緊急招集には応じます、一人を除いて

 黄金の帝国テーラ・アル・ジパング――またの名を黄金騎士帝国キャメロット。

 その国の第一皇女と名乗り、さらに白銀の王国に現れた英雄の姉らしき発言をした侵入者、邦牙蘭ほうがらん

 彼女の侵入から一週間後にようやくキャメロニアの戦闘部隊隊長のおよそ八割が集結。会合を開いた。


 普段から出席率の悪い隊長同士の会合が、八割とはいえ一週間と言う短期間でなり得たのは相当のことであり、それだけの事態であることを全員に感じさせていた。


 姿を見せない国王が、別室から声だけで参加し口火を切る。


『それでは始めようか。一二番隊隊長。報告を』

「はい、陛下」


 今回の会合に副隊長はほとんど出席していない。

 一番隊と十一番隊の隊長が欠席のために代理で副隊長が来ているが、このときクロ・アルナザークの側にはいつもいるシロ・ガンナーヒルがいなかった。


 それだけの事態と言うことであり、全員の間に緊張感が走る。


「一週間前の午後一時頃、敵は白昼堂々国に侵入。英雄、邦牙れんと接触した後に即座に退却。自分と副隊長が四番隊の隊員を引き連れて追撃を試みましたが発見できず、取り逃しました」


「逃走の際、彼女は黄金の帝国テーラ・アル・ジパングの第一皇女と名乗ったと同時、英雄、邦牙蓮の姉と名乗っておりました。しかし問題なのはそこではなく、彼女が連れていた男が名乗った国の名前……我が国キャメロニアの始まりとなった古の騎士王国……キャメロット」


 キャメロットの名前に緊張が走る。

 その部屋の空気は変わり、体感温度が二度ばかり冷えた。


 その中で報告を終えたクロに質問する形で言葉を発したのは、八番隊隊長にして称号ランスロット。隊長兄妹ジェラルドの兄、アルバスターク・フィッツ・ジェラルド。

 蒼銀の片目が隠れるセミショート。

 黒いファー付きコートの下は英国紳士のような綺麗な衣装。

 緊張のためか普段はふんぞり返って脚を組む彼だが、このときばかりは背を曲げて前傾姿勢で会合に参加していた。


「それは敵の単なる、相手を揺さぶる出まかせとかじゃないか? 僕らにとってキャメロットは崇高な国。それを穢すことで、精神的に揺さぶる狙いだったんじゃないかと思うんだが」

「どうなのでしょう、一二番隊隊長。兄様の言うことも一理あると思いますが」


 兄を補佐するように、妹のエルバスターク・フィッツ・ジェラルドが続く。

 九番隊隊長にしてガレスの称号を持つ彼女は吟遊詩人のような装いで、帽子には大きな鳥の羽。大きなケープを肩に掛けている。

 竪琴か何か楽器を持っていそうな雰囲気だが、それの代わりに巨大な弓矢を携えていた。


 そんな彼ら兄妹に対して否と応じたのは一三番隊隊長の李隠りいん

 緊張感のある会合に自分のような若輩者が発言するのもおこがましいと、せめてもという意味で普段側頭部につけている鬼面をしっかり顔にはめていた。


 そしてその身の丈に合っていない大きな袖口から巻物を取り出し、勢いよく広げて印を結ぶ。

 すると炙り出しのように巻物に炭がにじみ出て来て、一人の女性の墨絵とそれについての説明文が現れた。


「『四季蒔絵巻』か……相変わらず便利な代物だな」

「アルナザーク隊長と四番隊員の証言から情報を集め、結合し、さらに詳細な情報を引き出したでござるが……しかし今のところ名と容姿だけしかわかっておりませんので、それらについての詳細な情報しか出せませぬ。しかしここをご覧あれ」


 李隠が指したのは彼女の腕。

 正確には彼女の腕に刻まれたおびただしい量の文字列の刺青。

 得られた情報をまとめて結合、そこからさらに細かい情報を導き出す。一週間前の敵の名刀と同じ作者の作った作品の能力によって、その文字列の一部が拡大され映し出された。


「これは今は使われておらぬ古語にござる。拙と十一番隊の調査によって、これはキャメロット創生時代のまさしくその国の言葉であることが判明した。そしてその内容は――」

『呪いと守護だったよ』


 いいところだけを取ったのはその場の誰でもなく、国王以外に別の部屋から参加し始めた男。


 十一番隊隊長、シュタイン・Bベル・キュリー。

 副隊長が代理出席していると言うのに気が変わったのか、音声でのみ参加し始めた。

 元々災害、ピラミッド・タートルの解剖がまだ終わってないという理由で欠席していたが故、その解剖がようやく終わったのだと思われる。

 ゴム手袋らしきものを外す音が聞こえた。


『片腕のそれは敵に対する呪い。彼女を殺した者は死に、彼女を傷付けた者は傷付き、彼女と敵対したものはそれだけで何かしらのデメリットを背負わされる。僕はこれを“恩讐”と呼ぶことにした。闇系統の能力であることは間違いないと思われる』


『次にもう片方の腕が守護。自らを含む、彼女が選出した人間に偉大なる神の守護を与える代物だ。かのキャメロット最高の王、騎士聖剣王アルトメルカル・ペンドラクスも、宮廷術士マリンの手で刻んでいたという、語るも末恐ろしい代物だよ。系統で言えば、ライトだろうね』

「それで? その刻印が何故ハッタリでない証拠と言える」

『ここでハッキリしておきたいのは、僕らの調査でわかったのが彼女の刻印のだったのではなく、彼女の刻印のだったということだ』


『いくら古語を使ったとしても、異国の言葉を調べるのと一緒で辞書を引けば内容なんてすぐにわかる。こっちには情報を整理、詳細をまとめる『四季蒔絵巻』まであるんだ。そう時間はかからなかっただろう。現に呪いの方はすぐにわかった』


『しかし守護の方はどれだけ手を尽くしてもわからなかった。キャメロット創世記まで読破したけれど、その守護の刻印についての情報は一切ない。ただマリンが王に刻んだというだけで、他に何もわからなかった。絵巻のお陰で文字列の配列がわかったが故に、守護の類だとは判明したものの、結局それ以上のことはわからなかったんだ』


 順を追って説明するのは、いつものシュタインのペースだ。

 切羽詰まった状況ならば、彼は説明抜きで事実だけ告げてくる。


 故に彼がこうして五番隊隊長のウォルト・Dディーニュ・アルトがイライラするほど長く語っていることで、隊長達には安心感を与えていた。

 まだ対処可能だと、彼はこの場で言っているようなものだったからである。

 彼が愛用のメスを回しながら話している姿を想起できるのは、余裕が生まれたからだった。


 もっとも告げられている事実もこれから告げる事実も、大問題なのに変わりはないのだが。


『さてでは何故、彼女はこれを知り得ているのか。一度つけたら消せない刺青だ。失敗が許されない故に、当てずっぽうなんてことはあり得ない。彼女はこれが間違いでないという根拠と自信があった……つまり彼女は持っている。聖杯と同じくらい伝説化された存在。宮廷術士マリンの魔術書を』

「ですがマリンの魔術書は大規模な結界で守られていて、触れることも叶わないはずでは?」


 十番隊隊長、バリスタン・Jジング・アルフエが意見する。

 その事実はキャメロット創世記を読んでいる者全員が知り得る事実だ。そしてその事実が告げられることを、シュタインは待っていた。


『数億人規模のEエレメント。地水火風の四大元素が必要だ。調度伝説上のキャメロットそのものと、

「つまり……」

『結界は鍵みたいなものだ。破壊できないとは言わないが、マリンの結界がそんなヤワとは思えない。つまり数億人のEエレメントを実際に集結させ実際にあてはめ、実際に結界を解いて魔術書を手に入れたわけだが……繰り返して言う。これは


『以上が、キャメロットが存在するという理由だよ。李隠に報告書を持たせているので、各自わからないことがあればそれを読んで理解するように頼む』


 衝撃的な事実。

 会場はシンと静まり返り、誰も吐息すら発しない。


 女性最強である三番隊隊長、フェイラン・シファーランドですら、言葉に詰まっている。

 この重い空気の中に音を響かせ浸透させたのは、二番隊隊長であるこの男。

 太陽の使徒と呼ばれるキャメロニア建国に係わった一族の末裔で、“魔術師”の異名を持つ異色の双眸を持つ男。

 名をメイアン・レイブリッツ。称号、ガウェイン。


「シュタイン隊長、李隠隊長、詳細な報告に感謝する。李隠隊長、その資料を頂けるかな?」

「あ、はい……えぇ少々お時間をくだされ」


 そう言って、李隠は十三枚ある中からわざわざその一つを選び抜く。

 何故選ぶ必要があるのかと言えば、それには点字が彫り込まれているからだ。

 

 彼、メイアンは目が見えなかった。


「フム、ありがとう……それとその面は外してくれて構わない、李隠隊長。若輩者とはいえ君ももう立派な隊長だ。堂々と胸を張ればいい」

「お心遣い、感謝いたします」

「うん。では……敵をキャメロットと仮定して話を進めるがそれで異議はないかな。異議のある者は机を一度」


 彼の問いに対して異議があれば、円卓を叩くことになっている。

 しかしこの場はシュタインの明確な説明を全員が信じ、誰も異議を唱えることはなかった。

 故にメイアンは「それでは」と続ける。


「敵は王国……いや、帝国と名乗っていたのだったな。ともかく例え領土がなかろうと、相手が国であるのなら、我らはこの国建国時の盟約により、自ら戦争を起こしてはならない。国とは対話を先んじて行い、相手が攻撃するのならこれを全力でもって防衛する。その姿勢で構わないですよね、陛下」

『あぁ、構わない。そうでなくては困る。王国建国以来、一度たりとも自分達から戦争を仕掛けてこなかったこの歴史に、泥を塗りたくはないからね』

「了解いたしました。そして、敵の狙いが英雄との接触ならば、その英雄殿と話を付けなければなるまい」

「お言葉ですがクロ・アルナザークが訂正をさせていただきます、メイアン隊長。敵の狙いは英雄ではなく、英雄と自分達の会話の内容にあったかと思われます」

「なるほど……確か例のあれについて詮索を入れていたのだったな、アルナザーク隊長。ということは、敵もキャメロット……例のあれを狙っていると見て間違いはないか」

「はい。そして……これは、隊長達を信じて極秘で申告させていただくのですが……」

「言いにくいことか?」

「……英雄、邦牙蓮は、すでに一度以上例のあれと接触、さらに使用したと思われる発言が敵の方にありました」

 

 静まり返っていた会場が、一気にザワつく。

 比較的冷静かつ余裕のあるメイアンも目を見開くことを余儀なくされ、フェイランもまた「なんだと」と声が出る。

 そして何よりアルフエはその場で立ち上がり、真実ですかとクロを視線で訴えた。


 一番に騒ぐのは、蓮を元々敵対視していたウォルト。

 ここぞとばかりに、まくし立てる。


「っぱりつは敵国のスパイかんかだろ! ってか日和ひより! てめぇあの野郎に探り入れたとか言ってなかったか! んで気付かなかった! さか隠してたんじゃねだろな!」

 

 対象は蓮から、七番隊隊長の島谷しまたに日和へと移る。

 

 自分が責められていることに気付くと、島谷は「そんなことはない」と否定した。


「英雄さんからは確かにあれの臭いがしたけれど、でもまさか触れてるとは思わなかったもの。過去に見つけたんだとは思ってたけれど、触れたにしてはほんのり臭う程度だったし。私じゃあそこまでのことはわかんない」

「つっかえねぇ奴だなぁ! んのために探り入れたんだ、てめぇ!」

「そんなこと言うのならウォルトがやればいい。もっともウォルトじゃ何もわからなかっただろうけど」

「んの野郎! 喧嘩売ってんのか!」

「先に売ったのそっちでしょ……ヤる?」


 雷と水が暴れ出す。

 しかしその間に入った炎が円卓に乗り、二人の間に入った。


 四番隊隊長、飛弾ひだん・キルガルド・シャナ。


「やめないか馬鹿者ども! 国王陛下の御前だぞ! 今は対策を考える場であって喧嘩をする場ではない! 慎め!」

「るせぇよシャナ! しゃしゃ出んな!」

「軽く脳内ショートさせるだけ……一瞬で終わるから、邪魔しないで」

「貴様らぁ!」

「やめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


 会場を怒号が包む。

 一瞬静かになった場に木霊するのは、たった一人の覇気と鼓動。

 フェイランがその場から立ち上がり、ライフル銃に手をかけていた。

 肉食獣のような鋭く射殺す眼光が、三人に刺さる。


「たかが聖杯の存在が現実味を帯びただけではしゃぎすぎだ。おまえ達また隊員見習いからやり直させようか? ストレスが溜まっているのなら、あとで私のところに来ればいい。発散に付き合ってやる」


 シャナは静かに刃と炎を治め、日和はフェイランが珍しく本気で怒っていることに気付き黙って座る。


 発端であるウォルトはフェイランの隣とあって怒号だけで頭がクラクラしており、さらに直に威圧に触れたことで完全に怖気づき、硬直の後にヘタリと座り込んだ。


 会場全体を見回してから座ったフェイランだが、その表情はまだ怒っている。

 隊長に就任して少しは大人になったかと思えばこの始末かと思わざるを得ず、若輩者達の未成長ぶりに失望させられていた。


 そんなフェイランを気遣って、メイアンが切り出す。


「君達少し動揺し過ぎだよ。フェイラン隊長が怒るのも無理はない。反省して、このあと全員反省文を点字で提出するように。それと、陛下に言うことがあるだろう?」


 ずっと黙ってはいるが、音声のみとはいえ陛下の前。

 三人は背筋を凍らされたかのような悪寒に襲われ、王座のまえでないというのにその場で膝間づき首を垂れた。

 代表してシャナが文句を述べる。


「申し訳ありません陛下! 陛下の御前で見苦しいものをお見せしてしまいました! なんなりと処罰をお申し付けくださいませ! 我ら三人、いかような罰もお受けします!」

「とのことです。いかがしましょう、陛下」


 音声の向こうで唸る国王。

 難しそうに考えると、まず吐息が返って来た。


『まぁ気持ちはわかる。ずっとあるかどうかわからないものが目の前に現れたんだ、少しくらい度が過ぎても仕方ない反応だろう。しかし自分達が隊長であることを忘れてはいけない。もう君達は率いられる側ではないのだから』


 そう言って王は三人に対して点字も入れた反省文の提出と、十分の一減給。そしてたった一日の謹慎処分を言い渡した。

 そして本題へと移る。


『じゃあこれからの方針だけれど……思えばここにいる隊長の半分はまだ、英雄くんに会えていないのではなかったのかな。君達は彼を知らないし、彼も君達を知らないのではこの先友好な関係など気付けないだろう』


『そこで一つ、僕が場を設けよう。君達は当然強制参加。彼と会い、関係を持ってもらう』

「なるほど……日取りと場所はいつにいたしましょう」

『明後日の夕方から、ここ王城の広間を解放しよう。表向きを国の貴族を招いてのパーティーとして、君達は英雄くんに会って話してくるんだ』


『くれぐれも敵意を持たれないように。その場では聖杯のこと、敵国の姉のことなど一切探らないことだ。彼から話してくれるのなら嬉しいが、あくまで今回は関係を持つことが目的だからね』

『つまり一旦、問題先送りってことですね……まぁ俺は解剖あるんで行かないですけど』

『ダメだよ、シュタイン・B・キュリー。君も強制参加だ』

『げぇっ……』


 そんな狙いがあって、この日英雄と隊長達の邂逅の場が設けられることが決定した。

 緊急招集に応じてまさかそれで閉幕しまいと思えば即閉幕。シュタインの言う通り、問題はひとまず先送りされる形となった。


 このパーティーが、後々の聖杯探索を左右することになるのだが、それはまだ誰も予見できていない話。

 王ですら、確信を持って断言できるものではなかった。

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