防衛策が必要です

 白銀の王国キャメロニアにとって、現在最大の敵となった黄金の帝国テーラ・アル・ジパング

 その王子である邦牙論ほうがろんを牢獄に捕らえた王国は、帝国の進軍及び再度の侵入を防ぐため、戦闘部隊長らにその対策を命じたのだが――


「だから! 壁の見張りを増やすべきだろってんだ!」

「それでは労働過多だと、何度言わせればわかる!」


 四番隊隊長、飛弾ひだんKキルガルド・シャナ。

 五番隊隊長、ウォルト・Dディーニュ・アルト。


 意見を交換しようと集まったこの二人の話は、水平線を辿り続けていた。

 防御力を上げたいのなら兵を増やせばいいというウォルトの愚直過ぎる案に、シャナが反論し続けている状態である。

 周囲の隊員は、一向に進まないこの二人の問答に、若干の飽きを感じていた。


「訓練兵がるだろ! いつらも動員すりゃあ足りる話だ!」

「訓練課程は終えさせるべきだ! 先の大戦で人員が足りず、訓練兵を出した国がどうなった! 今や少子高齢化の具現化だ! あれの二の舞になりたいのか!」

「んな弱小国家と一緒にすな! れにれは戦争じゃね! ただの警護だろ! なに、どうせ戦うのはれ達だ。奴らはすぐに下げればいだろ」

「危険は伴うだろう! まだ右も左もわからない奴らに、戦線は一秒たりとも任せられん! 彼らに何かあったとき、おまえは責任が取れるのか!?」

「は、責任が怖くて隊長やれっか! 何人怪我しよが、最終的に守ればいいんだよ!」

「貴様……それでも隊長か!」


 一触即発――いやもう爆発している両隊長。

 もはやあとは両者能力を発現し、戦闘に突入するだけかと隊員達が息を呑み始めたそのとき、突如扉が勢いよく開けられて、小さな影が飛び込んできた。

 

 戦闘部隊一三番隊隊長兼、暗殺部隊隊長、李隠りいん


「何事にござるか?!」


 Eエレメントの異常な高まりを感じて飛んできた様子の李隠は、息苦しいのだろう、顔に付けていた面を外し、名いっぱい呼吸する。

 戦闘時は独特の呼吸法で息苦しくはならないという彼女がそうなるほど、二人の喧嘩はもう小競り合いで済むレベルから逸脱しようとしていた。

 故にシャナは矛を――正確には鎌だが――収め、ウォルトも舌打ちしながらEエレメントを押さえ込んだ。


「すまない李隠。少し話がヒートアップし過ぎただけなんだ。その、帝国の侵入を防ぐ防衛策を考えててな……」

「なんだそうだったでござるか……というかお二人共、まだ聞いておられぬのでござる?」

「んあ? にをだよ」

「防衛策の案なら、先ほど十番隊が通したでござるよ」

「は?!」


 ウォルトが驚いたのは、どの隊よりも早く十番隊――すなわち隊長のバリスタン・Jジング・アルフエが、提案書を作成、提出した点だった。


 アルフエは仕事ができないわけではないが、決断力に欠ける部分がある。

 思慮深いと言えば聞こえはいいが、物事を深く考えすぎて逆に決断が遅い。

 故にすでに書くことが決まっている報告書は早いのだが、自ら案を捻り出してそれをまとめる提案書の提出は、誰よりも遅かった。


 そんなアルフエが、一番に提案書を提出してしかもそれが採用されたというのだから、ウォルトは驚愕すると同時に気に入らないものだ。

 シャナとの言い合いで高まったボルテージが、冷め切るよりまえにアルフエへと向く。


 プライドの高いウォルトにとって、自分よりも優れている存在というのが許せなかった。

 実力は互角と言われるウォルトとアルフエだが、その思慮深さのせいでアルフエが出遅れることが多かった。

 そもそも実力すら自分の方が圧倒的に上だと思っているウォルトにとって、自分よりも劣っているアルフエが自分よりも勝っている部分を見せつけられ、勝手に気分を害されていた。


「アルフエが一番乗りとは、珍しいこともあるものだな。どんな策だ?」


 説明を求められた李隠は、袖口から巻物を取り出す。


 情報を与えるとそれをまとめ、さらに少しだけ詳しい情報を乗せる絵巻物。

 『四季薪絵巻』

 かの伝説の武装職人、倉敷柘榴くらしきざくろの作品の一つ。Eエレメントを持つ不思議な武装――いや、巻物。


 そこに李隠は、白銀の王国キャメロニアの全体図を出し、それを元に説明する。


「翼龍の侵入。災害の到来。そして帝国の侵入……どの事件も王国の東側、市民街で起きた。十番隊はそこに目をつけ、東以外のすべての方角の警備兵、その五パーセントをを東に集中。北の門には十番隊の副隊長及び副隊長補佐を動員し、戦力をカバーすることになり申した」

「……十番隊の副隊長とその補佐のいない隙間を、十番隊はどう埋める。副隊長とその補佐の損失は、戦闘部隊からしてみれば大きいぞ」


 特に十番隊の副隊長は、アルフエの先代から続いている古株だ。

 その実力はアルフエと同等と呼ばれ、さらに誰よりも深い経験値もあって、実際に十番隊を束ねているのは彼だとも言われている。

 そんな彼を防壁の警備に裂くことに、シャナはあまり同意できなかった。

 

 自分と同じでまだ若いアルフエの至らぬ点もまた、自分と同じであるとシャナは思っている。

 故に頼れる先輩がいるメリットを捨てるその理由がわからなかった。

 ましてやそれを、どうして国王が許したのか。その理由がわからなかったが――


「どうやら、英雄殿とその側近が力を貸されるようで……」

「英雄殿が? 入隊される、ということか?」


 ウォルトが嫌悪の表情を浮かべる。

 邦牙れんのことを毛嫌いしているウォルトは、所属する部隊は違えど同じ組織に彼が入ることを許せなかった。

 異物を呑み込んだ体のように、拒絶反応をしてならない。


「いえ、正式に入隊されるようではないようにござるが……アルフエ殿の側近として、助力してくださるそうで。実際この案も、英雄殿の立案だそうでござる」

「ハッ! そいうことかよ。あの鈍間が珍しく決めるのはえ思ったら、まんま奴の意見か。気に入らねぇ!」

「アルト、おまえは英雄殿を毛嫌いし過ぎだ。大体あの人が、私達に何か害を齎したか? 二度ならず三度まで国を救ってくれた。もうすべての戦闘部隊で、彼のことを知らぬ者はいない英雄だ。一体何が不満なのだ」

「俺は認めねぇ! フラッと来たこぞの馬骨とも知れね奴を、この国の英雄て呼ぶなて!」


 と、怒鳴ったウォルトは部屋を出ていき、慌てて隊員達も追いかけていった。

 嵐が過ぎ去ったあとのような静けさの居心地の悪さに、シャナは疲労感を感じさせる溜め息を吐く。

 李隠もまた、困った様子で吐息する。


「ウォルト殿の愛国心は素晴らしいのでござるがなぁ……何故こう、皆と歩幅が合わないのか……」

「奴にとって、ここが故郷なのだろう。生まれは違えど、な」

「え、ウォルト殿はこの国の出身ではござらんのか……?」

「なんだ、知らなかったのか。あれは蒼の海国ヴィネッツ・ハーデンの生まれだ。代々水属性のEエレメントを持つ、水守の一族。その中でも由緒正しい、ガルディア・ダクアという古い一族の生まれだ」

「水守の一族……先祖代々海国を守護する一族と聞いているでござる。しかしあの一族は他国嫌いで、自国から出ていかない一族故、引き籠もりとさえ揶揄されていると聞き申したが……」

「その認識で間違いない。ただ事情は知らないが、ウォルトの一家は国を追われ、ここに行きついたらしい。家族を引き取り、守ってくれているこの国に大恩を感じたウォルトは、誰よりもこの国を護ることに執着し、力を注いでいる」

「その結果隊長にまで昇格するのですから、すごいとは思うでござる。しかしもっと、他と歩み寄れんものか……あれでは孤立するだけにござる」

「プライドが高いところが奴のいいところであり、悪いところだ。アルフエと足して二で割るくらいが調度いい、などと言われるがな」


 その頃、提案が採用されたアルフエは、隊長室にて外壁の警備に当たらせる隊員達に送る通知書を書いていた。

 移動させる人数は五〇人弱。全員分の通秘書を書くのは骨が折れる作業だが、隊長にしかできない仕事だ、仕方ない。

 

 その側では蓮とピノーキオ・ダルラキオンが、盤上のチェスを動かしていた。

 遊んでいるのではない。その証拠に、チェスは盤上に本来の位置で並んではおらず、円を囲うように並んでいて、それは王国の警備兵のいる位置に置かれていた。

 二人によって、王国の侵入者を防ぐその最善手が、そのチェスを使って考えられている。


 アルフエが驚いたのは、二人のその知識だった。

 アルフエ自身が知らないような手を、二人はたくさん知っていた。何度も戦争を経験したか、それとも先人達より教えを受けたのか。

 まぁ、蓮は王子というのだからそれなりの教育を受けて来たのだろうし、ピノーキオも人形であるが故、ある程度の情報は入れられているのかもしれない。

 だがそれにしては、二人の策は実に的確で、国王も感心しているものだった。

 その後王に問い詰められたが、蓮は兄弟姉妹の中でも四番目と幼かったため、戦いにはほとんど介入したことがなく、後々の将来を考えて、色々と教えられていたらしい。

 それがまさか他国の防衛に役立てられることになるとは、教えたその人も思わなかっただろうが。


「蓮様、少しお休みされてはいかがでしょう」


 ずっと根を詰め、昨日から策を講じていた二人。

 ピノーキオは自身が人形の体であるが故に、疲労感というのがわからない。

 故にこうして度々隙を見つけては、蓮を気遣って休憩しようと言っていた。

 無論、蓮の体のことを知っている数少ない人間の一人である彼女は、蓮がそう何度も休憩する必要のない人だと言うことは理解していたが、それでもお世話係として当然の気遣いである。


「そうですね。お二人共、休憩を取ってください。ずっと働かれてしまうと、私も厳罰処分を受けてしまいますから」


 白銀の王国キャメロニアの労働基準法は、世界中でも一番厳しいとされている。

 昔に起きた大量過労死問題を背景に厳しくなり、現状の過労死者数をゼロにしたまでの実績がある。

 故にアルフエの言う通り、十番隊隊長補佐官代行として勤務している二人には、労働基準法に則って休憩の義務が存在する。

 厳密にはピノーキオは人形なのでその法律は該当しないのだが、アルフエは彼女を人形として扱うのが嫌だったのだ。


「私も休憩にしますから、どうぞ休んでください。それにすでにお二人の案は通ったのですから、少しくらいは気を抜いていただいていいのですよ?」

「ありがとうございます。ですがピノー達は、帝国の恐ろしさを知っています。特に一三騎士団の団長達が出て来れば、ここの防壁など軽く突破されるでしょう」

「前回侵入した男が名乗っていた組織ですね?」

「えぇ。この王国で言うところの、あなた方戦闘部隊。しかしあなた方と違って騎士団が設立された目的は、自衛ではなく侵略です。他国の様々な戦闘部族に戦闘民族。稀有な能力者などが集められ、組織された侵略組織。それが、帝国の一三騎士団。その中に、蓮様の姉君であります第三王女様も在籍しております」

「王女自ら侵略を?」

「邦牙姉弟の中でも、特別好戦的な方です。今回は論様が捕縛されておりますし、蓮様もいらっしゃることから、必ず出てくると思われます」

「それは弟思い……ということですか?」

「いえ。自分と対等に戦える相手が、姉弟だけだからでしょう」


 ピノーキオはそう、これから厄災がやってくるかのような言い方で、アルフエを驚かせたが、しかしこれは脅しではなく、ただ事実を述べただけであった。


 ▽ ▽ ▽ 


 同時刻。


 色国軍、蒼の海国ヴィネッツ・ハーデンへと行ける船が出る、三つの港の一つ、アッコア・アルタ。

 主に日用物資を輸送する船が行き来する港に、とあるマフィア組織がやって来ていた。

 

 海国最大のマフィア、クロコダイルファミリー。

 蒼の海国ヴィネッツ・ハーデンのスラム地区にアジトを構え、他国の貿易船を襲撃する、マフィアという名を借りた海賊である。

 戦争の際は敵国から物資を奪うため、裏で彼ら取引する国も多いため、食い口には困らない。

 この日もとある国が戦争を始めるに当たって、敵の物資を奪ってこいという仕事を受け、この港で待ち構えていた。


「ボス、あの船ですぜ」

「おぉ……随分とでっかい船じゃのぉ」


 クロコダイルファミリーボス、エドワード・クロコダイル。

 若い頃に他のマフィアとの抗争で右腕を失ったものの、義手の代わりに大砲を右手に備え、“砲手エドワード”の異名を取った男。

 彼の手によって沈められた海軍船、物資を乗せた船の数は、毎年三〇を超える。


「客のオーダーは物資の強奪。沈めないでくださいよ?」

「俺にそんな手加減ができる思っちょるのか?」

「できねぇでしょうねぇ……だから、いつも通りやっちまってくだせぇ」

「あぁ、そうするけん」


 向かって来る船。

 エドワードは砲手を向け、くわえている葉巻を吸いこみながら、炎のEエレメントを溜める。

 そして砲口から火花が散ると同時に砲撃。砲弾は船の側部を捉え、木っ端微塵に粉砕する――はずだった。いつもなら、そうだった。


 砲撃は相殺された。

 船から発射された赤い閃光によって、撃ち落とされた。

 そして撃ち落としたそれは、船から飛んでもない脚力で跳躍し、エドワードらがいる岸へと着地する。

 その姿を見たエドワードらは、未知の存在に戸惑い、言葉を失った。


「なんじゃ、こいつは……」


 エドワードのその問いに、答えられる者は誰もいない。

 それが生物なのか、無機物なのか、それすらも判別が適わなかった。


 何せそれは、世界中のありとあらゆる玩具――おもちゃが集合してできた、青い機龍。

 太い二足で全身を揺らしながら、大きすぎる顎がある顔を重そうに歩いていた。


 赤い瞳は輝き、二十センチはあろう歯がチェーンソーのように動いているが、体の構造は一切不明。

 外見で、たくさんの玩具が集合してできているのはわかるのだが、それらが実際に体のどの部分を担っているのかはわからなかった。


「はっ! 子供だましだろ?!」

「待てい!」


 エドワードの制止を振り切り、マフィアの一人が刀を手に斬りかかる。

 地属性のEエレメントで刀を覆い、より硬度を上げた刀で機龍を両断しようとしたが――弾かれた。


 機龍は物凄い硬さで、刀は折れなかったものの、刃が欠けてしまった。

 対して機龍に傷は無く、むしろ光沢を放っているくらいである。

 

 傷こそ付かなかったものの、しかし刃を突き立てられたことに腹を立てたか、機龍は男に対して大口を開け、咆哮する。


「どけい若えの!」


 エドワードが男を跳ね飛ばし、機龍にゼロ距離からの砲撃を叩き込む。

 激しい砲撃音と硝煙がその場を熱と共に満たし、誰もがやったと思い込んだ。


 だが――


「ルンルンルンっ。ルンルルンっ」


 場違いな、陽気な歌が聞こえてくる。

 鼻歌とも聞き取れるそれは、多くの修羅場を乗り越えて来た彼らマフィアに、一縷の恐怖心を植え付ける。

 そしてその声の主は、風に吹かれた蒲公英たんぽぽの種のように、フワリフワリと軽やかに、機龍の上に降り立った。


「ルンルンルンっ、僕の青龍に砲撃したのは、どこの誰だぁい?」

「な、なんだおまえ……?!」

「質問に質問を返さなぁい。僕の青龍に砲撃したのは、どこのどいつだって聞いてるんだけどぉ……」


「おまえだろ?」


 その言葉の次の瞬間、エドワードの悲鳴が響く。

 それに続いて、部下の悲鳴が次々と、青空へと消えていく。

 数分後にはその場には彼女と機龍以外の何者もなく、血だまりも何も存在しない。


 ただ彼らがここまで来るのに使っていた馬車と、それを引いていた馬がいるだけ。

 彼女はその馬車から通信機を拝借すると、誰かへと発信した。


「あ、もしもしぃ? クロコダイルファミリー、潰したよん。そっちはどう?」


「あっそう、そりゃあよかったね。ルンルルン。あ、そうそう、そういえば……」


 桃色の短髪。左眼を覆う黒い眼帯。

 実際の年齢よりも若い、全体的にフリフリとした格好をしていて、橙色の日傘を常に差している彼女。

 黄金の帝国テーラ・アル・ジパング一三騎士団、第六団体団長にして、帝国第三王女。


 邦牙・ルンウィスフェルノ――通称、邦牙ルン。


 闘争大好き。

 殺人大好き。

 そして弟大好きの三拍子揃った、ちょっとヤンデレ気質の女の子。

 

 本当に、ちょっとだけ病んでいる。本当に、ちょっとだけ。


「え……そうなの? ふぅん……わかった、ルン帰る。全団長集結ってことでいいんだよね? うん、わかった……行くよ、青龍」


 彼女の目に、誰の影も映っていない。

 誰のことも、人間として映っていない。

 だって彼女の瞳には、一切の光も映されていないのだから。

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