個性豊かな隊長達と感情豊かな英雄
バリスタン・
そして、フェイラン・シファーランド。
三人もの美人の隊長と仲睦まじい姿を見せる青年に、貴族王族は注目する。
その青年の美しさと気品に女性らは目移りし、いくつかの財団の娘は執事に彼の素性を調べるよう命じたほどだった。
そうして自分が注目を浴びていることに、
毛皮一枚で戦場に現れたときもそれなりの注目を浴びていたとは思うが、注目の種類が違うためか相当に恥ずかしそうで、少し俯き加減であった。
敵意を向けられるのは慣れているようだが、尊敬を向けられるのは苦手らしい。
「なんだシファーランドか。美人がいるから誰かと思えば」
声を掛けて来た男は、この会場に相応しくない汚れた白衣姿。
薬品と血の臭いが混ざり、彼だけ異臭を放っていた。
シュタイン・
「シュタイン。来るならドレスコードというものがあるだろう」
「こっちは来たくもないのに来てるんだ。これくらい許してくれ。そもそもスーツとかそんなかたっ苦しいものは持ってないしね」
「まぁおまえらしいと言えばらしいが。そうだ、シュタイン。英雄くんだ。挨拶しておけ」
「へぇ、君がねぇ……」
シュタインは立ち上がる。
蓮もそこまで低い身長ではないが、シュタインはスラッと背が高く全体的に細い。
蓮を見下ろす形になったシュタインは、煙草臭い手を差し出した。
「初めまして、英雄さん。俺はシュタイン・
「研究テーマは毎回変わるんだが、今は最近君が捉えてくれた災害の解剖に勤しんでいる。お陰で生であれの生態を知れて満足だ。今後の研究にも役立つだろう。この際だから、お礼を言わせてもらうよ。貴重なサンプルの提出をありがとう、邦牙くん」
「じゃあ挨拶も終わったことだし、俺はいくよ。シファーランドが持って帰って来た人喰い亀の研究もしなきゃだからねぇ」
「じゃあまた、機会があれば」とシュタインは行ってしまった。
本当に用を済ませた程度の挨拶で終わり、それ以降パーティーに戻ってくることはなかった。
本当にただ蓮に挨拶するためだけに来た彼が、このパーティーに居続ける意味はなかったからである。
そうしてシュタインが姿を消したのと同時、会場の天井付近に映像が映し出された。
キャメロニアの国紋が映され、そこから国王の声が響く。やはり姿は映さない。
『皆様、本日は急な開催にも関わらずご足労いただき、誠にありがとうございます。先日我がキャメロニアが誇る鉱山にて、過去最高クラスの宝石が掘り出されました。キャメロニアはこれからもこれまでのように廃ることなく、繁栄の道を歩むでしょう。今日はこれからの繁栄を祈り、そしてこれまでの繁栄を祝して、心行くまでお楽しみください』
立食パーティーとあって、キャメロニアが誇る伝統料理が並ぶ。
家庭的なものから貴族王族しか口にしないだろう豪奢なものまで、種類は様々だった。
だが、蓮は食べようとしない。
食べたそうにする様子もない。
「英雄くん、食事はしないのかな?」
「遠慮することはないぞ。表向きは国王の言った通りだが、実際はあなたの歓迎会のようなものだ。あなたに遠慮されては、作ってくれたコック達が落ち込んでしまう」
フェイランとシャナに勧められるが、蓮は困っている。
その理由を聞いているアルフエは、それを二人に伝えようかどうか迷っていた。
蓮本人が、それを伝えることを若干であれ躊躇っていた様子からして、他人が軽々と伝えていいものかどうか、わからなかったからだ。
蓮はアルフエを信用したからこそ教えたのだし、その信用を裏切るような真似はしたくない。 だが伝えなければ、フェイランやシャナに蓮が失礼な態度を取っていることになってしまう。
どうしようか迷っているところに、助け舟が出て来た。
日和は紫色のドレスに身を包み、大男は和装に身を包んでいる。袴姿の大男は口元をマスクで覆っており、度々物凄い熱を持った白息を吐いていた。
「日和か。それに
「盗賊団の処理が終わった。だから来た」
「近衛、英雄の邦牙蓮だ。挨拶しろ」
身長二メートルは超えている大男。
和装をしていることと近衛という名前から和国の出身だということはわかるが、和国の平均身長を遥かに超える体躯には迫力があった。
差し出された手も、かなりデカい。
「近衛
「近衛、邦牙は訳あって言葉が使えない。無言を許してやってくれ」
「了承した。そして歓迎だ。ようこそキャメロニアへ。そして言おうと思ってた。ありがとう、この国を護ってくれて」
~当然のことをしたまでです~
会場全体を包む、柔らかく美しいハープの音色。
引くのは、普段から吟遊詩人のような装いをしている九番隊隊長、エルバスターク・フィッツ・ジェラルド。
彼女が響かせる音色に客の誰もが心惹かれ、耳を傾ける。
曲の前奏が引き終わったところで立ち上がった彼女は、大きな羽がついた帽子を脱ぎ、客に対して一礼した。
「皆様ようこそお越しくださいました。戦闘部隊九番隊隊長、エルバスターク・フィッツ・ジェラルドでございます。本日は私と隊の者達が、素敵な夜の時間を提供したく思っている次第、最後までお楽しみくださいませ」
美しい旋律の中、アルフエが蓮に教える。
エルバスタークを含め、九番隊はほとんどが音楽家で、パーティーなどの舞台では度々演奏を聴かせてくれるのだと。
昔からこの体制だったわけではないそうだが、エルバスタークの演奏があまりにも素晴らしいため皆が虜となっている。
すでにこの国では、彼女の演奏は定番だそうだ。
そんな彼女達の演奏を聞き、体を疼かせる貴族王族の皆は踊り出す。
自然と空いた空間で、皆がペアを作って踊り始めたが、誰も文句を言う者はいない。
それが当然であるくらい、彼女達の演奏は素晴らしかった。
「英雄さん、一緒に踊らない?」
蓮の腕を抱いて、日和が誘う。
そして蓮が断る暇すら与えない速度で、ダンス会場へと引っ張り出した。
元々注目を集めていた蓮が躍るとなって、周囲からの注目がさらに集まって来る。
ダンスの技術や美しさもまた貴族王族の嗜みとして必要とされる彼らの目は、蓮の素質を見抜こうとしていた。
「よろしくね、英雄さん」
ドレスの裾を上げて一礼する日和。
突然こんな場に出されて緊張し、ましてや踊りなんてわからなさそうな蓮だったが、このときの蓮の様子に日和は少し驚いた。
会話のための単語手帳を胸ポケットに入れ、スーツを引き締め、さらにズボンのポケットから手袋を取り出すと、それを嵌めて日和に手を差し伸べ、その手を取った。
そして、とても華麗に凛として、日和をエスコートする形で踊り出す。
その姿はまさに魅惑的かつ魅了的。王族のそれにも相応しい気品を感じさせる蓮に、周囲の客達は蓮がどこぞの王族と思い込み、是非とも娘とくっ付けたいと陰謀を膨らませる。
そしてその場の警備兵らに探りを入れるのだが、誰も蓮がこの国を救った英雄だということしか知らず、詳細な情報を知り得ないので、それ以上踏み出せなかった。
だがその詳細不明という点が返って女性の心を掴むらしく、是非彼が欲しいという貴族王族の令嬢が多かった。
故に今、蓮と踊っている日和が羨ましくてしょうがない。
「みんなあなたと踊りたそうだよ、英雄さん。モテる男はつらいね」
そんな、俺なんてそんな資格はないよ。
そう言いたげな顔をする。
「あなたはとても魅力的だよ。カッコいいし、すぐに人を助けようとするし助けられる。ここに来てないウォルトだって、嫉妬しているの。誰からも好かれるうえ、なんでも持っているあなたのことを」
――俺には、何もないよ。
そう言いたげな顔をする蓮に対して、あなたは無自覚なのねと日和は呟いた。
「周りを見ればわかる。あなたは何も喋れないけれど、それでも人を幸福にできる人。そんなあなたに憧れて焦がれて、みんなあなたに夢中なの。私も、あなたに夢中だよ」
だから――
と、日和は蓮の首に腕を回して、自分をスッと寄せて、蓮の頬にキスをした。
「私、あなたが好きになっちゃった」
そう耳元で囁いた日和はそっけなく離れると頭を下げ、そしてそそくさとその場から退場していった。
二度目となる日和からの口づけに、蓮は少し気が遠くなっている。
嘆息を零すと翻り、アルフエ達の元へと戻った。
「お、おかえりなさい……素敵なダンスを踊れるのですね……思わず見惚れてしまいました」
「ならば次に踊ってもらえばいいじゃないか、アルフエくん」
「そんな、私なんてとてもとても……」
「君に足りないのは娯楽と世間との関わり合いだ、そら行ってこい……!」
ひゃん、と可愛い声を上げて蓮の胸に飛び込ませられたアルフエ。
蓮はアルフエを支えてしっかりと立たせると片膝をつき、その手の甲に口づけをした。
紅潮するアルフエの手をそっと引き、今度は蓮がアルフエを引っ張り出す。
蓮のお辞儀に応えて緊張の面持ちでお辞儀したアルフエの手を再度取って、ステップを踏もうとした。
しかし、アルフエが動こうとしない――いや、動けないでいた。
「ご、ごめんなさい……その、今までこういう場で踊ったことがなくて……踊り方が……」
もはやこうして、人前に出ることすら恥ずかしいアルフエ。
自分よりも、蓮に注目が集まっていると思っている彼女だが、実際には美しい何者と知られていない自分に注目が集まっていることに気付いていない。
何せアルフエは、自らが十番隊の隊長だと公言しなかった隊長だ。
故に彼女のことを誰も知らず、どこかの貴族の令嬢だと思っていた。
気恥ずかしそうに赤面し、若干涙目にすらなりつつある彼女を見て、守ってあげたいと男の欲を駆り立てた男子は多く、彼女の詳細を知ろうと令嬢らと同じ行動を取る。
蓮と違ってアルフエのことはある程度知っている兵士達は答えるが、しかし令嬢達とは違う理由でアルフエにアプローチできなかった。
「れ、蓮さん、その……っ」
蓮に腕を引かれ、エスコートされる形でゆっくりとだが踊る。
喋れない蓮はアルフエを誘導するに身を引き、時に少しだけ押し、踊りとして成していく。
徐々に慣れて来た二人はそのリズムを早め、すぐに普通に踊れるようになっていた。
周囲の他の客も踊るのをやめ、美しい二人の踊りに魅入る。
男達がアルフエにアプローチをかけられないのは、彼女をエスコートする英雄よりも自分達が優れていると思えないからである。
戦闘部隊の隊長のアルフエに、自分が釣り合うのに必要なのは財力だけではない。実際の戦闘技術、戦場を見て策を練る頭の回転の速さなど、とにかく戦力もまた求められる一つだ。
それが国を護った英雄よりも優れていると、思うことができない。
それを差し引いても、まず自分達のように宝石や装飾の数で彩っている人間が、自身の魅力だけで自分達よりも女性を惹きつけている英雄に対してまず勝てると思えなかった。
新しいもの好きな貴族の令嬢らが、ただ新顔に興味を持っている程度ならば時間の問題だが、しかし自分達がその新顔に完全に劣っていると自覚してしまったのは、彼らにとってこれが初めてでこれから先も続くことであった。
もっともそんな未来は、彼らの知るところではないのだが。
「英雄さん、私の時よりステップ軽い……」
「あぁ、あの二人はなんだかんだでお似合いだな。戦場で出会ったのも、これは何かしらの運命か。これからあの二人には、何かある気がするな」
「何かとあるだろうさ。あの英雄、見ての通り相当女の扱いに慣れているようだしな。まぁ今後彼がこの国に留まってくれるのならば、その遺伝子の十や二十は残しておいてくれてほしいものだが」
「いや、ネズミじゃないんですから……あとうちの国、一夫一妻制ですよ」
「王族は多妻が認められるだろう? 今の国王の次はまだ決まっていないのだし、今から候補にしておいてもいいだろう」
「確かに王には世継ぎがいないが……まだ早いと思わないか、シファーランド」
「そんなことはないさ」と、フェイランは語る。
このとき近衛はしまったと思った。
フェイランは一度、愛しい人との子を流産している。
その人もかなり前の大戦で亡くしてしまい、子供の話は彼女の前では少しタブーと言えた。
が、フェイラン自身が続ける。
さながら自身の運命を、皮肉るかのように。
「未来なんてどう転ぶかわからないんだ。いつ死ぬかなんて、本人にすらわからない。ならば次世代について考えるのに、遅いも早いもないと思う。さて後継者を見つけようと言って見つからないと焦るより、ずっといいと私は思うよ」
「……失言だった。すまない、シファーランド隊長」
「構わないさ。それに気を使う必要もないぞ、近衛。今はパーティだ、無礼講と行こうじゃないか」
「お付き合いします」
二人はそう言ってアルコールを入れに行った。
シャナやアルフエがいる場で酒を飲むわけにはいかないと、遠慮していたらしいフェイランは、別段酒が特別好きというわけでもないのだが、せっかくのパーティということで酒を飲みに行こうとした。
そのときだった。
蓮とアルフエのダンスが調度終わり、エルバスタークがハープを置いて、素晴らしいダンスをありがとうと英雄とアルフエを称えようとしたそのとき、突如会場全体の明かりが消える。
シャンデリアもテーブルの蝋燭も、とにかく明かりを奪われた。
現在はもう真夜中。そしてここは王城の大広間。周囲には城壁が築かれており、明かりを見ることができない。
まさに真っ暗闇の中にあって、客達は一斉に混乱した。そして、なんとか少しでも明かりのある庭園の方へと出ようとする。
人が一斉に流れ込むと収拾がつかないもので、警備兵もその場にいた隊長達もどれだけ声を張ろうとも人々を押さえつけることができず、その場はパニックに包まれた。
フェイランやシャナがなんとか安全な避難誘導を試みているのを聞いて、アルフエもまた行こうとする。
だが蓮によって腕を引かれ、そして強く抱き寄せられた。
離れるな、そう肩を掴む手が言っている。
「蓮さん、あの、放していただけませんか――」
アルフエの顔に何かが掛かる。
水か、それとも敵の何かしらの毒か何かか。
しかしアルフエは一瞬で、その生暖かい液体の正体を知った。鉄臭い、その異臭で。
生暖かい、鮮血だった。
「蓮さん?!」
蓮が怪我をしたのだと思った。
暗闇で目が効かない中で、必死に蓮の体に手を当てる。
胸部、腹部、そして脚。どこか血で濡れているところがないかと探るが、しかしどこにも見当たらない。
そしてそうしているうちにアルフエの耳元で、聞きなれない女性の声が囁かれた。
一言、はっきりと――
――死ね。
「“
会場の中心で、凄まじい熱量を持った光源が燃え盛る。
それは真白の炎で、皆が庭園へ庭園へと行こうとしてポッカリ空いた会場中央に放たれた、新たな光だった。
放ったのは、フェイラン。
「英雄! 左だ!」
フェイランの声が再び響く。
そしてアルフエが視認するよりも凄まじく速い速度で、蓮の手刀が一人の女の首筋を捉えていた。
一突きされた女はその場で片膝を付き、大きく咳き込む。
だがすぐさま持っていた刀を翻して蓮に斬りかかるが、横から飛んできた近衛に殴り飛ばされた。
見ると袖を脱ぎ上半身を晒した近衛の両腕には装甲がまとわれ、その関節から凄まじい熱気と蒸気が放たれていた。
それを推進力にして飛んできたにしても、かなり速い。巨体に似合わないスピードだ。
そんな速度で突進された女武者は脳震盪を起こしていて、立てずにもがく。
だがそれでも逃げようとせず、蓮に絶えず威圧と殺気を混ぜ込めた眼光をぶつけ、刀を握ろうとしていた。
「両腕、へし折る」
両腕の関節とマスクから蒸気を放ち、女武者としては逆に恐怖心を煽られる速度でゆっくりと詰め寄る。
そして両腕の装甲を振り回し、今まさに殴りかかろうとしたところで、近衛の脚が止まった――
――いや、止められた。
水と銀色のゴスロリ衣装の小さな女の子が、近衛の腹部に手を添える。
「そこ、どけ」
「どけない。それにどくのは……そっちの、方」
「むっ……?!」
巨躯を持つ近衛が、ずっと小さな女の子の蹴りに押し戻される。
蹴り自体はガードしたのでダメージはないが、しかし少女とは思えない怪力に、近衛は驚かされた。
そしてそれは、ほかの隊長各位も同じ。
「パワープラススピード、かつヘビー。三拍子揃った近衛を押し戻すとは……何者だ」
「近衛隊長! ここは二人でやるか!」
「一人で……充ぶ――英雄……」
近衛と少女の間に、蓮が入る。
アルフエは日和に任せ、そして起き上がって来た女武者は刀を取って立ち上がろうとしたところを、背後にいたエルバスタークによって拘束された。ハープから伸びる弦で絡め取られた形、に見える。
故にここは一対一。
しかし例え蓮を撃破しても他の隊長達がいるというこの状況で、ゴスロリ少女は笑っていた。
さながら――いや、彼女は喜んでいた。親しい人との再会に。
「お久し振りです、蓮様! ピノーキオ・ダルラキオン! ただいま参上いたしました!」
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