姉はやっぱり姉
総団長、
ルンウィスフェルノはやられたものの、全団長らが無事に帰還。
さらに
なったのだが、それがよくなかった。
何せやられたのがルンだからだ。
今はまだ気絶しているが、起きたとき相当に荒れるだろう。それを治めるのがどれだけ大変なことか。
蘭や凛が協力してくれるのならいいのだが、騎士団だけでとなると止められるのは自分を含めても団長の中で数人しかおらず、正直災害を相手にするよりも面倒だ。
最悪、帝国の一部が崩壊して地上に落ちかねない。
もしもそうなった場合の損害と出さなければならない報告書の量。
さらに国民への説明責任など、果たさなければならない義務はたくさんある。
それを思うと涙しか出てこない。
「夏奈さまぁ」
トテトテ、という表現が正しいかもしれない。
幼い少女が長い袖を折り畳んだ状態で大量の資料を持ち、部屋に入って来た。
夏奈の机に資料を置いた少女は、項垂れて泣き続ける夏奈の側に駆け寄ってうんと背伸びをし、夏奈に抱き着く。
「夏奈さまぁ、お仕事終わらせてきました! 褒めてください!」
「あ、あぁ
彼女の名は
一三騎士団最年少の騎士団員にして、第一団体――つまりは夏奈の騎士団の副団長だ。
現在の年齢は十歳である。
夏奈の頼れる部下であり、何より夏奈の最高の癒し。
そして天音自身、団長の夏奈のことをとても敬愛していた。
「あぁ可愛いよぉ、可愛いよぉ、天音ちゃぁん」
「夏奈さまくすぐったいですよぉ」
「失礼します、総団長――」
夏奈の部下の団員が部屋に入る。
すると夏奈が天音を抱き締めて頬擦りをしているものだから、団員はこれはマズいものを見てしまったのではないかと思ってゆっくり扉を閉める。
夏奈は総団長としての威厳を損なう場面を見られたことに恥ずかしさを覚えて、果てしなく落ち込み、部屋の隅で体育座りを決め込んでしまった。
天音はそんな夏奈の背中にピッタリくっ付き、よしよしと頭を撫でる。
「夏奈さま。ご報告です。
「そだね……私が行ってもしょうがないし。ホント、私なんて行ってもしょうがないから……どうしよっか……またケトちゃんはまだ傷が癒えないし、他の団員も戻って来たばかりだし……」
「じゃあじゃあ! ご提案なのですが! テストをしてみてはどうですか!」
「テス、ト……?」
「蘭様と凛様が連れて来てくださったあの六人の実力を試すんです! すごければ、騎士団の戦力強化になるじゃないですか!」
あぁ、なんてできる部下を私は持ってるんだ。
だけどそれに比べて私は――
落ち込み続けながらも、頼れる部下の存在に助けられる夏奈。
同時、彼女の提案を聞いた瞬間から、ならば誰を向かわせるかは決まっていた。
大地を司る
ならば奴しかいまい。
夏奈が思い描くその大罪人は、蘭の部下が用意した部屋のベッドで寝ころびながらピザを食べていた。
ドロドロに溶けたチーズを舌に絡めるように頬張り、傍から見てもおいしそうに食べてみせる彼からは、一切の殺気を感じない。
他の大罪人が少なからずまとっている狂気のようなものを一切持たない彼が、世界にとって大罪人と呼ばれていると言われても、彼のことを知らない人間は信じないだろう。
当然だ。
何せ彼は、悪いことをしていると思ったことはないのだから。
生涯で一度も悪いことをしたと思ったことはない。
ただ愛していただけだ。
子供と一緒に遊んだことも。
子供と一緒にご飯を食べたことも。
子供を攫って育てたことも。
子供が欲しくて孤児院を襲撃したことも。
子供が愛おしくて交わったことも。
死んでしまった子供の肉を食べたことも。
全部、全部、何も悪いことなどしていない。
自分はただ病的に、子供が好きなだけだ。
青髭の再来などと呼ばれるが、たかが快楽殺人者と一緒にしないで欲しい。
自分は子供が好きだ。子供が大好きだ。
目に入れても痛くないほどに愛してる。
殺したいほどに愛してる。
食べてしまいたいほどに愛してる。
だから交わった。だから食べた。だから殺した。
それだけなのに、一体何が悪いのか。
それがこの男、アクアパッツァの本質だ。
彼には善悪の区別がない。主に子供に関しては、完全に崩壊している。
それがこの男の大罪人としての性質である。
「アクアパッツァ。総団長がお呼びだ。すぐに来い」
「あぁぁ、あぁ? しばらくゆっくりさせてくれるんじゃないのかよぉ」
文句を垂れながらも、言うことを聞くのが盟約。
アクアパッツァは仕方ない、と従ったが、すぐさまに後悔した。
いや、それは正しくない。
正しく言えば総団長の部屋に通されたときに天音を見つけ、愛らしい姿に我慢ならなくなり、犯してやろうと構えた瞬間に放たれた、夏奈の威圧にやられたときだった。
飛びかかれば、確実に殺される。
指と陰茎はすべて斬り落とされ、首はねじ曲がり頭と心臓が破裂する。
そんな惨い自身の最期を想像させられる悪寒を感じて、アクアパッツァは飛び掛かれなかった。
「あなたが子供連続誘拐犯、アクアパッツァ? 思ってたより若いんだね」
落ち込んでいるせいでテンションが低いが、このときの夏奈はアクアパッツァが思ってたよりも若いことに少し驚いていた。
彼女は勝手に、もっとおじさんというか中年の男性を想像していたからだ。
だがアクアパッツァの強さは見てわかる。
何より発せられる
それでも夏奈自身の見立てでは、アクアパッツァの実力は自分よりも下だ。
威圧しただけで臆したのがその証拠。
だが彼ならば、国一つの情勢を変えることなど朝飯前だろう。
もっとも彼の性癖が、豊国の種族らにまで及ぶのかは知らぬところだが。
「私、帝国一三騎士団総団長の飛沫夏奈。君に、やって欲しいことがあるんだ」
「あぁ? あぁ……そこには子供はいるか? ただの殺しは俺はやらねぇよ。大人しかいない場所にはいかない主義だ。俺は子供が好きなんだ」
「知ってる。だからこそ君に頼んでいるんだよ。もっとも、君が異種族にも寛容かどうかは知らないけれど」
アクアパッツァはここで初めて満面の笑みを見せる。
真っ白な歯をむき出しにして笑う姿は、狂気そのものだった。
「いいねぇ、いいねぇ。子供はおいしい。子供は気持ちいい。あぁ、楽しみだよぉ……」
キリンのように長く伸びる舌で唇を舐め、口の中に手を入れてガタガタと震えるアクアパッツァが気持ち悪いのか、天音は夏奈の側から離れない。
無論、天音も夏奈がいなければ、アクアパッツァの餌だっただろうことは間違いなく、夏奈に怯えていたとはいえ、アクアパッツァは未だに天音の純潔を狙っていた。
「それで? 俺は何をすればいい?」
「君には騎士団の部下をあげる。副団長一人にそれ以下の、それでも腕の立つ団員をそだね……三人かな。それだけいれば充分でしょ?」
「俺一人でも充分だけどなぁ……」
とは漏らしたものの、夏奈が部下を渡す理由はアクアパッツァもおおよその検討をつけていた。
結局、自分が無茶をしないよう、また帝国にとって不利な状況に持ち込まないように見張らせるつもりなのだ。
そのために送って来る部下が、子供から年齢の離れた紳士淑女であることは想定内。
まったくもってつまらない。熟した女の穴なんて、こちとら一縷の興味もない。
「まぁいいやぁ。で? どこに行けばいい。いつ、何をすればいい?」
「豊国、と言えばわかってもらえる? やることは一つ……内乱を止めて欲しいの」
「要は片方に加担してぶっ潰せって話ねぇ。了解了解。子供は? 好きにしていいよねぇ」
「帝国に汚名を注がない程度では、ね」
「重畳」
アクアパッツァの出撃が決まった頃、邦牙
ひたすらに兄、
どれだけ写真を引き裂いたところで、兄を殺せるわけではないのだから。
「まぁまぁ、論ってば。こんなにお部屋を散らかして、いけない子」
「母様ぁ」
論が母と呼ぶ女性は、決して論を生んだわけではない。
五人の皇族はほとんどが界中から掻き集められた孤児なのだから、当然である。
論の母親役であるシルビアは甘やかすタイプで、いつまで経っても子離れできないダメ親。
それを論も受け入れてしまっているから、この親子は血の繋がり以上に仲がいい。
「蓮の奴にボコられたんだよぉ。酷くない? これって酷いよねぇ、母様ぁ」
「そうね、そうね。まぁまぁ可哀想に。牢獄に閉じ込められたんですって? お手て痛い痛いでしたねぇ。ほら、いい子いい子」
「母様、あいつ次ぎ会ったら殺してやるんだ。そしたら僕が王様で母様は皇后様だね」
「まぁそれは嬉しいわ。お母さん、期待してるわね」
「うん」
論とシルビアの会話を盗み聞く一つの影。
その存在に二人が気付けるはずもない。
帝国の皇族五人兄弟姉妹の長女、蘭。
彼女の気配遮断能力を感知できるものなど、帝国にはいやしないのだから。
彼女はゆったりとしたスピードで城内を歩く。
彼女を見かけた誰もが頭を下げ、仕事をやめてその場に傅く。
そうしてすべての人間の頭頂部を見てきた彼女がやって来たのは、帝国城内でも一番端に用意されている部屋。
来る者はほとんどなく、しかして特別人を寄せ付けないというわけではない。来る用事がそもそも存在しないのだ。
倉庫ではないので物を取りに行く必要はなく、掃除をする必要もない。
何せそこには常に一人の人がいるからだ。
そしてその人は何も食べず、眠らず、排泄すらしない。故に食事を持ってくる必要もなく、誰もそこへ行く必要がないために、誰も近付こうともしない。
そんな部屋の扉をノックした蘭は、明るい返事が返って来て彼女と対面する。
彼女の名はイヴ。
蓮の母親役にして、実際に蓮を拾った人だ。
ゆったりとした服のせいで見ただけではわからないが、服の下はがりがりに痩せていて見るのも怖くなるほど。
それでも頬は健康的に膨らんでいるため、やはり痩せこけているなどとは誰も、一見しただけではわからない。
そして何より、彼女の美しく明るい表情が、彼女の体の異常性を感じさせない一番の要因だった。
「ごきげんよう、蘭様」
「様はやめてください、お母様。あなたは一応ではありますが、私の母でもあるのですから」
「正式な血統をお持ちの貴女様と比べれば、私なんて吹けば飛ぶ存在。今は亡き皇帝陛下の温情がなければ、私は本来、ここに住まわせていただくこともなかったのですから。当然のことかと」
「今やあなたはこの国を支える五人の皇后の一人なのですよ? それに私もまだ、正式に玉座を取ったわけではありません。聖杯探索はまだ続く」
「……蓮は、あの子は元気でしたか?」
「えぇ、とても」
イヴが蓮について訊くと、蘭はより一層嬉しそうに笑って見せた。
蠱惑的でも狂気的でもない笑みは、イヴを心の底から安心させる。
「自分で喉を斬ったときは、本当にどうなるかと思っていました。ですがそうですか……よかった……本当に、あの子が無事なら、それで……」
「今、蓮は白銀の王国で英雄と呼ばれています。側に同じ年頃の女性がいましたが、もしかしたらガールフレンドかも。って、蓮にはありえないかな」
「ガールフレンドでも嬉しいです。あの子に友達ができたなんて」
「蓮の動向は、ピノーに見張らせます。どうかご安心を。あなたはゆっくりお休みください」
「ありがとうございます、蘭様。貴女様の心からの配慮とご慈悲に、感謝致します」
「では、私はこれで」
部屋を出た蘭は一瞬だけ、本当に一瞬だけ嬉しそうに笑う。
自分で言った可能性の一つが嬉しくて。
だが自分は帝国最強の長女。最強の女。すぐさま凛とした、背筋の伸びた姿勢に、最強の姿に戻っていく。
これから激化していく帝国の波。
それを指揮する役目をまっとうするため、自分の心を押し殺す。
だけどやっぱり、嬉しいものは嬉しい。それだけは、嘘ではない。
蓮のすぐ側に誰かいる。
それも同じ年頃の女の子。もしかしたらガールフレンドかもしれないし、はたまた恋人かもしれないし――
そう思うと嬉しくて、ついつい笑みが漏れてしまう。
そんな、姉としての側面があることを知っているのは、帝国でもイヴだけかもしれない。
帝国の歴史史上最強の女にして、皇族の長女、蘭。
揺れ動く帝国の新時代への幕開けと共に、彼女もまた動き出す。
狙うは聖杯。万能の願望器。
ただ、それだけ。
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