死を告げる騎士

ケモミミは萌え?

 話は、邦牙蓮ほうがれん含める白銀の王国キャメロニア戦闘部隊が、碧の豊国ベインレルルクの王家直属の護衛軍隊に加勢するため、空からの侵入を試みるより一週間以上前まで遡る。


 王国の英雄となった邦牙蓮の日常は、多忙を極めていた。


「蓮様、お疲れ様です。此度も見事な手際でした」


 戦闘部隊の隊員は賛辞を並べる。


 蓮は英雄という扱いで、どこの部隊にも所属はしていなかったが、主に十番隊の隊員らと行動することが多い。

 呼ばれればどこへだって駆けつけるし、どの隊の隊員とも仕事をこなすが、十番隊の隊長がもっとも親しい友であるバリスタン・Jジング・アルフエということもあって、主に十番隊の手伝いをすることが多かった。


 逆に言えば、一番隊の手伝いをすることが最も少ない。

 一番隊は王国の中でも最強の部隊。英雄の手など借りずとも、充分に仕事をこなせるだけの実力をすでに伴っていた。

 何より一番隊の隊長、舞鶴雪風まいつるゆきかぜとはほとんど交流がなかったことも要因としては大きいだろう。故に応援を要請されることもほとんどない。


 故に十番隊の隊員らからは英雄として持ち上げられ、一番隊の隊員からはよそ者がデカい顔をして歩いているぞと白い目で見られることもあった。

 が、蓮は気にしない。そんなことでいちいち腹を立てる人間が、世界の平和と安寧など願えるはずもなかろう。

 そういう意味では、蓮は少し変わり者であり、常人とは一線を引いた存在でもあった。


~アルフエは、どこ?~

「この時間なら、隊長室でしょうか。隊によって違いますが、うちの隊長はお昼はよく隊長室で取られているので」

~おひるごはんか。なら、またあとでにしよう~


 何も食べない故に、昼ご飯の時間だという感覚が蓮にはない。

 故に最初の頃は食事休憩というものがよくわからず、ぶっ続けで仕事に走って隊員らを疲弊させることがよくあった。

 今は隊員らとも交流があるために少なくなったが、それでもやはり蓮には空腹という概念が理解できていない。


 このときも時間を改めると言って邸宅に戻ったものの、途中で通るレストランで食事を取る人達の姿が見えても、蓮はなんとも思わない。

 他人の食べているものがおいしそうに見えるなどと言ったあるあるも、蓮には通用しないことだ。


「蓮様! お帰りなさいませ!」

~ただいま、ステラ。何か、かわったことはあった?~

「いいえ、何事も問題ありません! ご主人様の留守を守るのも、私達メイドのお仕事ですので!」


 双子のメイド、ステラとコメットにも最初はとても心配させた。

 何せ何も食べないので作る食事は自分達の分だけ。眠らないのでベッドメイクも必要ない。最初こそ広すぎる邸宅の大掃除という仕事があったものの、三か月もあれば掃除も隅々まで生き渡り、もはや埃一つ残っていなかった。

 無論、それでも毎日の掃除は欠かしていないが。


「あ、蓮様。お帰りなさいませ」


 丁度、今日の分の掃除を終えた妹のコメットが出て来て頭を下げる。

 目の前のステラ、そして次にコメットと蓮は姉妹の頭を撫でて今日の分を労った。


 無論、報酬は別にあるのだが、姉妹があまりにも低身長のために喋らない蓮が褒めようと撫でたところから始まって、今でも続いている習慣である。

 自分を慕う人形少女、ピノーキオ・ダルラキオンのこともよく撫でているし、最近では英雄様だと集まって来る子供達の頭も撫でるので、手つきは異様に慣れている。

 おそらく放浪していた頃も人助けをしては、子供の頭を撫でていたのだろう。


 だが毎日、事あるごとに褒めるために撫でてくれるので、姉妹とも照れてしまって仕方ない。

 他の邸宅で働くメイド仲間から疑われることもあるが、いかがわしい関係などなく、ただ単に蓮としては喋れないが故の褒める術として二人を撫でているだけである。


 と、邸宅に鳴り響くチャイムベル。

 ステラが出迎えると十番隊隊長のアルフエが来ていた。


~こんにちは、アルフエ~

「はい、おはようございます。蓮さん。先ほどはすみません。気を使って頂きまして、何か用件があると伺い、こちらから参った次第です。うっかり電話しそうになってしまったのですが、すみません」

~気にしないよ。ようけんも、ただおしごとがおわったよ、ほうこくだけだったから~

「そうでしたか。牧場を襲う狼の群れの退治とのことでしたが、調子はいかがでした?」

~おおかみ、おもったよりおおきかった。たぶん、まものだろうけれど、かたづけた。けがにん、いない。でもぼくじょーのひとからそんがいのひがい、とどけ? もらった~

「あぁ、なるほど。数十頭の羊がやられたとのことでしたからね。牧場主や農家の方が魔物などの害獣から被害を受けた場合、その規模によっては被害届を出すことである程度の補償金を貰えるんですよ。数十頭だとかなりの規模なので、被害届を出してもきちんと通るでしょう」

~そっか。あの家のこ、泣いてたから。すこしでもたすかったなら、よかった~


 蓮の英雄としての働きは、特に子供達に人気を博していた。

 弱者のために力を振るい、自分達を護ってくれる救世主。まるで絵物語に出てくる本物の英雄のようだと、子供達の間で人気である。

 王国内では群がって来られることはないが、外壁を出てのパトロールに出れば以前に助けた子供達に囲われる。

 無口で何も食べず、痩せ細った体は彼らが童話などで伝えられて聞いて来た英雄像とは違う部分が多いだろうが、実際に助けてもらった経験と彼の優しさに触れれば、蓮を好かないはずはなかった。


 そんな子供達の英雄、邦牙蓮に対する支持もあって、国は帝国の強襲事件から数か月後の今、安寧を取り戻しつつあった。

 王の計略が見事にハマったと言うと聞こえは悪いが、王が公認した英雄の存在が、王国の人々に安堵に満ちた平穏の日々を与えていることは間違いなかった。


 しかしこの数か月で、蓮の筆記速度は恐ろしく速くなった。

 未だ難しい字は書けないが、それでもかな文字なら一瞬である。

 もはや肩に羽織っている上着の内ポケットから、メモ帳を出している瞬間すら見えない。


~アルフエ、おしごとある?~

「いえ、蓮さんはもう一週間働き続けてるのですし、一度お休みなさった方がいいかと」

~でもおれ、ねなくてもへいき。たべなくても、へいき。おれががんばってるあいだ、みんなをやすませられる~

「そうはいかないんですよ、蓮さん。蓮さんはうちの隊員ではありませんが、戦闘部隊はお仕事の終わりに最低でも三日間休まなければいけません。緊急時や戦時中は別ですが、蓮さんにもこの義務が適用されます。過重労働されると、私達隊長が監督不行き届きで厳罰にされるんですよ。な、の、で、私を助けるために、休んでください、ね?」

~わかった、アルフエのためにやすむ~


 繰り返しになるが、蓮は食べることもなければ眠ることもない。つまり食べたい、寝たいという欲が無く、休みたいという欲求がないため、休ませるのが大変なのだ。

 最初も蓮を休ませようとしたとき、自分は休まないでもずっと動けると言い続けて休もうとしないため、それこそ色んな理由をつけて休ませたものだ。

 そんな試行錯誤を最もしてきたアルフエは、もう蓮の扱い方をある程度心得ていた。もう休ませるくらいならできる。


「おや、アルフエ様いらしてたんですか」


 透明度の高い白銀の髪。真白の肌を模して磨き上げられた陶器の体。目の代わりに瞳として輝くガラス玉の中に景色を映す人形少女、ピノーキオこと愛称ピノーが上階から降りて来る。

 水色と白のゴシックロリータ衣装もそうだが、頭頂部についた猫の耳と臀部の尻尾が、王国内の男達はそそられるらしい。


 それらは蓮を見つけると耳がピクピクと痙攣し、尻尾はこれでもかと言わんばかりに揺れる。

 人は喜ぶと爛々らんらんと目を輝かせるものだが、ピノーの目にそんな変化はない。

 故に獣のそれを模した耳と尾は、彼女の喜びを瞳の代理として語る。


 もっとも、蓮を見つけると一目散に駆け出す彼女の様子を見れば、嬉しいに違いないことなど明白であるが。


「お帰りなさいませ、蓮さま。さぁピノーを愛でてください。なでりなでりしてください。顎でも頬でも頭でも、どこでも好きなところをゴロゴロしてください。一週間留守を護ったピノーにはその権利があります」


 人形ながら、人以上に自分の要求を主張する。


 ただ要求の内容がまるでペットで、傍から見ると人形なのかペットなのか、扱いが難しく見えるところなのだが、蓮の中での扱いは子供と一緒のように思われる。

 現にメイド姉妹よりも高身長で、大人びた雰囲気すらある彼女に対しても、蓮は子供と接するときと同じようになんの躊躇も照れた様子もない。

 少女の頭を指先で梳き、耳を捏ねるように撫でて頬を指先で滑って顎をごろごろとあやす。


「そ、そういえば蓮さま。王様より特例の伝令がありました……王座の間にて待つ、と」

「ピノーさん? そんな片隅にいられると蓮さん聞こえないんじゃ……」


 結局、全部やってくれるとは思っておらず、照れたピノーは部屋の片隅に隠れてしまった。

 隠しきれていない尻尾がこれでもかというくらいに揺れて、彼女の動揺を表す。


「ですが王宮から直々に、ですか。私も聞かされていないとなると、それだけの秘匿事項ということでしょうか」

~どうするべき?~

「とりあえず、王座の間へ向かうべきでしょう。蓮さんなら、警護兵もすんなり通してくださると思います。ただ、内容が気になるところですが……」

~じゃあ、アルフエもいっしょ、くる?~

「そうですね。では、そうさせていただきます。もしかしたら、私の隊を動かす必要があるかもしれませんからね。ですがピノーさん、最低限の要件くらいはなにか言っていませんでしたか?」

「言ってはいませんでしたが、去り際の兵士達の会話でなんとなく察しは付きます。おそらく、碧の豊国ベインレルルクの内戦についてかと」


 碧の豊国ベインレルルク

 緑豊かな大自然が多く残る国として有名だが、戦闘部隊隊長という役柄、アルフエは別の側面で国の情勢を知っていた。


 現在、豊国は国王軍と反乱軍との間で、もうすぐ十年目になろうという内戦が続いていた。

 理由は不明瞭な情報しか入って来ていないが、国民に最も慕われていた王族の第二王女が殺人を犯した罪で捕らえられ、無期懲役の判決を下されたことが原因だという話が最も濃厚な筋だと聞いている。


 豊国の第二王女と言えば、世界三大美女にも数えられる絶世の美女で、青色の髪を携えた狐の耳を持つ人だと聞く。

 豊国でも国民から最も慕われており、彼女が殺人など犯すはずがない、無期懲役など酷に過ぎる、何かの陰謀だと、反乱軍は彼女を奪還するため戦っている。

 この話が本当だと言うのなら、相当に慕われ、好かれている人なのだろう。会ったことはなくとも、良き人柄が見て取れる。


 だが世界三大美女と位置付けたのは、豊国というよりも他の他国が言い出したことで、アルフエはピノーの耳が蓮に対してピクピク震えているのを見てふと、獣の耳がついている美女とはそこまでいいものか、ふと疑問に思った次第であった。


 何はともあれ、蓮はアルフエと共に王座の間へ向かう。

 そこには豊国の使者だろう、二人の男女が王座に対していた。

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