大地讃頌

増援は一歩遅れて、半歩間に合ってやって来る

 ベインレルルク王城、王座の間を完全に倒壊させた爆発は、帝国陣営の皆にも見えていた。


 遠くから確認できるほど大きな爆破の規模と、連絡が完全に途絶したことから、エイメル、イーメル兄弟の生存は絶望的であり、生還はあり得ないと結論付けられた。


 仕事であった王の始末を完了したのか否かの報告がされずに死んだことは、彼ら兄弟の最大にして最期の汚点。

 故に非情なくらいに誰も彼らの死を弔うことをせず、次の手を考えていた。

 王の死の有無によって、予定していた今後の動きに大きな違いがあったからである。


「連絡は試みているのですよね」

「はっ! ですが一向に繋がる気配なく、完全に通信端末が破壊されていると思われます!」


 兄弟の能力では、王座を爆破して倒壊させるなど出来はしない。

 王国側の誰かの能力なのだろうが、狙ってやったなら王は無事と見るべきだが、規模からして、そして王座を壊滅させる理由もないことから、追い詰められての自爆と考えるのが妥当。

 だから王の生死が判断できず、今後の方針が定まらない。


「ところで、神呉かみぐれさんはどこへ?」


 死告騎士ペイルライダー、神呉永遥はるかの姿が見えない。

 王城の爆破を確認して以降誰も見ていないようで、帝国騎士団の誰もが答えられない。

 静寂の中、禁煙状態の三途さんずガイアの貧乏ゆすりが酷く大きく聞こえて、その場にいた騎士団員の緊張感を煽る。


「あの女のことです。また何か仕掛けに言っているのでは」


 周囲のためにフォローは入れたが、畦野上あぜのがみ数珠丸じゅずまるは実際、死告騎士ペイルライダーたる彼女のことを信用していなかった。


 帝国騎士団の団員でないにも関わらず、此度の豊国制圧作戦に参加させられていることもそうだし、行動の一つ一つに疑問を感じてならない。

 何故わざわざ皇子と対峙し、自分の存在を相手側に教えるような真似をしたのか。

 何故来てすぐに、細菌を豊国全土にばら撒かなかったのか。

 自分をよく知る皇子を暗殺し、暗黙のうちに細菌で脅せば終わったはず。なのにそうしなかった彼女を信じ切ることは、彼には出来なかったのだった。


「そうですね。神呉さんは集団よりも単独で動かれた方がいいでしょうし、無理をなさる方でもありませんでしょうから、大丈夫でしょう。今はそれよりも、次の手をどうするかですが……」

「次の手なんて決まってるじゃあねぇか、なぁ? 天音あまねちゃん?」


 肩を組まれる天王寺てんのうじ天音が、まったく動じていないことに周囲が驚いた。

 何せ肩を組むアクアパッツァの口からは、天音と同じくらいの大きさの腕が這い出てきて、甲についている目玉がギョロリと、周囲を見回しているのだから。


「あいつらの現状がぁ、わからないのならぁぁ、行動を限定させてやればいいんじゃねぇえ?」


 アクアパッツァはまた、化け物を吐き出す。だが今度は一体ではない。


 二体、三体――先ほど陽動のために作り出した馬鹿でかいのではなく、成長しても人と同じサイズ程度の小型のを大量に口から生み出す。

 その様はとても見ていられるようなものでなく、誰もが目を背けていた。


 結果、全員に目を背けられながら、アクアパッツァは二〇近い怪物を生み出した。

 すべてが異形の、人のサイズに収められながら、人とはかけ離れた怪物である。


 大量に生んだせいなのか、外れた顎を自ら嵌めて治したアクアパッツァは、涎で汚れた顔を拭いながら、凝ったかのように首を揉み始めた。


「これで今? 作れるぜぇんぶ。こいつらでさぁ! 陽動仕掛けてさぁ! 仕掛けてさぁ! あいつらおびき出してやろうぜぇぇ!!! あっはぁっはっはぁぁああ!!!」


 止めるにもすでに遅い。

 モンスターらは一斉に飛び出し、行ってしまった。


 あれだけの数。相手にこちらの位置を悟られてしまうだろうが、そんなことも考え付かないただの馬鹿なのか、それとも迎え撃つ用意があるのか。

 いずれにせよ、もう彼に反論したところで遅いし、反論できる勇気もない。


 強さ以前に、頭の螺子が外れた奴の言動に対して反論することが、バカバカしく感じてしまってしょうがなかった。

 もしも彼の馬鹿さ加減に飽き飽きしたというのなら、数珠丸でさえ怒りこそするものの、死告騎士ペイルライダーが離れた理由にするなら、理解できてしまえるほどだ。


「じゃぁあ? 俺はまた卵の補充に行ってくるからさぁぁ、あとっ、よろしくねぇぇええ?! あぁぁはははは!!!」

「……あいつ、本当に状況を理解できているのか?」


  ▽  ▽  ▽


 王座の間へと続く道は完全に倒壊し、行くことが出来ない。

 しかしもはや行く必要もなく、そこから見えるだけでも王座の間は完全に倒壊。仮に生き埋めになっていたとしても、すでに三〇分近く経過しているこの状況で、生存確率は絶望的なほどに低いだろう。


 従兄妹の死がこれ以上ない絶望感と質量を伴って、駆けつけたアルフエの膝を崩す。

 項垂れ、倒れまいと自身を支える腕が震えて、肩へと伝達し、顎にまで移り、ガタガタと歯を鳴らしながら必死に泣くまいと堪えるが、涙までは止められなかった。


 ポタポタと涙が零れ落ちて、絨毯に染みていく光景さえ潤んで、見えなくなっていくアルフエの隣に、邦牙ほうがれんは立ち尽くす。


 彼が何も喋れぬことは知っているが、今までのように頭を撫でるなりと慰めてくれていたのに、いつまで経ってもそれがない。

 理不尽かつ身勝手であるが、何故今だけは慰めてくれないのとさえ思ったアルフエが見上げてみたものは、無であった。


 立て続けに仲間を失った寂寥も、仲間を殺された憤慨も、それらと相反する空しさも、すべてを一緒くたにしたかのような、他者からは断定できない表情で瓦礫の山を見つめていた。


――あの方は、力と共に感情をもセーブしておられます


――気を付けてください。お優しい方ほど、怒りに身を委ねたときに恐ろしいですから


 感情の爆発、一歩手前。

 体の中で巡るEエレメントが静かに、内で巡る感情で震え、大気に伝わって震動させ、瓦礫をも揺らして亀裂を入れる。


 このままではいけないと、アルフエは咄嗟に蓮の袖を掴み、腕を捕まえて意識を逸らす。

 アルフエが首を横に振り、やめるよう無言で訴えるのを見た蓮は、荒ぶっていたEエレメントを鎮めて静かに息を吐き尽くす。

 同時に何か言いそうでもあったが、結局何も言わなかった。


「そういえば――」


 蓮に懐いていたラヴィリア王女の居場所を訊こうとしたが、必要なかった。

 今更になって、蓮の羽織っている上着の裾を掴んで、後ろにいる彼女に気付いた。

 不安の現れなのか、頭頂部にある耳は垂れ、三つの尾は彼女自身を守るように体に巻き付いている。


「ラヴィリア王女……不安はお察ししますが、危険ですのでなるだけお部屋から出ないで頂けますでしょうか」

「……ごめんなさい」

「いえ、わかって頂ければ――」


 アルフエは、言葉を奪われた。

 彼女の目から大粒の涙が零れ出したことも、俯いたと思えば両膝をついて、深々と頭を下げて、いわゆる土下座をしたことにも。

 唐突ながら緩やかで、途中でやめさせることは充分に出来たはずなのに、彼女が頭を地面にこすり付けるようにして下げるまで、アルフエは止めることが出来なかった。


 遅れて、一国の王族に土下座させているというとんでもない事態に気付いて、慌ててやめさせようと思ったのだが、やめ方がわからないし、何より隣にいる蓮が止めようとしなかった。

 同じ王族として理解できるのか、アルフエが止めようとすると手を出して、むしろアルフエを止める素振りさえ見せる。


「私共の争いに巻き込み……剰え、多くの御仲間の命を散らしてしまったこと、誠、申し訳ございません……」

「そんな、頭をお上げください!」

「ですが、私は今、この手に何も持っておらず……頭を下げることしか、お詫びする術を、持ちません……なので、どうか、頭を下げる無礼を、お許しください……」


 こんな人が、果たして殺人など出来るのだろうか。

 もしも一時的な感情で突発的にやってしまったとしても、彼女ならば素直に罪を認め、罰を受けることだろう。

 このような戦いに至ることは、なかったはずだ。


 アルフエは自分自身を卑下することの多い人間だが、馬鹿ではない。

 ましてや戦場における命乞い。その場をやり過ごすための涙と虚言を幾度も見てきた経験から、哀しいことに、涙の真実の意味を見切る術は心得てしまって、嘘だったときに対処しなければならないのが心苦しいばかりだった。


 だが今、初めてこの見切る力に感謝した。

 王女の流す大粒の涙の一滴一滴を見て、ラヴィリア・ベインレルルクという女性を、少し理解できた気がしたからだ。

 反乱軍が彼女の無実を訴え、取り戻そうとする理由がわかった気がしたからだ。


「顔を上げて下さい、ラヴィリア王女。そのお言葉が、彼らへの追悼の言葉となりましょう。何より、私も貴女様のため、そして彼らの弔いのために、今、武器を振るう覚悟が決まりました。だから、お話頂けますか? この戦いに至るまでのすべてを」

「それは、私が、話しましょう……」


 声の方を振り返ると、豊国の王グァガラナートが脇に抱えられていた。

 長身の彼を脇に抱えるのは、差し込む陽光に銀色の髪を輝かせる軍服の女――フェイラン・シファーランドだった。


「フェイランさん!」

「すまない、遅れてしまった。無事……とは言い難い状況だな」


 下ろされたグァガラナートは息も絶え絶えと言った様子で、酷く疲弊しているようだった。

 土の匂いから、ラヴィリアのように地下牢に閉じ込められていた可能性が高い。元々高齢のグァガラナートには、地下牢の環境は苦しかったはずだ。

 すぐに治療をしなければ、話をするどころではない。


「シファーランド隊長!」


 颯爽と瓦礫の山を飛び越えて来る、二人の女性。

 フェイランの背後に横並びで降り立ち、その場で片膝をついて首を垂れた。


「どうだった」

「瓦礫の下を探りましたが、敵兵と思われる頭部のない死体が潰れているだけで、他には何も」

「敵の残党の影もなく、また此度の爆発で巻き込まれた者もない様子。ただ、遠方より敵影を多数目撃しております故、猶予はせいぜい三〇分程度かと」

「そうか……ちなみにだが、その三〇分という目安は、という前提での計算の上で、か?」

「はい」

「そうか――陛下を頼む」


 二人の間を駆け抜け、瓦礫の山を足蹴に高く跳躍。

 左の腰に差した西洋剣を抜き、陽光に銀色の刀身を反射させる。

 直後、フェイランの全身が、真白の光源にもなり得る灼熱で燃え盛って、銀色の刀身に燃え移った。


「“天照アマテラス”」


 横一閃。

 振り払われた剣撃が真白の灼熱となって、豊国全土の空域に広がる。


 熱はあれど、熱くはない。蝋燭に灯る火の如く、ほんの少し温い程度。

 その程度の熱が、豊国全土に広がっただけだと、誰もが思った。そう思っただけで、まさか人間一人の力とは思えなかった。


 それこそ、能力者である死告騎士ペイルライダーが姿を消していたため、その場の誰もが確認出来なかった。

 豊国全土に撒かれていた細菌が、一瞬のうちにすべて、焼き払われたことに。大気も動物も、迫り来る怪物らすら燃やすことなく、彼女の放った真白の炎は、ただ通過しただけに見せかけて、豊国を蝕もうと起き出しかけていた細菌を殲滅したのである。


死告騎士ペイルライダーの細菌は滅菌した。敵影が確かにいくらかいたが、話を聞く時間くらいは稼げよう。クリムゾリア、ナティアラール。任せたぞ」

「お任せを」

「ご安心を――殺してでも、生かします」


 白銀の王国キャメロニア戦闘部隊、三番隊副隊長、リサ・クリムゾリア。

 同じく三番隊、医療部隊隊長、アシスカ・ナティアラール。


 二人が虫の息で横たわるグァガラナートの側にしゃがみ込み、それぞれ燃える手と輝くメスを取り出した。


「二人に任せておけば、問題はなかろう。私は、過大評価はしない質だからな。話は、それからでよかろうさ」


 グァガラナートの回復には、約十五分の時間を要した。

 その時間内でベヒドスとボルンの両者も合流し、先程までラヴィリアが寝ていた部屋に全員が集結する。


「事の始まりは……皆さんの存じ上げている通り、城で一人の兵士が殺害された事件、からでした。その者は王族の護衛の一人で、ラヴィリアの護衛を任せていた若者だった。そして、殺害現場がラヴィリアの部屋だったことから、彼女に疑いが掛けられました……」


 ベヒドスとボルンも、そう聞いている様子で頷いた。

 が、グァガラナートはその先に二人も知らされていなかった事実を告げる。


「ですがお察しの通り、彼女には彼を殺害する動機もなし。ましてや人を殺す力さえ持ってない。仮に殺すにしても、自分の部屋で殺してそのまま放置するだなんてするはずもなく、罠であることは……確実、だった。故に、私はラヴィリアを嵌めようとしている犯人がわかるまで、彼女を地下牢に匿い、事の真相を調べるため、王子ブルグンドに調べ、させたのです……」

「それで、その犯人は」

「……ブルグンドは、最後の最後で、役目を果たしてくれました。彼は、自らの命と引き換えにして、私に情報を託して、くれた。ですが、私はそれを、信じられず、受け止めきれず、ずっと……胸の内に秘めていました。しかし、今日、ハッキリした。ラヴィリアに殺害の罪を着せたのも、そのために一人の罪のない兵士を殺したのも――」


「――我が妃、ザァンラネークです」


 静寂。

 誰もが予期していなかった展開に、誰もが言葉を失い、吐き出す言葉を見つけられない。

 呑み込み切れぬ事実を嘘だと否定したいだろう、ラヴィリアの嗚咽する泣く声が、最初に静寂を破った。


 それに続いて、グァガラナートは事の真相を話し始める。


「すべての始まりは、七年前。ラヴィリアの、婚姻の話から、始まり、ました」

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