人形少女と英雄は踊る

 ピノーキオ・ダルラキオン。

 そう名乗った少女はくるりとその場で翻り、ドレスの裾を上げて会釈する。

 さながら目の前の英雄に、敬意を払うように。


 英雄のことを敬称で呼ぶ彼女と、呼ばれる邦牙蓮ほうがれんを並べて何度も見比べたアルフエは、ドレスの裾の下に隠していた拳銃を抜くべきか否か迷っていた。

 蓮の知人ならば撃たない方がいいと思えるし、撃った方がいいとも思える。最近蓮の姉と名乗った人物がこの国に侵入したせいで、そんな迷いが生じてしまった。

 だからこそ隙ができる。


「失礼、気を失っていただくがよろしいかね?」


 したたかに速やかに、そしてかつ華麗に、アルフエの背後で手刀を構える紳士が一人。

 アルフエの反応が追いつかず、振り向いて背後を確認するのがやっとという速度で肉薄、断り、突くまでの一連動作をこなした彼だったが、突ききることができなかった。


「手刀なんて女性に向けるべきじゃないな、紳士ムッシュー

「だから始めに断ったのだよ、レディ。私は紳士的にかつ迅速に、敵を減らそうと試みただけなのだから、こんなことをされる覚えはないのだがね」


 アルフエのピンチを助けたのは、後方の上段にいたエルバスタークだった。女武者を止めているように、ハープの弦を伸ばして止めている、ように見える。

 しかし実際傍目から見れば、彼女がどうやって紳士の刺突を止めたのかはわからない。彼女は演奏のときと同じでただハープを持って脚を組み鎮座しているだけで、他には何も特別なポーズを取っていなかったのだから、ハープの弦で止めているというのは単なる想像だ。

 しかし紳士は見えていなくとも感じることはできる。自身の体に視認できないほどの細い糸状の物が絡みついていて、それが強く引っ張られて動きを止めていた。


「吟遊詩人らしく、ハープが武器なのかね? そこまで自分のキャラに従順なのも、窮屈だとは思うが、しかしこれは厄介だ。全属性エレメント・オールより先に、君を討つべきだったかな」

「残念ながら、ハープなんて実戦に不向きな武器はないのです。かの伝説の武装職人と言えど、さすがにハープには手を出していませんのでね。ならば、私の能力でしかありえません」

「だろうね。それで、このまま私を殺すかね?」

「残念ながら、それもありません。あなた方はここで拘束させていただきます。戦闘部隊隊長に対する執行妨害、刑はそのようなところでしょうか」

「それは困るね。生憎と、刑務所暮らしは経験がないもので。不安なので脱出させてもらう」


 そう言って、紳士はいとも簡単に、自身を絡め取っていた糸を斬り捨ててみせる。

 斬られようが千切られようが結局は見えないのでどうなっているのかは不明だが、しかしおそらく糸はズタズタに引き裂かれただろうと、その場にいた誰もが思った。


「しかし驚いたね。まさか我々以外にも侵入している者がいたとは……唐紅からくれない跳弾武蔵ちょうだんむさしか」

「跳弾武蔵――和国の人斬りか。国に属さず、歩いた国で十人斬っては移動するを繰り返している国際指名手配犯……確かに何故そんな奴がいるのか気になるが、今は――」


 跳弾武蔵はエルバスタークが抑えている。

 ならば自分の敵は、その拘束を振り払った紳士だろうと、シャナはドレスの裾を自ら引き裂きながらに思い、自らの手に灼熱を宿した。


「貴様らは一体何者だ。目的はなんだ」

「そんな問いに答えると思っているのか? ……と言いたいところだが、すでにピノーが名乗ってしまったからね。私も潔く名乗るとしよう」


「改めまして白銀の隊長方、お初にお目にかかります。私は黄金の帝国テーラ・アル・ジパング第一王子専属お世話係、ハンバル・ローマキランと申します。今回はそこのピノーキオと共に、の御迎えに上がりました次第にございます」

「我が帝国、だと……?」


 隊長らの視線が、蓮へと集中する。無論アルフエもまた、蓮に視線を向けた際に見た。

 彼の言っていることは事実ですと、受け入れている蓮の姿、その表情を。


「そしてそこにいるピノーキオ・ダルラキオンもまた、私と同じく第一王子専属お世話係の一人。故に我々は迷子になっていた第一王子を、お迎えに上がったに過ぎないのです。そこの人斬りのような者から、護るために」

「では最近来た英雄の姉とその刺客も、彼を連れ戻すために……?」


 シャナがそう問うと、ハンバルは苦笑を浮かべて「残念ながらそうではありません」と首を振った。そして、まるで童話を聞かせるかのような口調で語り始める。


「我らが王には、五人の子供がおりました。それぞれ別の親から生まれた子供でしたが、皆が健康で強く、たくましく育ちました」


「あるとき王が病に倒れてしまいました。王は臣下たちに、次の後継者を決めるよう言いつけ、この世を去りました」


「しかしいつまで経っても、臣下たちは自分の信じる王の子を推すばかりで決まりませんでした。王の不在で国は混乱し、仕方なく五人の王妃が代理を務めましたが、国を背負うプレッシャーに負けて一人、また一人と衰弱し倒れていきました」


「そんなとき、とある臣下が言いました。ならば五人に競わせればいいのではないですか。五人が戦った果てに決まった勝者ならば、きっと王として正しくあってくれる。その提案に、すべての臣下が賛成しました」


「それ以降、五人の子供達は次の王を決める戦いを強いられ、今も尚競い、争い、戦い続けているのです……そしてその一人が、そこにおられる邦牙蓮様なのです」


 アルフエが、それは本当ですかと視線で問う。

 蓮はそれに頷かなかったし、首も横に振ることもなかったが、しかし表情は本当の話だと言っているようだった。

 それを見た周囲が硬直する中で、ハンバルは蓮を諭すように言い聞かす。


「蓮様。あなたはいずれ我らが王になるお方、このような弱小国で燻っていていい方ではないのです。共に帰りましょう。お母様――イヴ様も心配されています」


 母親の名が出たからか、蓮はハンバルを睨んだ。それはズルいだろうと、責めるような目だった。ハンバルが若干苦しそうな表情で睨み返すが、しかしすぐに頭を下げて。


「蓮様、お願いです。お帰りください。このままでは、国が……」


 蓮が何か言おうと――いや実際彼は喋れないのだが、とにかく何かを訴えようとしたそのときだった。

 エルバスタークが捕えていた武蔵が自ら拘束を解き、白刃を蓮へと突き立てようと振り払ったのである。

 だが慌てることも臆することもなく、蓮はその斬撃を見切ると同時、

 

「馬鹿な――?!」


 苦悶の表情から嗚咽、そして胃液を吐き出す。剣撃を止めた蓮の正拳突きに腹を抉られ、そのままとっさに頭を下げたエルバスタークのいる台まで殴り飛ばされ、そのまま気絶した。信じられないものを見た、そんな顔で。


「さすがです、蓮様!」


 猫の耳をピコピコと動かし、その場でピョンピョンと跳ねるピノーキオ。

 蓮はそれに慣れた様子で小さな頭へと手を置き、そっと髪を撫で下ろした。

 蓮の手櫛が気持ちいいのか、ピノーキオの猫耳がヘンナリと折れる。そこに来たハンバルがグシャグシャにかき乱すと、今度は猫耳がピンと立って唸り、威嚇する。

 ハンバルはまったく動じず、淡々と蓮に向けて続けた。


「お見事です、蓮様。ではこのまま、黄金の帝国テーラ・アル・ジパングへ――」

「おい、勝手に話を進めるな。ハンバルとやら」

「? 何か問題でも?」


 大ありだろうと言いたげに、フェイランは吐息する。今さっきまで涼しい顔で状況を見ていた彼女だったが、まさかそのまま帰るつもりじゃないだろうなと思っていたところで帰ろうと言い出したので、止めた次第だった。


 しかし実際、不法侵入にパーティー乱入。

 国のことを思えば確かに彼らは悪くないのかもしれないが、しかしだからといってそれらの罪を許すことができるほど柔軟に対応もできない。

 不法侵入者は不法侵入者として、扱わなければならないのだ。それこそその英雄のように、この国を救うくらいのことをしなければ。

 それにもし正当な手続きを行って侵入していたとしても、彼らに蓮を連れ出すことはできない。


「そこの英雄は我らが王と取引を行っている。この国に滞在し、この国の益とならんとす。と。故に彼の出国は、我らが王の許可を取っていただかないと困るのだ」

「騎士配備制度か。随分と古いものをお使いのようだが、この国の文明レベルはそこまで低いのかね? 騎士王国へのリスペクトは素晴らしいが、しかしその制度の息苦しさにも気付かないようでは、君達の評価も決まっているね」


 ハンバルの騎士配備制度は、すべての騎士――すなわち戦闘力を持つ者の配備、及び出国入国のすべてを王の許可の元行うというもので、白銀の王国キャメロニア建国の際にモデルとなった古の王国にあったという制度である。

 

 現在ではその臨機応変のなさが問題視されていて、実施されている国はもうおそらくここしかないだろう。

 古い体制にいつまでも固執しているその意固地さを、ハンバルは嘆いたのだ。


 しかしそれは、この国の人々からしてみれば大きなお世話。

 今は無き理想の王国を目指して努力することを、侮辱されたかのような憤りを覚えてしまう。それはかのフェイランとて、同じことだった。


「古い制度、古い秩序は学ぶことが多い。そこから何かを見出そうとするのが進化の始まりだと思うのだが、何もかも新しければいいなんて子供みたいな発想をするのだな」

「故きを温ねて新しきを知るという諺があったが、しかし古いものにいつまでも拘っていても進歩はないだろう。そこには停滞。不変と言うの名の死があるだけだとは思わんかね?」


 お互い一歩も引けない。

 片方は国の威信を、もう片方はその国の自由のなさを嘆きをかけて、互いに自分の意思を尊重したいと、引ける様子ではなかった。

 そんな二人の言い合いに混ざるかのように、それはケタケタと気色の悪い笑い声を響かせて、現れた。


「余裕だねぇ。刺客がやられて緊張が解けた? だけどそれ、ちょっと早すぎるんじゃない?」


 その声がしたのは、跳弾武蔵の腹の中。

 それは武蔵の腹を突き破り、気色悪い笑い声と共に生まれ出でた。


 全身を血で濡らしたそれは赤い眼光を飛ばし、その場の全員を見回した。そしてそのまま飛び上がり、蓮へと突っ込んでいく。その手には腐っていく跳弾武蔵の亡骸から取った刀が握られていた。


「死んじゃえ」

「蓮様!」


 刀が深く、蓮を庇ったハンバルの体に突き立つ。

 肩から腹部まで押し潰されるように斬り付けられ、さらに真横に薙ぎ払われ、斬り払われた。

 

 さらに彼はその十字の切り傷から、ハンバルの体へと入り込む。

 おそらく跳弾武蔵も同じようにして入り込んだのだろう。彼が入り込むとチャックを締めるように傷口が塞がり、ハンバルの体を乗っ取った。

 乗っ取る際に宙に抛った刀を受け止めて、再び蓮へと斬りこむ。だがそこで、背後からエルバスタークの能力に動きを止められた。

 さらにシャナと近衛このえの二人に攻撃され、回避を余儀なくされる。


「やれやれ、何故こう何度も邪魔が入るのかね。先ほどこの男……じゃなかった、俺が言わなかったかな? これは戦いなんだ、俺達の中から正当な後継者を決めるための、ね」


 ハンバルの口調、声音、態度。

 すべてをハンバルのそれにして、彼は語りかけてくる。

 無論彼が入り込んだところを見たが故に、すでにハンバルがものを言っているとは思えなかった。彼はもう、跳弾武蔵同様の末路を辿るしかないだろうこともわかる。


「あの人斬り自体は強かったのだが、生憎と女の体は扱いが難しくてね。特に胸部や臀部が女性的だと、うまく動けないから、こうしておまえに不覚を取ってしまったわけだ、蓮」


 彼は今さっき、決めると言っていた。そしてハンバルの話にあった腹違いの王の子が五人。

 ということは――


「おまえが先ほど話に出た、子供の一人か」


 フェイランが問うと、彼はハンバルの声で笑った。

 ハンバルの声と肉体を借りても、その笑い声の気色悪さは変わらない。そして声はそのままハンバルのもので、口調は彼本人のだろうそれで答えた。


「そだよ? 僕は邦牙ろん黄金の帝国テーラ・アル・ジパング、キャメロット第二王子。そこにいる蓮とは、兄と弟の関係さ」


「今日は兄貴の様子を見に来たんだ。兄貴は僕らと違って一人で国を飛び出して行って、そのまま行方不明だったんだ。何年も帰らないで、もしかして死んだんじゃないかって心配してたんだけど、やっぱりさすが兄貴だ。生きてた上に、こんな国で英雄気取りだなんて……」


「ばかばかしくて、思わず殺そうとしちゃったよ」


 論はそう言って、また気色悪くケタケタと笑う。

 ハンバルの血で濡れた刀剣を振り回し、蓮にその切っ先を向けた。


「僕の能力は知ってるよね、兄貴。兄貴が僕を殺すより早く、僕はただ。そしてここには、たくさんの人がいる……着替えには困らない……!」

「皆、早く逃げろ! 何を立ち止まっている!」


 事態の展開に思わず見入ってしまっていた客が、シャナの言葉を受けて我に返り、再び外へと逃げ出そうとする。

 しかしその直後、庭園へと出る唯一の扉が閉まり、鍵がかかってしまった。侵入者を想定し、閉じてさえいれば破れない扉の強度が仇となってしまった。外でおそらく待機していたのだろう論の仲間が、全員を閉じ込めた。


「これでもう逃げられないね、兄貴」

「蓮様、お下がりください! ここは私が!」


 ピノーキオが前に出る。ハンバルの体を着る論と対峙し、履いているガラスのヒールで威圧した。

 が、論に臆する様子はない。ハンバルの顔で、喜々として笑うだけだ。


「君が僕の相手? 無理無理、実力差が違い過ぎるよ。僕の相手はそう誰にでも務まるもんじゃないのさ。そう、こうやってあっという間に、勝負がついちゃうから……!」


 血塗れの刀剣が、容赦なくピノーキオに振り下ろされる。

 その一撃によって死ぬことまで覚悟しながらも、蓮の盾となることをやめなかった彼女は、目を閉じて、口を真一文字に結んで斬られる瞬間を待つ。

 だがそのときは一向に訪れなかった。触れたのは、温もりを持った手。それが肩を抱き、まるで自分を護るように包み込んでいる。そして目を見開いたその瞬間に、自身に向けて振り下ろされていた刀剣がずっと向こうで落ちた音を聞いた。


「蓮様!」


 自身を庇ってくれたピノーキオを、逆に守った蓮。世界を練り歩く人斬りが何十人と血を飲ませただろうその刃を手刀で弾き、さらにへし折っていた。

 刀身の大部分が向こう側に飛ばされ、刀を捨てた論は笑う。


「さすが兄貴。自分の盾を護るなんて、随分酷いことをするじゃないか。でもね? でもでもそれが兄貴だよねぇ。イヴ母さんも気に入るわけだよ、!」


 蓮の手刀と、論の蹴りが衝突する。ただの打撃に生じる衝撃と風圧が凄まじく、二人以外はその場に踏ん張らざるを得なかった。

 そのまま激しい衝突の連続の中、論の笑い声が響く。


「そうだよそうだよそうだよね! 兄貴は優しいよ! 自分のためじゃなくて周りのために動いて戦って祈って! 底抜けの優しさってこういうことを言うんだよ! 他の奴の優しさなんてクズも同然さ!」


 蓮の手刀を躱し、拳を放つ。

 蓮が天井を見上げる形でそのアッパーカットを躱すと、もう一方の拳を腹に向けて叩き込んだ。


「だが兄貴は周囲を見下さない! 僕達も姉貴達も誰も、腹の底ですら何も思ってない! そういう裏のある人間ならよかったのに! そういう表裏がない人間が一番怖いんだよ! いつかその優しさで、僕達の国を壊しそうでさぁ!」


 腹に向けて叩き込まれていた拳を受け止めていた蓮は、そのまま能力を発揮しようとする。が、論はその体から雷電を放ち、蓮の体を焼き始めた。とっさに離れた蓮に、論は距離を詰めてくる。

 雷電は論の能力ではなく、彼が奪ったハンバルの能力だ。

 その能力を知っていたが故に、論は蓮を狙った。蓮が狙われれば、ハンバルが身を挺して盾になることは容易に想像できたからだ。蓮にその必要はないとわかっていながら、体は勝手に動く。そういう男だった。

 だから調度よかった。ここにいる客全員を乗っ取ることは可能だが、しかし能力がわからない状態で戦闘には持って行きたくない。ハンバルとピノーキオの二人がいることは想定外だったが、しかし緊急事態ではなかった。


「死んでよ兄貴! 僕は自分が一番可愛いんだ! どんな体でどんな声でいようとも、結局自分が一番可愛いんだ! だから僕のために死んでよ兄貴! 兄貴が死なないと、僕が王にならないと僕は――不安でもう寝れないんだよ!!!」


 両手を合わせ、収束させた雷撃を放つ。

 蓮はそれを片手で受け止めると、衣装の袖を燃やしながらそれを掻き消した。そして、再び手刀を構えて走る。

 手刀を躱し、懐に入り込んで雷撃を浴びせようとする論。しかし論が接近してくることは、蓮も想定していた。故に手刀を自身の懐へと入れ、迎撃を試みる。

 だがそのとき、論はハンバルの体を。結果ハンバルの死体が蓮に覆いかぶさり、自身は蓮の上を取る。そして蓮と同様に手刀を構え、頭上からハンバルの体ごと貫く勢いで振り下ろした。


「死ね、英雄気取り!!!」


 そう、論が発言したのが先だったかそれともその直後のことだったか。

 論は真横から蹴り飛ばされた。その頬が、少女のか弱い白脚に潰される。真横に吹き飛んだ論は体勢をすぐさま立て直し、着地。自分を蹴り飛ばしたピノーキオに、眼光をくれた。


「邪魔しないでくれないかな、人形娘! 君が僕に敵うわけないだろうが!!!」


 構えるピノーキオに、論は手刀で斬りかかる。

 そしてそのまま、今度こそ容赦なくその体を両断してやろうと振り下ろした。

 が、再び。今度はその手を蓮が止める。若干肌を裂かれながらも、辛うじて片手で受け止めた。


「兄貴ぃぃぃぃ!!!」


 視線が一度でも蓮に向いた瞬間、論はしまったと思った。

 自分達よりもずっと小さな少女、ピノーキオが蓮の懐から己の懐へと入り込んでいたからである。そして、思い切り床を踏み抜いて――


 ――ガラスのヒールで、論の胸座を撃ち抜いた。


 論も無論、ピノーキオの能力を知っていた。

 Eエレメントガイア系統タイプ水晶石ガラス

 自身の周囲のガラスを操る能力。故に彼女はガラスの装飾を身にまとい、ガラスの靴を履いている。そのヒールはすぐさま形状を変化させて鋭利に伸び、細い針となって論の胸を貫いたのである。

 だがピノーキオの攻撃は終わらない。それではまだ仕留めきれないと、ピノーキオは靴の形状を再び変化させ、鈍器として叩き込んだ。

 頬を、胸を、腹を、脛を、股を、ガラスの靴が打っていく。ガラスの方が割れそうな勢いだが、それでひびが入っていくのは論の体だった。


 だが、論も黙ってはいない。


「調子に乗るなこの人形がぁぁ!!!」


 論が反撃をしようと、その手でピノーキオの頭を握り潰そうと掴みかかったそのときだった。

 蓮の手が、それよりもずっと速く論の頭を鷲掴み、能力を発現させたのである。同時に論は、しまったと己の失態を悔やむ言葉を零す。


 そしてその直後、論は倒れた。まるで全身の力と言う力を抜かれたかのように、卒倒した。彼が起き上がってこないことを確認し、ピノーキオは安堵からヘタリと座り込む。


「お見事でした、蓮様」


 ピノーキオの頭に、そっと蓮の手が置かれる。

 疲れた様子の蓮を見ると、ピノーキオは自ら片膝を付き、首を垂れた。

 どうぞと言わんとしているその行動を汲み取って、蓮は首を横に振る。周囲がピノーキオの意図を組めない中で、蓮はありがとうとごめんねを含めた言葉を言いたげにして、その頭を撫で下ろした。


 斯くして、騒動は治まった。

 

 邦牙論はアストラピに逮捕され、鉱山の幽閉施設に入れられた。

 死傷者二人という小さな規模で事なきを得たキャメロニアは、再び安息の日々を取り戻そうとしている。


 しかしパーティーから二日後、一番隊を除く全隊長と蓮、ピノーキオが王によって招集された。そこでパーティー会場にてハンバルが語っていた、キャメロットの次期王の座を巡る戦い。その詳細が語られた。

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