牢獄の英雄
国の収益の大半を担う鉱石の発掘、その労働のために、幽閉者は日夜鉱山を掘り続ける。
そんな鉱山には、現在名のある大罪人達が幽閉されていた。
そのほとんどが、キャメロニアの資源である鉱石の密漁と強奪のために侵入した者であり、皮肉にも鉱石に囲まれるという夢が叶ったと同時、自由を奪われた者ばかりである。
だが無論、それだけではない。
過去にキャメロニアを侵略を狙って敗北し、捕らえられた者達。
その国にとっては歴史に名を残すだろう、歴戦の英雄達がその牢に囚われていたのである。
王殺しの末裔、ウォルドレッド・イートレィ。
二者択一、判定者バン・ソロ。
隻眼の魔女、ゴールド・“レディ”・レヴァ。
その他にも、聞く者が聞けば震えが止まらないほどの英雄、猛者達。
過去の歴史に名を残し、再び
その中の一人。
たった一人、労働を強いられることなく、檻の中に幽閉され続けている男がいる。
身長三五〇センチの大男。
筋骨隆々のその体躯から繰り出されるその剛力――否、怪力で、かつて
彼の罪は、その立場では絶対にやってはならない部下殺し。
かつて国を救ったその怪力で、自身の直属の部下であった者達を六人も、その手に掛けた。
彼の属性は悪ではないのだが、しかし六人もの部下を手に掛けた理由を未だに吐かない。
過去の戦績もあって死刑は免れたものの、無期懲役を言い渡され、現在も幽閉され続けている。
彼女はその男と、同僚の中だった。
片方は警察組織、片方は戦闘部隊。道は違えど、同じ国を護る立場として、仲間として、共に戦っていたはずだった。
だが今は片方は警察機関総督。そしてもう片方は罪人。
なんとも、大局的な立場となってしまったことに、クレアは残念に思っていた。
「どう? 居心地は」
「……クレアか」
男はジッと動かない。
その怪力で檻を壊そうとしたことは一度もなく、ただ檻の中央で胡坐を掻き、ずっと座っているだけだ。
排泄と食事のために移動くらいはするが、それだけで後は何もしようとしない。
それでも彼の怪力を表す筋骨隆々のその体躯は、まったく衰える様子がなかった。
「最近、騒々しいのが入ったな……誰だ」
「帝国の王子様、らしいわ。あなたが入っている間にできたのか、
「黄金の帝国……テーラ・アル・ジパング、か……確かに、聞いたことのない国だ」
「でしょ? 歳取るわけだわ。そんな国ができるほど、あれから経ったのね」
「……後悔しているのか」
「それはあなたじゃないの? あんなことをした挙句こんなところに閉じ込められて……後悔してないの、リブート」
リブートと呼ばれた男は、まるでうたた寝を始めたかのようにコクコクと頷くと、少しの間を開けてから、クレアへの返答ではなく質問を返す。
「看守の言ってた英雄ってのはなんだ。隊長の誰かが、そう呼ばれ始めたのか」
「……情けないことに、他国から来た男の子よ。強くてね。謎の多い子だけど、根はとっても優しい子。王子様らしいけど、言われて納得したわ」
「帝国の王子とは関係があるのか」
「兄弟らしいわ。兄弟で競い合ってるのだとかなんとか……まぁ、詳しいことはまだ、聞かされてないですけどね」
「そうか」
沈黙。
だがすぐに、その沈黙をクレアが破った。
「リブート。あなたは聖杯と裁定者についてはどこまで知っていたかしら」
「創世記に創られた杯の宝具。それを扱うことを許された者。どちらも伝説上の産物か、それとも実在するものなのか。証明できた奴は一人としていない。聖杯探索能力なんてものもあるが、あれが本当に聖杯を探すための能力で、果たして現代人が使いこなせているのかも、怪しいところだ。誰も、見つけたことがないのだからな」
彼はそう、淡々と告げる。
聖杯探索能力者が存在するのなら、聖杯が存在するという方程式が成立するのかと問われれば、それはノーだ。
聖杯探索能力とされているそれが、まったく別物のそれである可能性は無きにしも非ずなのだから。
しかし逆を言えば、聖杯がないと証明できた者もいない。
他の何も引っかからない探知能力が、聖杯を探すためのそれなのだとすれば、なるほどこの世のどこかにあるのかもしれない。
どちらともフワフワとした空論のようなものであるが、しかしどちらにも根拠と呼べるものは少なからず存在する。
だがそこに、
だが。
「だが……その英雄、とんでもないものを持ってきたようだな」
かつて聖杯によって栄え、そして滅んだ王国キャメロット。
それを理想として造られたのが
模して造られたのが
この先起こることとなる二国の戦いがどれだけの規模となり、繰り広げられるのか。それを察することができている者はまだいない。
だが檻の中のリブートは、その戦いの大きさと凄まじさを予め知っているかのように、これから起こる戦いを予期、または予知するが如く、クレアへと警告を向けた。
「クレア、その英雄に気を付けろ。英雄は災厄をその力で切り開くが故に英雄だが、同時に切り開くべき災厄を招くぞ。その英雄が切り開けるだけの災厄を、この国に招く。現にその英雄が来た後に翼龍の群れ、さらにピラミッドタートルが来たらしいじゃねぇか。戦闘部隊の隊長達が一新されたばかりのこの時期に、そんな災厄は呼ぶべきじゃあない」
「偶然よ。彼はそんな存在じゃないわ。推理小説の殺人現場に必ず探偵がいるように、その部分だけを切り取って見ているから、そう感じるだけよ。災厄が英雄に近付くんじゃない。災厄に挑み、飛び込むから英雄なのよ」
「だとしてもだ。警戒は怠るべきじゃない。英雄が災厄に飛び込めば、その英雄に続いて国も災厄の中。王国は火の中に投じられる」
一呼吸、一間を置いて。
リブートは再度警告する。
「クレア。おまえは今、アストラピ総督だろう。ならば警戒を忘れるな。怠るな。何も信じるなとは言わないが、対する人間のどこかを疑うことを覚えろ。疑ってかかれとは言わんが人に悪心があることを信じろ。おまえは人を良い方向で信じすぎる。過信し過ぎる。おまえの目がいくら人の心を読めるとしても」
「心の闇を読まなければ、知らないのと同じだ」
それこそが、心の読めない彼が部下を殺した理由なのだろうかと、クレアは思いさえした。
彼の警告は、昔馴染みとしてのものだったのか。
それとも警察機関総督に対してのものだったのか。
そもそもそれは警告なのか、ただの心配なのか。
わからない。わからないが、彼が何かしらを感じて言っていることはわかった。
そしてその警告が、決して的外れでないことも理解していた。
クレアの悪癖をよく理解しているからこそ出た警告――いや、忠告だと理解できていた。
隊長の座を長く退いたリブートだが、彼の目はクレアの読心の目よりも鋭く、物事の本質を見抜かんとする。
綺麗なものばかり見ていても、その本質は見抜けない。
そのことを、彼は檻に入ることで体現しているようにも見えてしまう。
だからこそ、彼は死刑を免れ、無期懲役で治まっているわけなのだが。
「ありがとう、素直に受け取っておくわ。できればその調子で、あなたの無罪についても語って欲しいものだけど」
「おまえが心を読めばいいだろう。無論、読めるのならだが」
「心を閉ざしてしまったあなたのは読めないし、読めたとしても読まないわ」
「罪と向き合ってない人間だから、か? おまえの口癖だったな。罪と対峙できない人間ほど弱いと」
「逆よ。あなたほど自分の罪と対峙している人間を見たことないわ。だから私は、あなたと共有したいのよ。何故そんなことをしてしまったのか、あなたの口から聞きたいのよ。酒に酔った勢いでも、腹が立ったからでも、部下を侮辱されたからでも、くだらない理由でもなんでもいいの。あなたが、私達に心を許せるようになってほしいのよ」
「……無理とは言わない。現に俺はおまえに心を閉じてさえいるが、受け入れてはいる。だがまだ語るときじゃない。語ったところで罪が軽くなるわけでもないし、させやしない。俺がやったのは部下殺しだ。どんな理由があれ、罰は受けなければならない」
相変わらずの調子のリブート。
それを見て、クレアは安堵したような困ったなと改めて思ったというか。
とにかく、色々なものを込めた吐息を吐かざるを得なかった。
「そろそろ帰れ、クレア。総督がいつまでもこんな陰気な場所にいるべきじゃない。先頭はしっかり前を見て、後を仕切れ」
「あなたに言われるまでもないわ。話したくなったらいつでも呼んで頂戴。私はいつでも待ってるわ」
「そのときが来るかはわからないが……まぁ、気が向けばな」
「この……頑固者」
「おまえには負ける」
この日の面会、と言っても面会としての記録に残らないただの重要な会話という奴は、ここで終わった。
自分の立場を忘れて「檻から出せ」と命令と脅しを含めた言葉を投げつける他の罪人達と違って、リブートは立ち去るクレアに何も言わなかった。
これより数日の後に
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