親睦会開催、陰謀と共に
王によって立案、実行されることとなった英雄と隊長達の親睦会。
表向きは貴族同士の交流会ということで、決定から二日後の夕刻。王城の大広間及び庭園にて行われることとなった。
そのため参加を余儀なくされる
故に報告があった翌日より、メイドのシューティングスター姉妹による衣装合わせが行われていた。
「ご主人様! こちらはいかがですか?!」
「お姉様、それでは少し派手過ぎるかと」
「ではこちらは!」
「それも派手かと」
「ではこれ!」
「派手です。何故そうキラキラした装飾が必ず付いているのですか」
姉のステラが少し派手な装飾の点いたものを持ってくるのを、妹コメットが
こんなやり取りがもう何度も続いていた。
思えば最初に蓮の服装を選ぶときも、こんなやり取りがあったものだ。
結構長かった記憶がある。
蓮は服の好みなどがあまりないのかほとんど抵抗なく着てしまうので、押し付ければ何も言わず着てしまう。
それが姉妹としては困るところで、蓮の好みという基準がないためにどんな服を持ってくれば彼が喜ぶのかがわからなかった。
前髪でとにかく顔を隠そうとするのは、わかっているのだが。
しかし仮面舞踏会でもない今回のパーティーに、むしろ顔を隠すのは滅多な理由がない限りマナー違反と言える。
そもそも親睦を深めるのが目的なのだから、顔を隠しては意味がないだろう。
故に姉妹は蓮に対して何度も前髪を上げて後ろに流し、ポマードで固めようと試みたのだが蓮がこれを拒否。
言葉が発せられないため首を
結局妥協案でいつも通り前髪の片方で片目を隠す形で治まり、額を隠すバンドもなんとか外させた。
昔失踪した貴族の衣服を借り、衣装に身を包んだ蓮。
つい最近まで布一枚で放浪していた青年とは思えないほど見違えて、昔より英才教育を受けて来た御曹司のような雰囲気を醸し出していた。
「お似合いです、ご主人様! 本当は白の方が、場としてはいいと思いますが……他の王族貴族の方も白で来られるでしょうし、ご主人様が英雄だと思わせるには大丈夫だと思います! ね、コメット!」
「はい、とてもよくお似合いです」
~ありがとう~
▽ ▽ ▽
蓮が当日着る服装も決まった頃、キャメロニア国門では最近三番隊隊長のフェイラン・シファーランドが人喰い亀を掃討した村からお礼として麦とバターが送られていた。
荷馬車が三台ある中で、一台は麦、もう一台はバター。
そしてもう一台には、何やら不思議なものが乗っていた。
水を弾きそうな美しい白銀の長髪に、猫の耳。
水色と銀色を合わせたゴスロリ衣装で、その目はガラスでできており透き通っている。
さらに靴はガラスの靴を履いており、まるで異世界童話から抜け出したお姫様のような格好をしていた。
しかしそれはあくまで人形であり、心臓のない無機物である。
故に動くこともないし喋ることもない。
荷馬車を引く男は村からのせめてもの贈り物という文句で通し、通行許可証を得た。
まるで遥か太古の神話に出る美しい木馬のように、美し過ぎる代物が敵国への侵入をすんなり果たしたのである。
「……抜けた?」
「あぁ、抜けた」
「そう」
荷馬車を引く男の肩を荷台から叩く手。
その手はとても冷たく硬く、人の体温はなく、まるでというより人形の手そのもので、そしてそれは人形の手であった。
白銀の少女を模した人形が、静かにその肉体にあった声を震わせる。
人形を通して誰かが通話しているのではなく、人形自身が言葉を選び、話題を選び、男と会話をしていた。
「あれが王城? 大きいのね」
「あそこで明日、貴族王族のパーティーを開くらしい。おまえにはそこに潜入し、そこに出席すると思われるあの方を連れてくるのが仕事になる」
「わかってるわ……でも、あの人は来るのかしら」
「来なければ単純に、パーティーを楽しめばいいだけではないのかね。もっとも食事もできない君が立食パーティーを楽しめるかは、難しいかもしれないが――」
「ふにゃ?!」
ずっと涼やかで静かな声だった彼女が耳元で突然声を大きくしたために、男は驚いて馬を止める。
道の真ん中で一度止まったが人通りの少ない通りを見つけて潜り込み、そこでちゃんと停止した。ビックリした割にはこの男、冷静である。
「な、なんだねいきなり……君の声は時折凶器になり得るのだから押さえて欲しいものだが……」
氷菓子を一気に食べたときのようにキーンとなっている頭を押さえながら訴える男の肩を、少女人形は猫手で叩きながら「にゃってにゃって」と慌てふためく。
その原因は彼女が指差した先、そこには肩に掛けた上着を揺らして歩く邦牙蓮の姿があった。
「りぇ、りぇんしゃまが……りぇんしゃまが……!」
「落ち着き給え。人形のように冷ややかに殺すというのが君の触れ込みではなかったのかね?」
「だ、だって、蓮様は私の……」
「フム……まぁ気持ちはわからなくはないがね。しかしそこまで心酔するのもな……我々
「でも蓮様と同じならいい……そうでしょ? ハンバル」
男ハンバルは少し悩んだ様子で唸り、荷馬車から水を取り出すと一気に飲み干した。
漆黒の双眸が、ギラリと少女人形を睨む。
「ピノー。我々の主は今、蓮様ではないんだよ。見たろ? 我々がお世話していた頃の蓮様はもういない……今は白銀の裁定者。そして、我々にとっての敵だ」
「でも、今回の仕事はあの人を連れ戻すこと……じゃない。うまく行けば、戦うことは……」
「ピノー」
ハンバルが首を横に振り、それ以上何も言わなくなる。
察した少女ピノーもまた何も言えなくなり、その後「ごめん」と謝った。
「さぁ、我々の粗品は君なのだから、早く乗り給え。明日には飾り付けておかないといけないのだからね」
「ん……わかったわ」
▽ ▽ ▽
時は移り行きパーティー当日、時刻は夕刻。
キャメロニアの王族貴族、戦闘部隊の副隊長以上の戦闘員や大臣などの重役が王城内庭園及び大広間に集う。
キャメロニアの総人口は二億程度だが、その中でこのパーティーに呼ばれる人間ともなれば総数の十万分の一程度。
時折他国の王族貴族まで招いてパーティーをする会場となる大広間には、少し寂しいくらいである。
もっとも普段は誰一人いないので、寂しいどころの話ではないが。
「どうした、アルフエ」
「い、いえ……ドレスは少し慣れなくて……」
ドレス姿の飛弾・キルガルド・シャナとバリスタン・
シャナは自分のイメージカラーの赤、アルフエは純白のドレスを身にまとい、見事に場に溶け込んでいた。
しかし普段からおしゃれなどまるでしないアルフエは、ドレスアップした自分が恥ずかしくて仕方ない。
肩を出すのは普段からのこととして、胸元や背中まで大きく開いたドレスなど恥ずかしくて蒸発してしまいそう。
本当はもう少し普段と変わらない、でも少しだけ努力しておしゃれした格好で来たのだが、国王に命令されていたのだろう侍女達に捕まり、現在のドレスを着せられている次第である。
いつしか語ったと思うが、アルフエは女が羨みそして恨むくらいに美少女であり、おしゃれさえしていればその魅力は隠れることを知らない人だ。
故にドレスアップしたアルフエに貴族の御曹司や将来を約束された大きな企業の息子などがお近づきになりたくて声を掛けてくるのだが、普段あり得ないこと過ぎて対応できず、アルフエはそれらから逃げて部屋の片隅に隠れている始末である。
故にシャナと今いるこの場は会場のどこかではなく、第二会場である庭園の片隅であった。
「おまえは普段からおしゃれしていれば、これだけ魅力的ということだ。よかったじゃないか。戦の女神アテナですら、美しさはアフロディテに取られたくらいだ。美と戦の両立がなっているなんて、女戦士として実に誇れることじゃないか」
「
「自分に自信がないのはまぁ性格だとして……おまえは少し過剰だぞ。せっかく母親が美しく生んでくれたのだから、少しくらい自分を可愛いと思えないか?」
「いえ、母の美しさはまるで引き継げなかったので……私が自分で可愛いなんて思ってたら、陶酔だと笑われてしまいます……」
「そんな人じゃないだろう、おまえの母親は」
自分に自信が無さ過ぎて、もはやありもしない想像をし始めるアルフエ。
彼女の自信喪失癖は何かしら原因がありそうなものの、その原因はいまだ誰も掴めていない。
彼女と家族ぐるみで付き合いのある警察組織総督のクレア・ランス・ケリーが、二度ばかり心理カウンセリングを薦めたと聞いたことがあるが、受けたとすればカウンセラーは、彼女のこの悪癖に苦労させられたことだろう。
そう思わざるを得ない。
隊長になったのだし、隊を率いる者としていくらかの自信は必要だと思うのだが――
「おや、そんなところで何をしているのかな? 二人共」
声を掛けて来たのはフェイラン・シファーランド。
軍服姿だったがパーティー用にドレス仕様になっており、軍帽も脱いでいた。
抜群のプロポーションが男の目を惹きつけ、離さない。
「これが本物の美しさですよ、シャナさん」
「否定はしないが……タイミングの悪い」
「?」
自分よりも格段に勝る相手を見つけたことで、アルフエの自信喪失癖が落ち着いてしまった。
目の前のフェイランこそ美しい女性であり、自分はただの面白おかしい人間であると決めつける理由になってしまったのである。
フェイランはそんなことに気付けるはずもなく、ドレス姿で緊張に襲われているアルフエを気遣った。
すぐ側を通り過ぎたウェイターからジュースを貰い、アルフエとシャナに渡す。
「慣れない環境で緊張するとは思うが、これから度々こういう場もある。今日は比較的小さな社交場であるし、慣れておくといいだろう。そら、英雄殿の到着だぞ」
フェイランが差した先、多くの馬車から参加者が降り立つ中、歩いてくる青年が一人。
漆黒の衣装に身を包み、ロングコートを靡かせて歩く姿はどこか王族貴族の気質を漂わせる。
前髪で片目を隠したその青年は、間違いなく蓮だった。
周囲の令嬢が、ボディーガードもつけずに闊歩する美青年を見て潜めき声を立てる。
あの人はどこの御曹司?
綺麗な顔だけれど、モデル? でも知らない。
凛として、素敵な方ね……。
「あれが、あのときの英雄か……見違えたな」
「アルフエくんと同じで、化けるタイプだったようだな。そら、王子様の到着だ。誘われてこいお姫様」
的確な力量で腰の辺りを押し、アルフエを前に出す。
慣れないドレスの裾を自ら踏んでよろけたアルフエは勢いに負けて倒れてしまうが、倒れた先は蓮の胸の中だった。
「ひゃ……あ、あの……ごめんなさい」
~だいじょうぶ?~
「は、はい……」
胸ポケットにナプキンではなく単語帳を忍ばせる蓮。
単語の数が増えたようで、少々厚みを増しているそれは、ピッタリポケットに入っていた。
「あの、ありがとうございます……来てくださって……その、こういう場は苦手なような気がしていたので……」
~苦手だけど――アルフエがいるから来た~
「え……」
~友達がいると、心強いから~
友達。
ちょっと残念なような嬉しいような、少し複雑な心境である。
しかし自分を理由に蓮が来ようと思ってくれたわけだし、ここでナヨナヨしてばかりもダメだろう。
アルフエは自らに喝を入れ、奮い立たせた。
「そうですね、くよくよしていても仕方ありません。ようこそいらっしゃいました蓮さん。食事は難しいと思われますが、どうぞ心行くまでお楽しみくださいね!」
~ありがとう~
自信を取り戻した、とはおそらく違うのだろう。
しかし結果的に、アルフエはいつもの凛とした態度を取り戻した。
結局はいつも通り、凛としているアルフエが美しい。
異性はそれに引き寄せられるのだ。
蓮はそれを実にうまく引き立ててくれる。
「久し振りだな、英雄殿。四番隊隊長の飛弾・キルガルド・シャナだ。こうしてちゃんとお会いするのは初めてだな。言葉が交わせないのは承知している、故に握手で応えて頂ければ幸いだ」
~はじめまして、ほうがれんです~
単語帳を開きながら、強く握手を交わす。
その手の感触を知ったシャナは、思わず硬直してしまった。
その細い腕からは考えられないくらいに力強く、硬い掌。
多くの命を殺してきたのと同時、多くの命を救ってきたことを想起させるその力強さに、シャナは一種の感動を覚えて動けなかった。
「……なるほど、英雄と言うわけか」
~?~
「いや失礼。こちらもまた、あなたの認識を改めねばという話だ。あなたは強く、そして命の価値を強く知っている人なのだな」
~それはちがう~
だってあの日――
蓮は思い出していた。
自分にとって忌むべき過去。
▽ ▽ ▽
世界を壊そうとする嵐の夜、神々のワイルドハントが行われたあの夜。
荒くれ者の魂を狩る神々の狩りの時間。
まだ英雄となっていない青年の足の先に倒れる子供が一人。
目は白目。口の中の唾液を垂らし、ピクリとも動かない彼を余所目に、少年蓮は空に向かって手を伸ばす。
天を貫く雷鳴が地を焦がしたのと同時、蓮は空中に浮遊しているそれを掴み取って、言の葉を紡いだ。
そのとき何を願ったか。
それは子供の願いだった。
世界のことなど何もわかっていない子供の願い。
しかしその願いは無情にも叶えられてしまった。
それによって、彼女は泣いた。
少年の願いを叶えきれなかったと悔み、泣きじゃくった。
そして彼女は、眠るまえにこう言った。
――次は失敗しないから。君の願いを、叶えてみせるから
そのときの屈託のない笑顔を思い出す。
だがそのとき少年は、彼女が何を失敗したのかを理解できていなかった。
その意味を理解したとき、少年は――
△ △ △
「謙遜することはない。あなたは私にとって好意的な存在だと言うことだ。さぁ、会場へ。あなたのことを他の隊長達も待っている」
「行こう、英雄くん。なんならアルフエくんのエスコートでも果たし給え」
「え、え!? そ、そんなフェイランさん!」
嫌なことを思い出した。
あの日、あの日からもう何も望まないと決めたのだ。
だってこの男の願いは――
「もう……行きましょう、蓮さん」
一人頷く蓮。
その表情が国に来たときと同じ、警戒心と不安で満ち溢れたものになっていることをアルフエは心配したが、何も知らないアルフエはその場でどうすることもできず、蓮の背中を見ることしかできなかった。
そして、そんな背中を遠くから見つめる影もまた一つ。
「こちら
『――――』
「わかっている。邪魔が入れば斬るのみだ。武装のない隊長など、容易く殺せる」
武蔵と名乗った和装の女。
その両腰には三本ずつ刀を帯刀しており、そのうち一本に手をかけてゆっくりと刃を滑らせた。
「あまり、待たせるなよ。英雄殺しは、さすがの私も緊張するからな」
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