神との対話は気が狂う

 白銀の王国キャメロニア戦闘部隊の敗北の連絡を受けて、最も影響を受けたのは無論、国内の民であることは間違いない。


 今までに幾度となく他国からの侵略から国を護って来た戦闘部隊が敗北したという話は瞬く間に国内に伝わり、同時に不安をも伝染させていく。

 国民は王に説明を求めて王城へと集い、数日間の混乱を招く。


 邦牙蓮ほうがれんの世話を務めている双子のメイドも蓮を外に出さないようにという王命を受けて、蓮を部屋から出さないよう努めていた。

 王城ほどではないにしても、蓮の下に話を聞きたく集う者も少なくない。

 故に双子も屋敷から出るときは裏口を使い、なるだけ人と接触しないよう心掛けていた。


 屋敷に閉じ込められている形の蓮は、ピノーキオ・ダルラキオンと共に文字の練習に励む。

 すでに王国だけでなく他の国の言語にも手を出しており、蓮の学習能力の高さが垣間見えていたが、ピノーキオからしてみればそれは当然のこと。

 彼女の中での蓮様は、多国語など軽く操れるだけの頭脳を持っておられるのだ。


~ピノー。そとのようすは、どう?~

「はい、外はまだ大騒ぎです。ですが王様の居所は国民には伝わってないようで」


 王に説明を求めて、国民は王城に集っているのだが、彼らは肝心の王が城にいないということを知らなかった。

 黄金の帝国テーラ・アル・ジパングに見逃された形で敗北し、負傷した隊員及び隊長達が治療室に運ばれてすぐに、三番隊隊長フェイラン・シファーランドを護衛にしてとある場所に向かっていた。


 王国の外壁を出て約一五キロの道のり。

 白銀の王国キャメロニアと言われると外壁に囲まれたアクロポリス内部の王都を想像する者が多いが、実際に王国の領土となるとさらに広い。

 外壁に囲まれた王都を中心に約一三〇キロが王国の領土で、領内には小さな村や街が点々と存在している。

 戦闘部隊はその村や街を護ることも仕事の一環であり、定期的に交代して警護を担う。


 その領土内の中でも最も厳重な警備が敷かれているのが、とある神殿を模して建てられた荘厳な作りの豪邸で、神殿と言い切ってしまってもいい豪奢に過ぎる場所である。

 王国領土内の小さな街の中にあるのだが、その豪邸だけ周囲の空気を読めないような派手さと異質さを放っていた。


 豪奢なのは外装だけでなく、内装もまた国内国外問わず、様々な国の装飾品が並んでいる。

 給仕が淹れてくれた紅茶のティーカップも一見質素であるが、値段にすると荷馬車が買えるくらいの高価な代物である。


「良い香りだと、思わないか? 豊国で作られた天然の茶葉を輸入したんだ。私はこれが大好きでね。心を落ち着かせる効果があるんだ。つまり私が何を言いたいか、わかるよね。この紅茶を飲まなければいけないほど、君達の不甲斐なさに呆れているということだよ」


 目の前にいるのは間違いなく、王国の王である。

 しかしこの男はそれを知ったうえで、それでもさらに上から物を言う。

 理由は単純明快で、王よりも立場が上だからだ。


 彼の立場を簡単に言ってしまえば、神の子孫。

 王国建国時代に初代国王に富と繁栄を約束した神と人間の女性の間に生まれた子供の子孫で、王国の象徴的存在である。

 他国では天皇と呼ばれる立ち位置だが、宗教信仰者の少ない王国で唯一崇められている神として扱われている。


 ただし王都より離れた小さな街に豪奢過ぎる豪邸を構えて暮らしていることは、国内でも知っている者はほとんどいない。

 それこそ王とその側近、そして一、二、三番隊の隊長各位くらいだ。


「世代交代には確かに賛同したけれどね、若い世代がここまで不甲斐ないと困るんだよ。王国の守護を司る戦闘部隊が、ほぼ壊滅させられた状態で見逃されたなんてとんだ恥辱だとは思わないかい?」

「我が王国を守護する神の末裔たる貴方様に、ご心配をおかけしましたこと謝罪いたします。今回の醜態は必ず帝国に返上させていただく次第故、何卒――」

「世継ぎの話はやめてくれ。私はもはや君達と同じ肉を持つ人間だ。私がいくら女性を孕ませたところでその子は私の子であって、神の子ではない。むしろ王国なのだから、君の跡継ぎの方が大事だと思うのだけどね」

「私もまた、相応しい人間を求められる立場です。そう簡単にはいきませんよ」

「そうか? にしては、随分と美しい女性を連れているようだが」


 と、神は王の背後に控えるメイドに一瞥を配る。

 城内メイド長、エルエール・Lエル・エルエルは一瞥に気付くと「お褒めに預かり光栄です」と言わんばかりの笑みを浮かべて会釈する。

 基本、神との会話は王族含めたごくわずかな者しか許されない行為。

 メイド長たるエルエールもまた、神に対して言葉を返すことすら許されない立場であるが故の会釈である。


 神の御前であるが故、黒い半透明の布で顔を隠すのが礼儀となっているが、エルエールは同じく布で顔を隠している王の一瞥にも気付いた。


「さすが、お目が高い。布一枚隔てたところで、神の目にはお見通しですか」

「美とは主に見た目を差す言葉だが、内から漏れる魅力とは例え見えずとも感じられるものだよ。それこそ神の目など必要ないさ。どうだろう、彼女と結婚しては如何かな?」


 突然のことで驚いたエルエールは少し困り顔。

 無論それも布の下なので、半透明とはいえ見えることはないのだが。


「ご冗談を。彼女も困っているではありませんか」

「それは失礼をしたね。まだ少々気が立っているのかもしれない。らしくもない冗談を言って悪かったね、戯れということで許してくれ」


 無論、許さないなどと言う選択肢はないため「かしこまりました」の意味合いで頭を下げる。

 しかし許してくれと言った神自身、謝っている様子は見られない。

 王も言っていた神の目は、常に何かを見通しているかのように王とエルエールの二人を見並べていた。


 しかしこれ以上は話題の掘りようがないと思ったのだろう。

 話題は別の方向へとすり替えられる。

 元々、それが本題だった。


「それで? 帝国の皇子が王国に残って英雄となってくれたというのは本当かい?」

「はい。彼が帝国の戦力を削ってくれたお陰で撤退してくれたようなもので、国ではまさに英雄扱いです。国民からは敵国のスパイじゃないかという声もありますが、この国を帝国の手から護りたいと言ってくれた彼の好意を無下にはしたくないし、するわけにもいきません。それに、彼には例の物に関する手掛かりもありますので」

「聖杯、か」


 王はここで、初めて紅茶をすする。

 彼もまた、気持ちを落ち着けて話をしたいという内心の表れだったかもしれない。

 実際に建国より以前から狙っている、伝説の宝物の話をするのだから。


「世界で唯一、聖杯の欠片に触れた青年か。そしてこの世で最も、聖杯に近い存在」

「世界で最もとは言い難いですが、彼を含めた帝国の兄弟姉妹五人には、いずれも常軌を逸した何かがあることは確かでしょう。実力もそうですが、その能力もかなり特殊です」

「それに関しては、こちらでも独自に調べさせて貰った。貪食のらん。永住のりん。遊撃のルンウィスフェルノ。永眠の蓮。そして、羽衣のろん。人間が生きるために必要な衣食住に、遊びと眠りを合わせたこの特殊な通り名には、何か感じるものがある」

「何か、とは?」

「それはまだ断定できないけれどね。ただし可能性はあると思う。八つの属性で区別できない能力属性の総称、Eエレメントアザーでも括り切れないさらに別の属性。いや、アザーを含む――」

Eエレメントゴッド


 静寂が空間を支配する。

 二人の間にはわずかばかりの緊張が走って、お互いに次の言葉を探っていた。

 先に言葉を見つけたのは、神だった。


「すべてのEエレメントを司るオールの人間は確かに希少だ。現在この世界で数えても千人もいないだろう。だけどゴッド。それが五人も存在し、さらには一つの国に集中しているのは脅威でしかない」


「言いたいことはわかるね?」と、神の目は鋭く語る。


「だからこそ君達にはしっかりと、この国を護って貰わなければならない。私を神と呼ぶけれど、神の力を持つ人達は私よりもずっと無慈悲と不条理を体現した存在だよ。そんな奴らから国民を護るのが、今後の君達に出される課題ということを忘れないで欲しい」


 実際に対話した時間はとても短かったが、神の言葉は芯を捉えていた。

 王国の世代交代による弱体化。

 帝国に存在する四人の怪物の存在。

 また、王国の敗北を聞いて侵略を試みるだろう他国の脅威。


 王国は強くならなければならない。

 それこそ国を護るため、あらゆる外敵から民を護るため、皆が強くならなければならない。

 誰よりも国と民を思う国の象徴たる神からの、厳しくも思いやりのある言葉を受けて、王は帰路を走る馬車に揺られる中、そっと顔を隠すための布を取った。


 揺れる馬車の中、神の御前ということで満足に口を潤せなかった王に、エルエールはお茶を淹れる。

 冷たく冷えたお茶で喉を潤した王は、気疲れを漏らすように吐息する。


「お疲れ様でした、王様」

「ありがとう、エルエール。やはりあの人の御前だと緊張してしまうね。君は大丈夫だったかい?」


 王は彼女の腰に手を回し、抱き寄せる。

 すると緊張の糸がほどけて、エルエールは震え始めた。

 張り詰めていた気がようやく緩んで、改めて神の威圧感に怯えていた。


 無理もない。

 Eエレメントは意識して押さえ込んでなければ、絶えず垂れ流されているもの。

 そして神の放つそれは厖大で強大で、凄まじい威圧感を感じさせる圧倒的なもの。

 神が戦場の前線に出ることなどあり得ないが、もしも神がその気になれば自分がどうなってしまうのか、エルエールは知らないものの感じられていた。

 故に恐怖を必死に堪え、隠していた。

 その必要がなくなって、恐怖を律してた体は限界だと震えることで訴えていたのだった。


 王は彼女を優しく抱き締め、藍色の髪を梳くように撫で下ろす。


「よく頑張ってくれたね、豪いよエルエール」

「お褒めに預かり、光栄です」

「しかし神の慧眼には驚いたね。危うく、僕らの関係がバレてしまうところだった」

「ぁ……」


 王の唇が、エルエールの綺麗な首筋を這う。

 腰を抱いていた手は滑るように彼女の体を撫で回し、愛撫し始めた。


 馬車の中は二人だけとはいえ、馬車を引いている人はいるし、何より外だ。

 恥ずかしさから声を押し殺しながらも、王の愛撫に身をよじる。

 頬は紅潮し、乱れる息は熱を持って、王を見つめる瞳は甘えるように涙を溜めて求めていた。


「帰ったら公務で立て込むだろうから。ごめんよ、エルエール」

「い、いえ……わたしは、そのために、つくられ、た……のです、から……王の寛大なご慈悲を、寵愛を、くださいませ」


 神との対面で怯えていた心を王は優しく包み込み、温かな熱で震えを止めてくれる。

 数少ない二人きりのときにしか貰えない王からの寵愛は、エルエールの竦んでいた体と心を解きほぐして、注がれる熱と共に安堵を与えて落ち着かせた。


 同時、王もまた神との対面に怯えていた自らの心が、彼女との営みの中で落ち着いていくことに気付いていく。

 先ほどまでごく普通に対話していたように見えていたことだろうが、内心は怯え切っていた。

 それこそ神は自身で、神のEエレメントを持つ人間は歴史上でも百人もいないと言っていたが、その神自身が歴史上に百人もいない人間の一人であることを言わなかった。

 

 当然だ。

 神はいつとて人を狂わせる。

 神を信じる心が派閥を生み、対立を生み、戦いを起こすように、神の力を持つ者はそこにいるだけで司る力の波動を周囲に放っている。


 そしてその影響は、目の前の存在が神だと認識しているものにこそ強く現れる。

 故にエルエールのことを気遣ったが故に、神は自らもそうだとは言わなかった。

 もしも神が発現していれば、彼女はどうなっていたかわからない。


 神の先祖たる原初の守護神の司っていた力は、守護と繁栄。

 新たな命を育み、それを護るための力。

 品の無い言い方で、さらに一言で片付けてしまえば、性欲である。


 Eエレメントゴッドとは人間が生きる上で必要な、基本的な本能や欲望を司る力を差すのだと、神が語ってくれたことがある。

 時には大罪として数えられる人間の七大欲求を含め、人が生きるために必要な力の根源。

 それはかつて人間を作り出す際に神々が発した力であり、Eエレメントゴッドとはその力を受け継いだ人間達の力の総称なのだと。


 故に神は考えたのだろう。

 喰う。住む。遊ぶ。眠る。着る。

 五人の通り名が、人が生きるために必要な欲と絡んでいることに気付いて、その可能性を。


 もしも本当に五人が五人、神の力を有しているとすれば確かに脅威だ。

 一時間もしない時間、性欲を司る神の御前にいただけで、エルエールも王も求めあっているのがその証拠。


 もしも蓮の力が神のそれだったとすれば、彼がいるだけで国に与える影響は大きい。

 通り名の通りならば、果たして国が今後機能していくのかも不安なところだ。


 同時、もしも他の四人もそうならば、四つの力を有している帝国が強力であることも納得できる。

 今後の王国――いや、世界にとって脅威となることは確実だ。


 まだ推測の域を出ない可能性の話ではあるものの、しかし杞憂だと吐き捨てることのできない話である。

 神と対面したことで、その脅威を改めて実感した。


 やはり王国はさらに強くならなければならない。

 神の見えざる手が襲い来ることをも想定して、より強固な防衛をできるだけの力を付けなければならない。


 それこそ、帝国が聖杯を手にして世界を牛耳るなどという最悪の結末を迎えないためにも。


「利用させてもらうよ、英雄くん」

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