一挙に紹介されても大体一発では憶えられない

 豊国革命軍が要請し、帝国より来た援軍の騎士は全五〇人弱。

 その中でも名のある実力者は、歴史的性犯罪者、アクアパッツァを含めて六名おり、そのうちの一人、死告騎士ペイルライダー神呉永遥かみぐれはるかが戻ってきたとき、アクアパッツァを除く他四人が、集結していた。

 実に、一週間ぶりの全員集合である。


「ただいま戻りました」

「か、神呉さん! お疲れ様でした!」


 黄金の帝国テーラ・アル・ジパング一三騎士団、第一団体副団長、天王寺天音てんのうじあまね


 アクアパッツァを除き、唯一騎士団に所属していない神呉に対しても、彼女は敬語だ。

 年下ということもあるが、死告騎士ペイルライダーと呼ばれるだけの実力に尊敬の念を抱いているというのも大きい。

 神呉の実力は一三騎士団の中で比較しても、騎士団長に相当しないとも言い切れない。

 副団長クラスで一番の実力者である天音から見ても、神呉は充分に尊敬の対象であり、敬意を払う人だった。


 実際に異名の通り、一国を滅ぼすというだけの力を持った彼女を、皇族の世話係程度に収めておくのはもったいないのでは、という声も少なくない。

 だが本人は頑なに世話係から離れず、無理強いすれば殺されそうなので、誰も強くは言い切れないという現状である。

 なので正直に言って、他三人の団員らは気後れさえしていた。


 第一団体団長にして、騎士団総団長、飛沫夏奈しぶきかなより直々に指名されたことは、彼女に実力を認められたことを意味する。

 見事仕事を果たせば、今後の昇進も夢じゃない。

 己の持ちうる実力で這いあがり、成り上がる。戦士としてこれ以上ない至福。だから張り切っていたのに、彼女がいるだなんて聞いてない。


 何より、あの狂った強姦魔。

 子供という子供を凌辱し、腰を振るだけの無能かと思っていたが冗談じゃない。死告騎士ペイルライダーにも劣らぬ怪物だ。

 実際、奴の言動に腹を立てた騎士が十人がかりで挑み、あっけなく死んだ。

 それまでずっとただの犯罪者で、これ以上ない変態だとしか思っていなかったが、奴の能力を見た瞬間、その見解は一八〇度変わった。


 天王寺天音。

 死告騎士ペイルライダー、神呉永遥。

 そして、アクアパッツァ。


 こんな化け物らと一緒にいたら、自分達の命の方が危ういのではないか。

 団員らの顔色は常に、緊張状態で染まっていた。


「感じましたでしょうか、先程の力……」

「は、はい。きっとれん様ですね」


 細菌を操る能力者とは言っても、神呉の目は細菌を捉えられているわけではない。

 細菌の気配とでも言うべきか、細菌を操る神呉にはそれが感じ取れる。

 そして今、豊国に散布した細菌の動きが重く、鈍くなっているのを、神呉は感じていた。


 蓮のEエレメントは全生物の力を奪い、眠りへと誘う。故に、永眠の蓮。


 先ほど一瞬だが、豊国全土に蓮のEエレメントが解き放たれたのを感知している。

 細菌とて一種の生物。

 眠気はないかもしれないが、それでもエネルギーを奪われ、繁殖、感染、培養、と、死告騎士ペイルライダーとしての能力の大半を奪われた。

 ずっとではないだろうが、感じたEエレメントの強さから、細菌程度の小さな生物では数日はまともな活動ができないだろう。


「さすがは蓮様です。対処法がわかっても、一国全土に力を届かせるなど誰にでも出来ることではありません」

「力を全部開放した蓮様なら、もしかして星の半分くらいは眠らせてしまうかもとらん様が言ってましたが……じょ、冗談に聞こえなくなってきました」


 ただし天音としては星半分どころか、星の裏側にまで届くのではないかとさえ思っていた。

 細菌の動きを数日間鈍くするだけでも、一国全土に届くほどの規模。人にはほとんど害を与えない緻密なコントロール技術。

 これだけの技能と力があれば星全土の人間を眠らせるどころか、星の裏側のたった一人を眠らせることさえ可能なのではないかとさえ想起させる。


 力を完全解放した状態の蓮と対面、対峙したことがないため想像の域を出ないが、今までに経験がないからこそ想像してしまって怖かった。


 が、今は完全に解放されてはいない。

 だからといって手強い相手に変わりないし、油断ならない相手に違いないが、それでも今の蓮相手なら絶対に敵わない相手ではない。勝機は、微かながらある。


「とにかく、細菌汚染にて国王軍を降伏させる作戦は、しばらく使えそうにありませんね。問題の王女の行方は未だ掴めませんし……実力行使に移るしかないかと、愚考しますが」

「愚行だなんて、とんでもありません。蓮様がこうも力を大きく使われるだなんて、私も想定していませんでしたから……ですが、。なるだけ王城を攻撃しないようにしたいですが――エイメルさん、お願いしてもいいですか?」


 一三騎士団、第一団体所属。エイメル・ソロ。

 豊国に来てからずっとアクアパッツァの狂行に怯えていて、能力と実力は伴っているものの、周囲と比べると内向的な性格が目立つ青年である。


 副団長の天音とそこまで差はないものの、年下の天音に呼ばれてビクリと体を震わせる姿には、とても強そうだなんてイメージはない。

 むしろ今の流れで名前を呼ばれて、「僕がやるんですか」とさえ言いたそうな不安げな表情で、青ざめていた。


「あなたの能力は対人戦闘向きですし、周囲に余計な被害を与えないで済むかと。蓮様や向こうの戦闘部隊と交戦する必要はありません。国王を尋問して、王女の居場所を吐かせればいいのですから」

「だ、だけど僕は神呉さんのように隠密行動だとか侵入に長けた能力者ではないですし……尋問とかではなく、本当に、その、仰られたように対人戦闘向きというか、その……」


 なんとか断る理由を模索しているのが見え見えだ。

 アクアパッツァや神呉が余程怖いのだと思われる。

 まぁ二人よりも、ずっと怪物じみた強さを持つ目の前の少女の方が、ずっと怖いのだろうが。それでも帝国の騎士団員としての覇気は、もはや感じられない。


 彼の先輩に当たる一三騎士団、第一団体所属の畦野上数珠丸あぜのがみじゅずまるは、後輩の情けない姿を見て吐息を漏らす。

 実際、アクアパッツァの言動の狂いっぷりには驚かされたものの、ここで怖気づいて引く姿勢を見せてしまうと、相手に付け入る隙を与える。

 子供を犯すしか能のない犯罪者だが、実力は折り紙付き。せめてこちらが優位であることを示さねばならないのだが――今のところ、エイメルは数珠丸の言うところの、付け入る隙となっていた。


(我が後輩ながら情けない……帝国の騎士たる者、怯えていようとも見せぬものだと、あれほど教えたのだが、久し振りに次元の異なる強者を見て腰が抜けたか、まったく。これなら三途さんずの方がまだマシだな)


 一三騎士団第一団体所属、三途ガイア。


 周囲に構うことなくずっと貧乏ゆすりしているものの、恐怖しているからではなく、豊国の煙草が口に合わず持ってきていた煙草も切らしてしまったために、イライラしているだけだ。

 彼はいわゆるヘビースモーカー。いつ禁断症状が起きるか、わかったものじゃない。


 ただガイアを選んだ夏奈も、団員の事情はわかっているはず。

 実際、総団長も務める彼女は他の団員の性格まで、大まかにだけでも把握するような人だ。故にガイアのヘビースモーカーも、煙草が途中で切れることも織り込み済みのはず。

 だとすれば、これの暴走も織り込み済みというわけで、心配の必要はないのだろう。まぁ現場にいる身としては、いつこれが暴走するか気が気でないのだが。


「だけどエイメルさん……」


 と、肝心のエイメルは往生際の悪いことに、まだ渋っているらしい。

 さすがにこれ以上は副団長にも迷惑だ。殴ってでも脅してでも行かせるか――と、数珠丸が動こうとしたときだった。


「あぁ、あ? 何やら、揉めていらっしゃる? なんでなんでなんでぇえ? 俺の天音ちゃんを、なんで困らせてるんだおまえぇぇええ?!」


 タイミングとしては最悪。

 何故今の今まで淫行に耽っていたアクアパッツァが戻って来たのか、皆目見当もつかない。

 だがどうやら、気分はいいらしい。いつもヘラヘラ笑っているが、今はより一層気色悪い笑顔で笑っている。


「あぁまぁねぇちゃぁぁあん! 死告騎士ペイルライダー細菌ウイルステロはどうなった? ん? どうなったぁあ!?」

「それが、蓮様の能力で抑制されてしまって、しばらく機能しない状態です。なんとか国王陛下と交渉したいのですが……」

「あぁ、あ? あぁあぁ、わかったわかった。つまりぃ、交渉材料? が、あればいいんだろぉお?!」


 と、アクアパッツァの腹が膨張する。

 腹にいた何かはアクアパッツァの食堂を通り、アクアパッツァの口の中から這い出てきた。

 見ていておぞましく、吐き気さえ誘う光景から生れ出たそれも、見るからに気色悪く、気持ちの悪い異形の怪物。


 右は二つ、左は三つ並んだ目には目蓋が無く、左腕がない代わりに右腕が四つもある。顔の形は魚のようだが、人間と同じ脚もあり、半魚人と言った方が表現としては近いか。

 そんななんとも言えない化け物がアクアパッツァの口の中から這い出てきたと思えば、みるみるうちにその形のまま肥大化。

 右腕四本分の重さで傾いた自重を腕一本で支えるまでに巨大化していった怪物は、生物とは思えない阿鼻叫喚で泣き叫び、自重を支える二本の腕と脚で跳ねるようにして、アジトの洞窟を飛び出していった。


「あぁ、あ! あれが暴れれば少しは交渉材料になるんじゃ、ねぇえのっ?!」

「だ、大丈夫なのですか? 今の……」

「大丈夫、大ジョブ! ――たぁぶぅ……ん?」


 アクアパッツァ。最悪の犯罪者にして最悪の能力者。


 Eエレメントサモン系統タイプ異形怪物モンスター。ただしアクアパッツァの召喚能力は、他の召喚と比べるとかなり異質で、奴は召喚獣を作る。

 そして材料は、


 原理は知らないが、アクアパッツァは淫行に淫行を重ねて少女達に植え付けた受精卵を取り出し、自身の中に取り込んでから、Eエレメントによってそれを媒介に生み出して使役する。召喚とも言い難い特殊過ぎる能力。

 しかも生まれてくる召喚獣の姿がこれ以上なく気持ち悪いものばかりなので、見ていて不愉快極まりない。


「ま、大丈夫じゃあないのぉ、おっ? もしあれが王様殺すのを王国が許したら、あいつら、その程度ってことだろ?」


 アクアパッツァの猟奇的な笑顔を浮かべる口から生まれた、狂気の怪物が王城へ走る。

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