアパッツァの能力で生まれた怪物だ! にしても噂で聞いてた以上に気持ち悪いな!」
右二つ、左三つ並んだ、目蓋のない目を見開き、四本の右腕と二本の足とで激走してくる半魚人のような怪物が、大木を次々と体当たりで突き破りながら迫り来ていた。
遠目で見た程度だが、ベヒドスと同じかそれ以上の大きさだ。アルフエら平均身長程度の人間からしてみれば、ただの体当たりでさえ即死しかねない威力だろう。
「アルフエ、俺達も加勢しに行くぞ!」
「は、はい――」
「その必要はありませぬ」
ボルンが静かに諌める。
先ほどまで憤慨し、興奮していたところを諌められていた影はなく、今はとても冷静かつ平静。むしろベヒドスが出たことで、安堵さえしている様子さえあった。
「聞いたところ、アクアパッツァの作るモンスターは、異形ながら能力は有していないとのこと。力だけの輩など、ベヒドス隊長には遠く及びませぬ」
異形の怪物が、ベヒドスの目にも捉えられる距離まで迫って来た。
砲撃準備をしていた兵士らに、ベヒドス自身が手を出し、待てと合図を送る。
直後、大地を震わす重量感を感じさせながら、肩で風を切り、ベヒドスは走る。最中、ベヒドスの体がみるみる変形――基、変身していった。
「
元々見上げるほどの巨躯であったベヒドスの体が、さらに巨大に膨れ上がる。
弧を描くように太く長い牙が肩から生え、大地を踏み締める両脚が肥大化しながら変形。
より重量感を増したベヒドスの突進が踏み出す一歩が大地を割り、王城にいるアルフエらがわずかにでも感じられる震動を生み出す。
だがそれだけではなかった。
さらにベヒドスの体が巨大になっていく――いや、巨大な体が、何かに覆われていく。
より大きく、より重く、より硬く――体を覆うのは、鈍重な岩石。
「ベヒドス隊長は、二つの能力を操られる二重能力者。そして、おそらく世界でもっとも重く、巨大になられる能力者です。あの方に、肉弾戦で負けはない」
元よりマンモスという巨大な生物になる上、体毛を岩石に変える能力を持つベヒドスの体重は、半人半獣の状態でも三トンを超える。
そして、その巨体と超重量と呼んで過言ではない体重からは想像もできない速度での突進は、かつて豊国を進撃してきた鋼鉄の
故に、ただ突っ込むしか能のない生物に、彼が負ける道理はない。
「“
風穴を開ける――どころではない。
巨岩の鎧をまとった超重量の突進は、異形の怪物を跡形もなく粉砕した。
砕け散った怪物の破片が気化して消えると、王城を護る兵士らが勝鬨を上げた。
「さすがベヒドス隊長!」
「我ら豊国最強の戦士!」
士気上がる王城にいて一人、アルフエは言葉を失っていた。
王国にも一人、
その人もかなりのパワータイプで、膂力においては一三人の隊長の中でも群を抜いていて、例えば握力では握力測定機器で測れず、破壊してしまうらしい。
文明と知恵とで生き抜いてきた人間とは違い、動物は自然界で生き抜くために多くの特性と能力を得てきた。それらを体得し、使役出来るのはとても強い。
多くの武器を有していても、動物に殺されることなど珍しくない話だ。
すべての
「アルフエ、悪い癖が出てるぞ。自分を卑下する理由を、あれこれ見つけるな。隊長がそんなんじゃ、この先信用を失う」
「……はい」
従兄妹としての指導が入る。
アルフエが自己評価の低い人間であることは、親族であるので知っている。
副隊長の役目は主に隊長の補佐であるが、ラチェットの場合は隊長の精神面までサポートせなばならず、他の隊からしてみれば、不甲斐ない隊長だと見られている節もあった。
アルフエが隊長であることを公表してないのは、国民からの声を避けるためだ。今のアルフエを見て、国民からどれだけの不安が聞こえるかなど目に見えている。
そんなアルフエがここ最近明るくなったと聞いて、ラチェットも安心し始めていたのだが、どうにも、まだまだ不安要素は尽きない。
他人のいいところや利点はすぐに見つけ出せるのに、自分に関しては否定から入る根っからの自己否定型人間。
生まれ持った才能も美貌も誇ることなく、自分を否定し続けることの空しさに早く気付いて欲しいものの、ラチェットの願いは未だ叶わぬままだ。
「しかし、何故アクアパッツァのモンスターが……しかも一体だけだなんて」
「
「しかしそれなら、もっと数を寄越してもよかったはずです。反乱軍も、ベヒドス隊長の能力と強さは知っておられるはず。たった一体化け物を寄越したところで、打ち破られることは目に見えているのに――」
「……囮?」
やはりアルフエは、自分が卑下するだけの人間ではない。
自己否定の最中でも、ちゃんと、しかも他の人より頭は回る。
「今の奇襲がもしも囮で、本命は別件だとしたら……ラチェットさん!」
「あぁ、王女様のところにだな!」
「いえ、王様の方へ向かってください!」
「何?!」
「第二王女の側には蓮さんとティエルティさんがいます! それよりも今、王城の警備のために王自身に対する警備が甘くなっているはずです!」
「わかった!」
そう、やれば出来るのだ。
出来るだけの実力はあるし、才能もあるし、頭だって回る。
本当に無能なら誰も隊長になんか推さないし、誰も彼女に信頼など置かなかった。
だけど彼女はただ自覚していないだけで、知らないだけで、彼女にはそれだけのものが眠っていることを知っているから、信じられる。
彼女の判断がもしもミスだったとしても、次に巻き返してくれると信じているから、ラチェットは走れた。
「ラチェット殿! 私も行く! 王はかなりのご高齢だ! 動かすにも人手がいるだろう!」
「すまない!」
ボルンと共にラチェットは走る。
衛兵らに聞き、王のいる王座の間へと駆けつけると、グァガラナート・ベインレルルクが王座に座ったままグッタリと項垂れていた。
最悪の事態を想定して、二人で駆け寄る。
「グァガラナート陛下! 陛下、しっかりなさってください!」
項垂れる王の状態を起こそうと腹部を触ったとき、ラチェットは腹に湿り気があることに気付く。黒い衣装で気付かなかったものの、手に着いたそれはすでに酸化して変色し始めている血液だった。
「ボルン隊長! 早く医務室に!」
「あぁ!」
このとき、ボルンは焦燥に駆られたが故に気付けなかった。気付くのが遅れてしまった。
半人半獣状態の今ならば、その能力を駆使して、すぐさま気付けるはずだった。
だが目の前に項垂れる王。腹部の血液。
彼の不安を助長させ、焦燥を掻き立てる要素がこれでもかと目の前にあって、冷静と平静を保つのは限りなく難しい。
敵の――帝国側の作戦が、成功したということであった。
「ラチェット殿! 離れろ!」
「――?!」
唯一、彼らの作戦で失敗した部分があるとすれば、アルフエや蓮と言った大物を仕留めるには至らなかったということか。
だが王に変じていた彼の刃は、逃げ遅れたラチェットの側腹部を貫いた。
「や、や……やっちゃった……」
奇襲をするには実に弱弱しそうな青年の声が、老齢であるはずの王から聞こえた瞬間、ラチェットは作られた血糊の海に、本物の血溜まりを広げて、背中から崩れ落ちた。
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