井の中の蛙は知った、大海に住むのは捕食者達であると

 色国軍しきこくぐん

 この世界にて最も巨大とされる大国の中でも特に大きな権力を持ち、その名に色を持つ七つの国をまとめてそう呼ぶ。

 少し前までは六つだったが、白銀の王国キャメロニアを襲い圧倒した黄金の帝国テーラ・アル・ジパングの登場により、七つ目として数えられて現在に至る。


 戦争を自ら仕掛けない完全なる防衛国家である白銀の王国キャメロニアの敗戦は、一体誰が語ったのか瞬く間に世界中に情報として広がり、他五つの色国軍にも影響を与えていた。



 紅の強国ロード・ロマニオン


 火山の多い地形の中に存在する国で温泉が観光資源の国であるが、先祖代々血の気が多く、その名の通り戦争によって多くの血を流してきた結果、今の大きさにまで広がった大国である。

 国の中央都市には巨大なコロシアムが存在し、毎日剣闘士と呼ばれる死刑囚が戦い、人々の見世物にされている。


 現在国を治めるのは、ベルセルスス・クラウディウスⅦ世。

 強国は代々王位を戦争により貢献した将軍がなるものとしており、彼もあらゆる戦争にて猛威を振るった大英雄である。

 強国の民はドワーフと呼ばれる種族で、大きくても一七〇センチもいかない低身長の種族なのだが、彼だけは三〇〇センチを超える巨人クラスの大きさを誇っていた。

 ドワーフ特有の強靭な肉体と凄まじい膂力を遥かに凌ぐ力と能力で、王位を掴んだまさしく強国最強の男だ。


「父上! 父上!」


 王には三男四女の子供達がいた。

 全員が全員彼の巨躯を受け継いでいるわけではないが、しかしドワーフの平均身長を超える程度には大きい。

 そして何より父の力を受け継ぎ、一番下の子供ですらすでに屈強なる戦士であった。


 一番下の妹ディ・マリアは、報告書を握って父の下へ走る。

 父親譲りの赤い髪を揺らし、程よい筋肉が着いた引き締まる体を堂々と晒した意匠は、彼女がまだ未成年だとは思わせない。

 すでに剣闘士としてコロシアムにも参加している彼女だが、未だ子供のあどけなさを残した表情で笑い、報告書をまるでお使いのようにはしゃぎながら持って行く姿はまだまだ子供だ。


「父上! 見て見て! 白銀の王国キャメロニアが負けたよ! あの国が負けるなんて、珍しいね!」


 王座に座すベルセルススは報告書に目を通し、唸る。

 さりげなく膝の上に乗っている娘の頭を片手間で撫でながら報告書を読み切ると、娘の襟をつまんで膝から降ろし、自らも立ち上がった。


「今が好機と見るべきか……白銀の王国キャメロニアとの国交を結ぶ、いい機会になるやもしれぬ」

「もしも向こうが断ったら?」

「決まっておる――」


「――戦争だ」

「わぁい! 戦争だぁ!」


 この国では戦いは命を賭した祭り。

 参加は名誉にして栄誉。

 戦えることに喜びを、幸福を感じる国。

 神話のドワーフは鍛冶のイメージが強いものの、この国でドワーフと呼ばれる者達の代名詞は戦士、戦争屋であった。


 蒼の海国ヴィネッツ・ハーデン


 海上国家で、七つの島国をまとめてそう呼ぶ。

 王政は敷いておらず、国の象徴たる天皇が一人存在していて、国の信仰を集めている。

 国をまとめるのは、八賢人と呼ばれる八人の代表者。

 天皇の盾であり、矛である彼らにすぐさま、白銀と黄金の大国同士の戦いの情報は届けられた。


白銀の王国キャメロニアの戦闘部隊が壊滅したと?」

「壊滅って言うか、帝国の戦闘部隊に隊長達が全滅したんだってさ。って言っても、誰も死んじゃあいないけどねぇ」

「しかし事実上の敗走。おまけに見逃してもらうとはなんたる屈辱」

「新参者に先を越されたな。新体制になったとは聞いていたがその程度なら我々で落としてしまうべきだった。今からでも攻め落とすか」

「しかし王国には何やら、帝国の皇子が残ったとか」

「相当な化け物らしいですな。王国ではすでに英雄だとか」

「どう思います? シャルバンテス様」


 天皇の矛、シャルバンテス・Dディーニュ・アルト。

 蒼の海国ヴィネッツ・ハーデン最強の男にして由緒正しき水守の一族、ガルディア・ダクアの若き長である。

 両脇に二人の侍女を従える彼は一人、会議の場に淹れたての紅茶を持参しながら参加していたが、誰も文句を言うものはない。

 暴君、というわけではないのだが、彼はそれだけの自由が許されるほどの実績と功績を持ち、国を救った英雄だからである。


「フム……あの国が倒されたと言うことは、ウォルトもやられたということか。情けないな、僕の弟は――まぁ、彼も多分頑張ってるんだろうし、あまり貶すのもよくないかな。いや、頑張っても結果出さないと意味ないんだけど、でも努力してるだろうからなぁ……」


 この通り、人を貶し切ることもできない誠実な人間だ。

 故に周囲からの信頼も厚い。


「それで、如何様に致しましょうか」

「うん……僕個人としてはもう少し、弟を応援してあげたいけれど。これでも、一族の長だからね。決断しなきゃいけないときはするさ」


 侍女が羽織らせてくれた外套を翻して、一礼の後にその場を出ていく。

 二人の侍女が後を追う彼の足は、国が誇る貿易船へと向かっていた。


 黒の神国シュヴェルツヴァルト


 色国軍最古の大国。建国は、なんと神話時代にまで遡る。

 神々が作り上げ、人間達に託したとされる大国は如何なる侵攻も許さない。

 神々の霊峰の最奥に存在する山の上の国は、神々による祝福を受けて巨大な防壁が築かれたアクロポリスが存在する。


 白銀の王国キャメロニア黄金の帝国テーラ・アル・ジパングの抗争はこの国にも届いていたが、大きな反応はない。

 王も民も国と同じく閉鎖的で、興味も示そうとしない。

 神々の血で暮らす彼らにとって、下界の些事など触らぬ神。当たらず触らず、わざわざ祟りを受ける者などバカと罵り、他国の王族すらも見下していた。


 赤銅の千国アインザーク


 和国とも呼ばれるこの国は、文字通り千にも及ぶ小さな国が集合し、国となった合衆国。

 しかしその多くの州が貧困に見舞われており、国は戦争を仕掛ける金すらないほど疲弊していた。原因は、州が次々と他国間の争いに巻き込まれ、その度に民衆を守らんと応戦し続けていたが故である。

 この国の王は人を見捨てるということができず、千国のうち一つも見捨てることができぬまま、ついに戦場で散ってしまった。

 現在はその娘が女王として国を治めているが、貧困の差は回復のめどが立っていない。


 彼女――如月夢姫きさらぎゆめひめ王は今、決断を迫られていた。


「夢姫様。お父上亡き今、貴女様が国の柱なのですから、どうかご決断を。王国を打ち倒せるほどの戦力を持った帝国と同盟を結べれば、他の色国軍に脅かされる心配もありません」

「そうです。最悪でも庇護下に入ってしまえば、この国は安泰だ。帝国に侵略される恐れもなくなる」

「帝国はここ数年で侵略領域を拡大しつつある。王国が敗れた今、我々に立ち向かう術はありますまい」


 国の大臣らは帝国に属し、彼らの恩恵を受けられないかと考えていたのだが、国の相談役は千国が帝国の支配に飲み込まれることを危惧していた。

 女王夢姫も同じことを考えて踏み切れずにいて、千国にはすでに帝国の勢力に対抗できるだけの力がなかったからである。


 民は飢え、力のない一兵卒を肥やすだけの富もない。

 国には体重六〇キロ超えた人間が一人もいないほど、この国の飢えは酷い。

 夢姫を含めた如月王家は女系一家で美女ばかりの家であるが、他国からは健康的ではないと哀れに思われるほど、王家である彼女達ですら過ぎるほどに痩せていた。


織姫おりひめ月姫つきひめは?」


 帝国に傅くべきだと意見する派閥と反対派閥の平行線ばかりを辿る意見交換が終わり、夢姫は自らの側近に問う。


 織姫と月姫もまた、千国を背負う彼女の妹たちである。

 あとはもう一人、末の雪姫ゆきひめを合わせた四人揃って如月王家であるが、末の雪姫はすでに他界した母の血を引いて病弱で、公務にはまったく関わっていなかった。

 彼女のことは召使いに任せているので、心配はない。故に夢姫が現状を気にするのは、残り二人の妹たちである。


「織姫様は渡月州の見回り。月姫様は明日より他国の姫君らとのご交流のため、出立の準備を整えております」

「そうですか……白銀の王国キャメロニアの敗戦で、周辺諸国が騒がしくなることでしょう。二人にも注意を促してください。警備を強化できるほど、兵士達を潤せませんので、自分の身は自分で守るようにと」

「かしこまりました」


 千国に優秀な兵士などいなければ、英雄もいない。

 国の最終防衛ラインを司るのは三人の王族自身。

 彼女達には護衛もない。護衛を務められるだけの兵士が、存在しないからである。


 故に彼女達はすでに王国の戦闘部隊長と同等以上の実力を有していたが、自国を色国軍最弱と断じていたのは単に数の問題である。

 実際の戦闘能力では彼女達の方が上ですらあるのだが、単に戦力がたった三人という問題で、自国を最弱と見ているに過ぎない。

 もしも彼女達のような能力者達が何人もいたら――そう思うと、色国軍は千国を下手に補佐して、力を与えるような真似ができなかった。

 無論、国同士での取引を有効にするために支援は行われているのだが、満足のいく支援が行われていないのはそれが理由である。


 故に国は彼女達という脅威を抱えるが故に、千の州を抱える国は未だ潤わない。

 そのことに彼女達が気付くのは、まだ先の話――


 碧の豊国ベインレルルク


 王国と帝国の戦いの情報を聞きつけて、最も影響を受けていたのはこの国だ。

 当時内戦状態にあった豊国の皇族は、王国に救援を求めようとしていた。

 しかし王国の敗戦により、豊国は救援を王国ではなく帝国へと要請する。


 緑豊かな自然が多く、様々な動植物が生存する豊国。

 獣と人の特性を併せ持った異種族が生活する国に、一つの災害が解き放たれる。

 帝国の団長と、彼らが率いる最悪の犯罪者が豊国を赤い体液で染め上げる日は、着実に迫っていくのだが、誰も気付きなどしなかった。


 故にこれはまだ、まだ先の話であるが、しかしてそんな未来でもない。

 わずか二週間後の話である。

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